No.16 一体何者?
「皆さん、静粛に」
ルルス先生が教壇を叩くとざわめき声はピタリと止まり、嘘のように教室内に静寂が戻った。
「私は今おしゃべりを注意したのに、全員で騒ぎ出してどうします? あなた方、当学園のAクラスだという自覚はあるのですか? 低俗な行動はやめなさい。それともう一つ、たとえどう思っていたとしても、今のあなた達に彼の事を非難する資格はありませんよ。先程何を話したのかもう忘れましたか? どんな人間だったとしても、彼が学年首席だというのは事実です。文句があるなら彼を一度でも超えてから言いなさい」
みんなどこか遺憾そうではあるが、これにはもう、誰も何も言う事が出来ない。
正論による押しに弱いのはどこの世界でも一緒らしい。
そんななんとも言えない微妙な空気の中、たった一人だけ口を開いた者がいた。
エレオノーラだ。
「先生、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「はい。どうしましたか?」
質問の許可が下りると彼女は一息おいて話し出す。
「さっきから気になっていたのですが、実力主義という事はやはり何か自分が学年内で今どの程度のレベルにいるのか分かるようなものが存在する、と言う事なのでしょうか?」
……なんだかよく分からないけれど、とてつもなく嫌な予感がする。
「ええ、もちろんありますよ。生徒手帳の最後のページに魔力を流すと、学年内でのランキングが出てきます。校内にもいくつか同じものが学年ごとにに設置されているので、他学年のものもそこから閲覧が出来ます」
「……なるほど。順位の変動はどのようにして行われるのですか?」
エレオノーラはちらりと僕の方に目を向ける。
おい、こっちを見るな。
「順位は主にテストの成績、あとは授業内での評価で変動します。それともう一つは…………『決闘』です」
……決闘?
「中庭や闘技場などの一部の場所では、同学年同士での決闘が許可されています。その結果は教師の立ち会いのもとにランキングに大きく反映されますので、もしやりたい方がいれば双方の同意のもと教師に申し出てください」
……何その謎システム。聞いてないんですけど。
気のせいだろうか?
またもクラス中の視線が僕に向いているような気がする。
嫌だな、挑まれても困るぞ。
これは僕が驕っているとかそういう訳ではなく……
――手加減の仕方も分からない今の僕は、下手をしたら相手を殺してしまうかもしれない。
なにとぞみんなには自分の命を大切にしてほしいものだ。
あとはなんと言っても――めんどくさい。
先生が全てを話し終えると、再び鐘が鳴り、ルルス先生は一礼をして教室を出て行った。
最初の授業が始まるまでの、しばしの休憩時間だ。
先生がいなくなった事で生徒達に喧騒が戻る。
いきなり決闘を挑まれでもしたらどうしようかと思ったが、意外にも僕の周りには誰も集まってこない。
それどころか、心なしか僕に対する敵意みたいなのが少なくなったような気がする。
どうやら決闘うんぬんは僕の杞憂に終わったようだ。
まぁ、どのみちそちらの方が好都合だが。
でもまぁ、僕がエレオノーラに変に意識されてるってのは間違いないだろう。
手加減に失敗した結果、予期せず手に入れてしまった学年首席の座を、一国の王女様に虎視眈々と狙われる。
入学式でのスピーチの件もあって、万が一何かあればほぼ間違いなくクラスみんなは王女の味方をして、僕の立場は……
…………あれ?
……冷静に考えてみれば、僕、結構散々じゃないか?
僕はそれなりの成績で、それなりにみんなと仲良くして、それなりに二度目の学園生活を今度こそ謳歌! 出来ればそれで良かったんだが……
「はぁ~、やだやだ。僕が何したってんだよ全く……」
机に突っ伏して溜め息をつく。
横目で見るとラーファルとメルトはさっそくクラスメイトと打ち解け始めて……ってよりあれは周りの剣幕に押されてるって感じだな。
主にメルトが。
集まって来てるのはほとんど人族の女子……
……ああ、なるほど。
大変だね、貴族って。
そんな中こちらに近づいて来る者がまた一人。
ただしメルトの方へ行くのではなく、彼女は僕の目の前で立ち止まった。
そしてやっぱり、何を言うでもなくじっとこちらを見つめてくる。
「何?」
しばらくしてもエレオノーラは微動だにしないので、とうとう僕は痺れを切らして先に口を開く。
すると彼女は、ここにきて初めて僕に向けて言葉を発した。
「セルマリエス……あなたは何者?」
「は?」
開口一番に何だそれは。
他にもっと言うことは無いのだろうか……
「何者かって言われても……なんて答えれば? 悪いけど質問の意図が分からない」
そう聞き返すと、彼女はやはり顔色ひとつ変えずに答える。
「そのままの意味。あなたを見てると血が騒ぐ。だから思ったの。あなたはもしかしたら私、いや、私達トルグイネ王族と同じ……」
「違う、断じて違う」
「……随分と食い気味に否定するのね。まだ何も言ってないのに」
「…………」
本当に何なんだこいつは。
まさか僕の正体がっ……!
