No.38 ありえないくらい爽やかな
……ああ、視線が痛い。でもさ、今回ばっかは何一つ僕のせいじゃないと思うんだよね。これでも僕なりに頑張った方なんだよ。だからさぁ……
(そんな目で僕を見るのはやめてほしいなぁ~もぅ!!)
教室内と言う場所の都合上外には出せない叫びが、僕の内側で爆発した。僕をこんな目に合わせた犯人は、その気持ちを知ってか知らずか、僕の頭の上で快適そうにしている。
もうマジでさぁ……なんでこいつ、追い払っても追い払っても僕のところに戻って来るんだよ。ラーファルが近づくとものすごい勢いで逃げてくくせに。
「……あ、あのー……セルマリエス君? 頭の上のそれは何ですか……?」
始業時刻になり、教室内に入って来たルルス先生の第一声はこれだ。僕のいる席から教壇まではさほど離れていないとは言え、ハトを頭に乗せたこの格好は相当に目立つらしい。
「……さぁ、僕にも分からないです。 変な鳥に懐かれただけです。これ以上はノーコメントです何も聞かないでください」
「は、はぁ……?」
雑な説明だと思うだろ? もちろん誰一人として納得している様子は無いし、納得させる気もない。僕にそう聞いたルルス先生も、いつものポーカーフェイスから戸惑いが滲み出している。
きっと今の僕は過去一死んだ目をしているのだろう。僕と目が合うとみんな、ラーファルにメルトでさえもが、すぐさまサッと目を逸らした。
——そのまま虚空に飛ばされた意識でボーっとする事はや四時間。
気づいたらも何も、ただ感情が死んだ状態で頭にハトをのせてただけで、一日の授業が終わってしまった。もちろん終業のホームルームも、この微妙な空気感の中終了した。
「……ねぇ、エス」
「……ぅあ〜ん……?」
「……大丈夫?」
「分かんないぃ……」
大丈夫、か。どうなんだろうね一体。少なくとも、今の僕はこのハトに対する諦めの感情以外がすっぽり抜け落ちてる、ってのだけが確かだ。
これを大丈夫と言えるのかは、今の精神状態ではちょっとばかし判断しかねるよ。
「と、とりあえずさ、一回外の空気でも吸いに行きなよ。ちょっとは気が晴れるかもしれないから。」
「う〜ん……じゃあそうするぅ〜……」
無気力のまま立ち上がり、ふらふらと外を目指す。
限界状態の頭で、メルトとラーファルは相変わらず帰って来ないサイラスを探すつもりなのだ、と言う事は聞いた。それに参加出来ないのは、一人取り残されるようでなかなか辛い……といつもなら思うだろうが、今だけは例外。完全に上の空で『はぁ』と聞き流した。
「お前さぁ……外に出ても逃げる気は無いのかよ?」
頭の上からハトを青々と茂る中庭の芝生の上に下ろす。だがそれを何度繰り返しても、ハトは僕の頭の上に舞い戻って来る。
「ハァ~……」
あぁ……また戻って来た。そんなにそこを気に入られても困るんだがねぇ……僕の頭はお前の巣じゃないんだぞ。
「ハァ~……」
胸の奥から溜め息が湧き出る。近くにあった木の下のベンチに腰掛け、ハトを振り落とそうと頭を振る。
それでもやっぱり、一向にこいつは僕から離れようとしない。それどころか一度飛び上がったかと思うと、今度は僕の膝の上に乗り移り、羽繕いをし始めた。春の陽気な木漏れ日を浴び、ハトは完全にお昼寝モードだ。
「人の気も知らずに気持ち良さそうだな」
ハトの背を指でなぞって三度目の溜め息をつき、少しでも気を紛らわせようと、ハトと同じ様に目を閉じる。
生徒達の声、ふんわりとした花の匂い。そよ風が頬を撫でる。ハトの体温で膝はほんのり温かく、何だか眠たくなってきた。
暖かな真昼の空気に包まれうたた寝をしていると、ふと右隣に人の気配を感じた。
(誰かいるのか……?)
ゆっくりとまぶたを開け、横を見やる。だけど……あれ、おかしいな。確かに誰かいるものだと思ったのだけれど。
「なぁ、今誰かここに来てなかったか?」
いつの間にやら目を覚まし、僕に向かって小首をかしげるハトに問いかける。深緑色の無垢な瞳が、不思議そうに僕を見つめ返した。
「ポー……?」
「……その顔は、お前は誰も見ていない、って事で良いのか?」
まぁ当然と言っちゃ当然だが、問いかけたところで返事は無い。ハトにしては知的そうな顔をしているとは言え、所詮は鳥。言葉が通じるはずも無し。
「……なぁんて。ハトに聞いたって無駄か」
「クルゥ……」
ハトはどことなく悲しそうな顔をし、今度は僕の左肩に乗り移った。言葉は分からなくとも心は通じるのだろうか? ハトは申し訳無さそうに僕の頬に頭をこすりつける。
(分からないなぁ……何でこんなに懐いてくるんだろう。僕、こいつに何かした覚えも無いのに)
頭を撫でてやると、ハトは心地良さそうに声を漏らした。指を甘噛みされながら、ベンチから立ち上がる。
少し寝た事もあるからだろうが、さっきまでとは打って変わって気分は晴れやかだ。さて、いい気分ついでに何かおいしいものでも食べに行こうか。ハト連れでも大丈夫かな?
サクサク音を立てながら芝生の上を歩む。街の方へ向かいながら、白猫店主のあの豪快な笑いを心の内に思い出す。
朝とは大違いで足取りは軽い。コップに注がれた炭酸水のように爽やかな心持ちで、僕は『白猫亭』へと真っすぐに歩みを進めた。




