No.48 青藍の翼
……は?
この人は、何を……言ってるんだ……?
「や、やめてくださいよ、そんなたちの悪い冗談……」
「これが冗談に見えるのか?」
胸元で切っ先がきらめく。
眼前に、目に見えない透明なナイフを突きつけられたような気分だ。
——冗談に見えるかって?
ああ、見えないよ。
先生が本気でそう言ってるって事くらい、目を見たら分かる。
「……何を根拠にそんな事を?」
「魔力だよ」
……魔力?
「俺は”目”が良いからな」
何を……言ってるんだ……?
……やっぱり、分からない。
目が良い? 一体何の話……を……
まさか……
「あなた……魔力が見えてるんですか……?」
「ああ」
「いつから……」
「最初からだよ。実技試験でお前を初めて見た時から、ずっと、な」
バレてた……?
最初……から……?
「それで? どうなんだ? お前、何者だ?」
「僕は……」
「一応言っておくが、しらばっくれても無駄だぞ」
先生の目が、確信に満ちて光った。
直感的に分かる。
——嘘は、通じない。
「さぁ、答えろ。お前は人間か? それとも……」
「人間……じゃ、ありません」
風が、吹いた。
生暖かい風が、頬を撫でる。
——ああ……ついに言ってしまった。
一握りの後悔と、何よりも、『これで吹っ切れた』と言う安堵が身を襲った。
こんなところで、こんな形でバレてしまっても良かったのだろうか?
……いや。これで良かったのだ。
少なくとも今は、こうするより他に無かった。
——仮初めの、人の皮を脱ぎ捨てる。
常時かけていた魔法を解除すると、シアンだった髪色は黒く、黄色い虹彩は青く染まった。
同時に、隠していたツノや翼を出す。
制服が、内側から突き破られた音。
瞬間、空気が変わった。
真昼の太陽の光に照らされて、宝石のように透き通った翼が、青く輝く。
頬の鱗が、水面のようにきらめく。
爪が鋭く伸び、しなるように尾が動いた。
装飾の増えた背中が、頭が、ずっしりと重くなる。
それでいて、大海原に放り込まれたように、体が軽い。
——なんて、久しぶりの感覚だ……
…………僕は約一週間ぶりに、本来の姿を取り戻した。
「これが……本当の僕です」
「なっ、」
「ガイウス先生、あなたの目には、僕が『何』に映っていますか?」
耳元で、うるさいくらいに風が吹く。
先生は一瞬、驚いたように目を見開き、後ずさった。
そして、かすれるような声で……
「……竜……か……?」
……人気のない闘技場に、先生の声が低く響く。
三秒間の沈黙。
「はい。正解です」
淡々と真実を伝える僕の声が、凪いだ水面に石を投げ入れた。
「おっしゃる通り、僕は人間ではない。父より受け継ぐ名は『リズバルテ』。青竜『セルマリエス・リズバルテ』、これが僕の本当の姿であり、真の正体です」
カラァァン……
先生の手から剣が落ちる。
張り詰めていた空気が緩み、緊張の糸が切れた。
先生は額に手をあて、声を上げて笑う。
「……はは、はははははっ!」
呆れの混じった、どこか愉快そうな笑い声が響く。
意外な事に、そこに恐怖の感情は一切存在していなかった。
「てっきり魔獣か精霊の類かと思っていたが……まさか竜とはなぁ……」
「ええ、先生」
にっこりと、少しわざとらしく、口角を上げる。
僕は静かに、しかし、試すように問いかけた。
「それでどうします? 学園長にでも報告しますか?」
一歩前に歩み出る。大気が揺らぎ、羽がこすれ、シャラリと柔らかい音がする。
すると先生は鼻で笑い、目を細めた。
「ハッ、馬鹿言え」
「……?」
「そんな事したって何になる? 『生徒が実は竜でした』なんて言ったところで、学園長にだって手に負えねぇよ」
ギラリと赤い目が光る。
そして剣を拾いながら……
「どうせ気づいてるのは俺だけだぁ。秘密にしておいてやるよ。お前だって、そっちの方が良いだろ?」
軽い口調。
どうしてそんな、”何でもない事”のように……
「……ありがとう……ございます…………」
「ああー、良い良い、そう言うの。感謝されるような事じゃねぇっての」
……分からない。
本当に、何も恐れて……? だって……『竜』だぞ……
この時代の、この世界の人々にとって僕は……『神代の化物』であるはずなのに。
——化物だと言うのに……
「……ところで、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「あん?」
穏やかな春の日差し。
暖かい。
青く揺らめく視界に、じっと、赤目の魔人を映す。
僕は一度喉を鳴らし、小さく問うた。
「先生は、僕の事……怖くないんですか?」
無論、すでに答えは分かり切っているようなものだ。でもやっぱり、怖かった。
恐れているのは僕の方だ。
……拒絶されるんじゃないか、って。
でも、そのほんのわずかに頭をよぎった憂いは、先生のたった一言によってかき消された。
「まさか」
……自然と、自分の目が見開かれていくのを感じた。
(——受け入れて……もらえた……? でも……なんで……?)
言葉にならない、一つの疑問。
先生はスッと剣をしまう。
その音が、わずかな余韻を残し、虚ろな空に消ていった。
鋼の刃が鞘に収まるのを見届ける。そして、柔らかい宝石のような光がこもった目線を僕に向け……
「少なくとも、お前はな」
そう強く、言い放った。




