No.37 ピジョンパニック!
……うぅ……なんか寝苦しい……
……やっぱり違和感が……頭重い……
……う〜ん……
何か頭の上にでも乗っかってんのか?
邪魔……本当何が、一回どかし……ん? モフ?
なんか柔らかあったか……え? 何これ?
バサササササ!!
え、ちょ、何……って痛、いてっ、いてててててて、
「な、いっっっつ、何するんだっ!? フガ、」
わっつ? 何? モフモフが顔にのしかかって香ばしい匂いが……
「いや、何だお前はぁ!?」
顔の上の物体を両手で掴み上げる。
寝起きで見えにくい目を細め、手の中の物体を観察する。全体的に緑色で、つぶらな瞳ににまばらにブルーが混じった綺麗な翼の……
「ハトォ!?」
「ん……? 何? ハト……?」
あ、ラーファル起きた。
「エス……ハトって何……」
え? あ、これどう説明しよう。『起きたら頭にハトが乗ってましたー』なんて。そんな事朝から言われても混乱するだけ……あれ、おま、急に首回してどこ向いて……
「……ん?」
バチィッ
……あれ? 時止まった……? ……ん? んん? ……え、生きてるよね……
「……ハ、ハハハハハ、ハトォォォ!?」
「ポ? ポ! ポーポポポポポポォー!!」
あ、ちょ、急に暴れん……なぁっ!?
バササササササササ!!
ものすごい胸筋パワーで僕の手から強引に抜け出したハトは、壁に翼を打ちつけながら部屋の中をめちゃくちゃに飛び回る。
ねぇ、何してんの!? こいつ何してんの!? さっきまではそこそこおとなしくしてたじゃん。なんでラーファルが起きた途端急に暴れ出して……ん? ラーファル?
「……ねぇ、ラーファル。君って何の鳥の獣人だっけ?」
「え? 僕? ハヤブサだけど……」
……ハヤブサ。
――ハヤブサ。ハヤブサ目ハヤブサ科に属する鳥。
獲物を見つけると高空から急降下し蹴り落とす。
……ハトの天敵。
いや君のせいかぁぁぁい!!
こいつ、暴れてたってか逃げてたのか。それにしてもハトの天敵がハヤブサって……どうしてこんなとこにばっか前世の常識が適用されてるのかなぁ!?
「ポ、ポ、ポォ~~~」
緑のハトは天井付近をぐるぐる回る。そんなに激しく飛び回ったら疲れるだろ、ってくらいの暴れようだ。ずーっと羽音がバサバサバサバサ、それに混じってふわふわ羽毛が落ちて来る。
「おはよう。何か騒がしい……な……」
ボタンの外れたシャツに寝癖姿でメルトがドアを開けた。とても高貴な家の者には見えないような格好をしているが、流石は公爵家嫡男。朝から姿勢はすごく良い。
にしても良いタイミングで来たな。
「何だこのカオス……」
「……さあ? 僕達にも分かんない」
ラーファルは呆然とハトの動きを目で追う。メルトは入り口付近で深呼吸をすると、目を閉じこちらに歩いて来て、昨日と同じようにラーファルの隣に腰掛けた。
メルトははゆっくりと上を見上げる。その目線の先では、緑のハトが空間を大きく使いながら、螺旋状に飛んでいる。
バササササササ
「……なぁ、これ、説明してもらってもいいか?」
「そうは言われても分からないっての」
ハトの羽音が部屋に響く。メルトが窓の方に目を向けた。僕とラーファルもそれにつられると、柔らかい春の風が髪を揺らした。
「……開いてるな」
「……ああ。僕にもそう見える」
「半開き……昨日は閉じてたよね……?」
「うん。閉じてた閉じてた」
「って事は……?」
……こいつが自分で窓開けて入って来たって事? この飛び疲れたのか床で羽をバタつかせて走り回ってる緑のハトが?
ってかお前、室内で暴れんなって。
興奮冷めやらぬ様子のハトを部屋の角に追い込み、飛び上がろうとした瞬間に捕獲する。
羽ばたいて暴れないように優しくホールド、その時間わずか五秒。普通なら絶対出来ないだろう? これが竜の身体能力の片鱗さ、ハッハー! え? はい、ただの自慢です。
はい。ふざけただけですすみません。
まぁとにかく、ハト捕獲成功だ。
「ポー……」
あれま、こいつ震えてら。心なしか涙目にも見える。
「にしてもこいつ、変なハトだな。こんな色のハトは見た事も聞いた事も無いぞ」
僕の手元をメルトがのぞき込む。メルトが人差し指で軽く頭を撫でるとハトはキュッと目を閉じた。
「普通のハトってどんな色してんの?」
「あん? お前見た事無いのか? そりゃあ普通だったらハトってのは赤くて頭が白っぽい……」
あ、全然思ってたのと違ったわ。異世界のハト、普通は赤いんか。
「ふぅん。僕がよく見てたハトは、灰色で首のところが緑と紫にテラテラするアホ面の鳥だから、そう言われてもピンと来ないなぁ……」
「いや、それも聞いた事ねぇや」
え、この世界何かと前世と共通点あるくせに、あのデフォルトみたいなハトいないの!?
……まぁ良いか、異世界だもの。いちいち前世との共通点だの相違点だの探してたら参っちゃうよ。
「ハト……そう言や僕もハト見た事ないなぁ……」
メルトに続き、ラーファルも僕の手元をのぞき込む。すると……
「ポー!!!!!」
「うわ、あっぶ、力強いなぁ!」
やば、こいつまた暴れ出し……どんだけラーファル怖いんだお前ぇ!!
「……僕この子に嫌われてんのかなぁ……」
あーあーあー、こんな良い子ションってさせるなよこの馬鹿ハトォォォ!!
「……い、一応聞くんだけどさ、君、こいつの事取って食いやしないよね?」
「え? しないよそんな事!! 何で急にそんな事聞くの?」
「え、いやだって……」
生存本能が働いているのか、必死に逃げようとするハト。興奮しているそいつを手で包み込むと、ちょっと安心したのかおとなしくなった。でも顔を見ると……やっぱ涙目になってるように見える。
「ハヤブサってハト食うからさ。君、もしかしたら捕食者認定されてんのかなぁって」
「僕人間なのに!? ただの鳥認定!? ひどいなこのハト!!」
……まぁ言ってもハトだからなぁ。ハトの感覚は流石の僕でも分かりませんや。