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No.40 信じられない?

 その名前は……つまり、この人がメルトの……


 全然気づかなかった。二人から聞いていた印象とかなり違う。

 この人が本当に、あの時メルトを殺そうとしていた人物なのか?


「? どうかしたのかい?」

「ああ、いや……」


 ……やっぱり、イメージと全く違う。こんなに柔和な人だったのか?

 入学式の日、僕が魔力探知で見た時は、触れたもの全てを引き裂かんばかりに殺気があふれていたのに……もはや別人じゃないか。


 でも……


(確かに。今は凪いだ海のように穏やかだけど、間違いなくあの時見たのと同じ魔力だ。)


 信じられない。人は相手によってその態度が大きく変わるものだけれども、いくら何でも、こんな両極端に変化するなんて事があるのだろうか?


 それに、気づかなかった原因は雰囲気だけじゃない。見た目もそうだ。

 メルトとアクト。兄弟だってのに、全然似ていないじゃないか。


 メルトはオレンジ混じりの黄色の髪に、熱せられて溶けた鉄のような赤い目をしている。

 それに対し先輩は、(さび)っぽい暗赤色の髪に、鉛のような銀灰色の瞳をしている。

 顔立ちだって、たいして似てるとは言えない。


 あ、でも、鋭く吊り上がった目尻だけは唯一一緒か?




 ああ、どうしよう。すっごぉ〜く気になってきた。

 こんなにも人柄の良い人が、どうしてメルトに対してのみ、あそこまであからさまな嫌悪感を示すのか。

 一体過去に何があったのか。


 踏み込んではいけない領域なのは分かってる。

 でもそれでも、

 聞きたい。

 知りたい。

 知っていたい。


 やばい。うっかり口が滑って、色々と余計な事を聞いてしまいそうだ。


 うあ、駄目だ。それだけは絶対に避けなければ。 落ち着け僕。多少強引でも良い、何か全く関係の無い別の話題を……


「と、ところで話は急に変わるんですけど、なんかうちのクラスメイトが一人失踪中なんですよね」


 ……何でだよ僕。どうしてよりにもよってその話題を選んだ?

 こんな事、何一つ関係の無い先輩に話したって気まずくなるだけじゃん。


 いや、動揺し過ぎだろ。

 いきなりこんな話、聞かされたところで困るだけだって……


「失踪? それって一体いつから?」


 ……あ、でも話は聞いてくれるんだ。

 ごめんなさい先輩、いやメルトのお兄さん。変な問題に関わらせちゃって……


「昨日……の午前中からです。」


 すみませんすみません。なんか利用してるみたいで本当に申し訳ないです。

 でも、そこそこの緊急事態なもんで。

 申し訳ない……とは思いつつ、問答無用で巻き込ませていただきます。


「昨日の午前中か……もしかしてなんだけど、その失踪した子って、銀の短髪で背の高い人族の少年……だったりする?」


 ……あれ、もしかして、あなたも端から巻き込まれてた系だったりします?


 ……いや、何にせよそれならそれで都合が良い。情報を得るには良いチャンスだ。


「そ、そうです。あの……先輩、何か知ってるんですか?」


 僕は前のめりに問う。すると先輩は額に手をあて、眉根に皺を寄せた。


「現実味の欠片も無いような話なんだけど、信じてもらえるかな?」


 ……何? サイラスのやつ、現実味の欠片も無いとまで言われるような異常事態に巻き込まれてるの?

 なんだってそんな事になって……入学早々に、ありえないだろ普通……


 ……まあ、あいつの身に起こってる事がどんなに非現実的だったとしても、僕は先輩の言う事なら信じるけどさ。

 メルトを殺そうとしてた事はまた別の問題として、この人の言葉なら信用できるし、何より僕自身が非現実の塊みたいな存在だし……


「はい。どんな話だろうと、僕は信じますよ」


 たとえどのような内容だったとしても信じる。そう断言し、先輩の目をじっと見つめる。


 ハトの豆をついばむ音が妙に響く。

 たった数秒間の事ではあるだろうが、この無言の時間は何分間も続いているかのように感じられた。


 しばらくして先輩は少し下に視線をそらし、ためらいがちに口を開けた。


「昨日の一限での出来事だ。俺はあの時、学生寮のすぐ隣にある棟にいたんだが……」


 先輩はゆっくりと話し始める。

 その内容は、確かに彼の宣言通り、大きく現実性に欠けたものだった。


 サイラス(と思しき人間)を担いだ子供、その二人が消えていった『穴』、森の奥からの不気味な視線。

 先輩は丁寧に、事細かに全て教えてくれた。




 ……なるほどな。

 こりゃぁ確かに、口に出すのを躊躇する訳だ。




 この話を聞いた時の第一印象は『意味が分からない』。

 そして『理解不能』。

 いくら異世界と言えども、夢か物語の中の話なのではないか、と疑うほどの『非現実』。


 実際先輩も、話の途中で『馬鹿馬鹿しい』と笑った。

 まぁ内容が内容だ、無理も無い。


 そりゃあこんな話、誰にも信じてもらえないと考えて当然だよな。普通の思考回路ならまず信じられない。


 ——ただし、僕の場合はその限りじゃない。


 常識的に考えてありえない事を起こしてしまう、そのような存在を僕は知っている。その夢みたいな話を、呼吸をするくらい簡単に、現実に出来てしまうような存在を。


 だからこそ分かってしまうんだ。


 先輩の話はほぼ間違いなく本当。

 そしておそらくだが……この件、僕も無関係じゃない。……むしろ、一番関係あるかも……


 まったく、面倒事が多すぎてまいっちゃうよ。




 まさか、僕のあの突拍子も無い仮説が正しかったとはね……

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