……いや、そんな馬鹿な。
擬装はちゃんと出来ている。まさかバレるはずはない。
……でも、こんな事言ってくるって事は、やはり何かに勘づいてるって考えるのが妥当だろうか?
くそっ、最悪だ。このまま話し続けたらどうなるか分かったもんじゃない。
「まあ良いわ。あなたが何者だろうがどうせこれ以上話したところで教えてくれる訳無いだろうし、そもそも普通の人間じゃないってのは『あれ』を見れば誰だって分かるからね」
「あれ……ってもしかして実技試験の時の事言ってる?」
「それ以外に何かあるの? 筆記試験の事は知らないから何とも言えないけど……実技試験、的を壊すだけならまだしも原形が残らないほど粉々にするとか……正直、意味が分からなかった」
「はぁ、だったら君だって人の事言えないじゃないか。あんな大勢の前で堂々と魔法を使うなんて。あんな見せ物みたいに、ありえないだろ」
「なんっ、見せ物だなんて、冗談でもそんな事言わないで。王血魔法はトルグイネ王家の誇りよ。何も知らないくせに軽々しく見せ物みたいだなんて言わないで」
……こいつは何を言っているんだ?
周りの騒ぎ声が遠くなる。
腹の奥から、何か熱いものが沸々と湧き上がってくるような感覚がした。
「…………何をいけしゃあしゃあと。誇りだって? 元々お前らのものじゃないだろ」
言ってしまってからはっとした。
急速に周囲の喧騒が戻ってくる。
やってしまった。
でも、どうして僕はこんな事を……
エレオノーラに目を向けると、彼女は不思議そうな顔で僕の目をのぞいている。
「…………どういう事……?」
まずい。しっかり聞かれていた。
流石に分かる。今度のはどう答えようにもごまかしが効かない。
「私達のものじゃないって…………」
その時だった。
エレオノーラがさらに言葉を続けようとした寸前、教室中に鐘が鳴り響く。
「…………」
エレオノーラは口ごもるも、しぶしぶ元の席へと戻っていった。
危ない危ない。
なんて運の良い事か。
その場しのぎかもしれないけれど、とりあえずはこれで、少しの間今の話の事を気にしなくも良さそうだ。
後の事は……うん。考えないようにしておこう。
しばらくはエレオノーラを徹底的に避けるようにして、それでもどうともならなかった場合は……
…………未来の僕、ガンバレ。
……
…………
………………ところでなんだけど、鐘、鳴ったよね?
おかしいな、教師が誰も来ない。
どうなってるんだ?
「はっはっはっはっ。なるほど、今年の1-Aは面白いクラスですな。ルルス君があそこまで上機嫌なのも珍しい。いや皆実に個性豊かでやる気に満ち満ちている。感心感心」
うわっ、びっくりした。
なぜ教室の後ろから声が?
扉が開いた気配もなかったのに。
そしてルルス先生、あれで機嫌良い方だったのか……
振り返って後ろを見ると、そこには一人の老紳士が後ろ手で手を組んで立っていた。
ねぇ、マジでいつからいたの?
「はははは、こんなジジイがいつからいたのか、と皆さぞかし気になっている事でしょうな」
彼は朗らかに笑いながらゆっくりと教壇へ向かう。
「実を言うと。私は始めからこの教室内にいたのですよ。それこそ一人目がここに辿り着く前から。魔術を駆使すればこのように姿や気配を消す事も可能になるのです。しかしルルス君ですら私に気付く事が出来なかったとは、私もまだまだ現役と言う事ですな。はははっ!」
……ちょっと待って、最初からずっとここにいたの?
マジか。全っっっっっ然気付かなかった。
しかもずっといたって事は、姿も気配も消した状態で軽く一時間以上あそこに立って……末恐ろしいな。
老紳士は教壇に立つと、やはり穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと教室を見渡す。
「ふむ、皆利発そうな子達だ。良い顔をしている。さて、皆私が何者なのか気になっている事でしょう。私はヨセフ・ウォルフォウィッツ。気軽にヨセフ先生と呼んでください。担当は魔術戦闘。どうぞよろしく」
ヨセフ先生の自己紹介を聞いて、瞬間、僕の脳内に先程のルルス先生の話がよぎる。
『実技の授業、特に剣術、魔術戦闘などは実際の戦闘とほぼ同じような形式で……』
……死人が出るような科目が初回授業とか、この学園は一体どうなってるんだ…………




