No.39 意外な縁
「いらっしゃいませ~。あ、あなた一昨日の! あの時は床直してもらっちゃって、本当にありがとうございます!」
満員とまではいかないが、ほど良く客の入った店内に黒猫少女の声が響く。
一昨日来たばかり、二度目の来店。
とはいえ前回にはあんな事があったんだ。どうやらしっかり顔を覚えられていたようだ。
「いやぁ~あはは……あれはほんのお礼のつもりだったから、僕は別にたいした事はしてないですよ」
「いえいえそんな! ああいうの、たまに……ってかよくある事なんですが、いつも修繕にそこそこお金がかかっちゃって……あぁ~もう! とにかく、本当に助かったんですよ!!」
少女は前のめりになり、しなやかに尾を揺らす。
僕個人としては、別段たいした事はしていないと思っているのだけれど、そこまで言ってくれるなら満更でもない。
喜んでくれていたなら、こちらとしても嬉しい限りだな。
「あれ、ところで今日は随分と可愛らしい方をお連れですね?」
ふと、少女の目が僕の左肩に向いた。
「こいつの事ですか? 別に僕が飼ってるとかそういう訳ではないんですけど、妙に懐かれてしまって……あの、この店って鳥同伴でも大丈夫ですかね?」
興味津々でハトを見つめるシャロンに、僕は苦笑いで返す。
その間も、ハトは僕の肩の上で、じっとおとなしくしていた。
ところでこいつ、ハヤブサは駄目なのに、ネコは大丈夫なのか。
シャロンに顔を寄せられても、逃げようとする気配は一切無い。
……本当によく分からん鳥だな。
「ええ、全然オッケーです! なんせ獣人が経営してるくらいですから。うちは虫とネズミと迷惑客以外は大歓迎のスタンスでやってますので!!」
ほう、つまり鳥同伴は可、と。
良かったな、お前も歓迎されるってさ。
料理もそうだけど、この店は客にとことん親切だな。
それにしても、お断りに挙げられた例の最後が強調されていたのは、一昨日のアイツらに対する彼女なりのささやかな恨み言かな?
「それでは、お連れ様も一緒にお席にご案内いたしますね。あ、でも今ちょっと混んでて……相席になっちゃうんですけど、大丈夫ですか?」
「相席? ああ、相手の方が嫌じゃなければ全然」
……確かに、今日は混雑してるとは思ってたけど……そうか、相席か。
僕としては問題無いけれど、僕と相席になったら、もれなくハトがセットでついてくるからなぁ……
……迷惑がかからなきゃ良いんだけど。
「では、ここの席にお掛けください。こちらメニュー表になります。ごゆっくりどうぞ~」
黒猫少女は僕にメニューを手渡すと、すぐさま料理を待つ他の客のもとへと飛んで行った。
バイトとかは雇っていないのだろうか?
お母さんと二人で店を切り盛りしていくなんて、大変そうだな。
それはそうとして、相席を許してくれた相手の人に、一言くらいは言っておかないと。
「すみませんね、相席なんかになってしまって……」
「ああ、いや。よくある事ではあるし、こっちは全然気にしてなんて……って、あれ? 君、一昨日の……」
……一昨日?
まさか、注意してたはずなのに店の床直すところを客の誰かに見られてたんじゃ……って、んん?
……ああ!!
「あの時の先輩!!」
意外な再会で、思わず叫んでしまった。
いつかお礼を言いたいと思っていた矢先に、まさかこんな早くまた会えるなんて。
「ははは、奇遇だね。一昨日はちょっと店まで案内しただけなのに、覚えててくれて嬉しいよ」
先輩は柔らかく笑う。
嬉しいってのはこっちの台詞だ。
先輩のおかげでこんな良い店を知る事が出来たんだから、感謝してもしきれない。
……これも縁ってやつなのかな?
「いえいえ、こちらこそ。たったあれしきの事で覚えていてくださるなんて。それに、こんな素晴らしい店を紹介してもらっちゃって、もう本当に恐悦至極……」
「あははは、どういたしまして。いや、まさかまさかここまで喜んでくれるなんてね。ところで、今日は珍しい子が一緒のようだけど……」
先輩は僕の左肩のハトに目を向けた。
うん。やっぱり気になるよな。
会う人みんなに同じ事言われるなんて、なんだか複雑な気分……
「はい。なんだかよく分からないけど、すっごい懐かれちゃったんですよね。こいつ僕から離れようとしなくって……」
黒猫少女に言ったのと、ほとんど同じような答えを返す。
左手でハトの背を触ると、指が柔らかい羽毛にめり込んだ。
適当にメニューを選び、ちょうど近くを通りかかったシャロンに伝える。
シャロンはそれを聞いてにこやかに『かしこまりました!』と言うと、小走りで厨房へ向かって行った。
……そして待つ事数分。
厨房から料理の皿と共に、白猫店主がやって来た。
「おまちどお! 水猪の肉野菜炒めね。あ、あとこれ、そっちの緑のにサービス」
店主は、僕の頼んだ料理の隣に小皿を置いた。
中には茹でられた豆が入っている。
「これならそいつも食べられるだろう? 代金は気にしなくて良いよ。それじゃ、ごゆっくり」
歯を見せてにかっと笑い、店主は厨房へと戻って行った。
サービスでハトまで気にかけてくれるのか。
本当に客に優しいなこの店。
「ほら、お前の分だぞ。」
左肩から、ハトをテーブルの上に下ろす。
ハトはのそのそと小皿の前まで移動すると、すごい勢いで豆をついばみ始めた。
「ところで、こんな短期間で二回も会えたのも、何かの縁だ。良ければ、名前くらいは教えてくれないか?」
先輩は豆を頬張るハトを一瞥し、僕の目をまっすぐに見つめた。
「僕の名前ですか? セルマリエスです」
「セルマリエス? ……って事は、君があの今年の一年の首席……?」
…………なんで名乗っただけで首席だってバレてるんだ?
……ああ、あのルルス先生が言ってたランキングってやつか。
まあ、そういうのって、トップは目立つからな。
つまりは僕の名前ってもう割と知れ渡って……
……めんどくさいな、その制度。
「ああ、緊張しなくても大丈夫だよ。目立つのは好きじゃないのかい? その気持ち、分からなくもないよ。……自慢じゃないんだけど、一応俺も首席だからさ」
……そんな事ってある?
そんな事ってある!?
え、待って、先輩も首席だったの!?
「せ、先輩もそうなんですか?」
「ああ。俺は現三年生首席、アクト・キングスランドだ」
…………え。




