No.1 新生
目が覚めたら異世界……なんて馬鹿な妄想。
それが現実になるなんて、夢にも思っていなかった。
僕の人生は、ただ一つの鮮烈な印象を残して終わった。
勉強の息抜きにと自転車に乗っていたら、突然視界の端に現れた黒い影。
Gじゃない。
僕の側頭部にクリーンヒットしたそれは……
――トラックの……タイヤだった。
衝撃とともに遠のく意識。
駆け巡る走馬灯は、凡人高校生のつまらない日常。
無様にもほどがあるが、今さらぐだぐだ言ったところでもう遅い。
あらがえるはずもなく、地面に激突するとともに僕の青春は幕を閉じた……
……と、思っていた。さっきまでは。
パキッ……
何かが砕ける音がした。
閉じたまぶたをこじ開けるように、白い光が顔に降りかかる。
……は?
キラキラと光り輝く、半透明な草がたくさん生えた、山の斜面だ。
馬鹿でかい木が並んで生えてるし、見たことのないような花やキノコがそこらじゅうにある。
それに、今頭上を飛び去っていったのは、馬鹿でかい真紫の変な鳥……
僕は……死んだんだよな?
死んだら無になるか、天国やら地獄やらに送られるとか、そんなふうに思っていた。
だがこの現実はどうだろう?
流れる爽やかな空気、やけにしっかりとした感覚。
証拠など無いが、今間違いなく僕は生きている。
しかし、ここは絶対に地球などではない。
つまりこれは……
噂の異世界転移とか言うやつか。
……なんてベタな。
とてもとても信じがたい状況ではあるが、こうなってしまった分には仕方がない。
大声でツッコミを入れたい気持ちをなんとか抑えて、ひとまず現状確認でもしようか。
足に力を入れて、ぐんと立ち上がる。
特に体に痛みなどは感じない。
だが様子がおかしい。
元いた世界の街並みとはスケールが違うにしろ、いくら何でも、これでは目線が低すぎる。
それに……
(……なぜ僕は、当たり前のように四本足で立っているんだ?)
そんな疑問が頭によぎり、フッと自分の姿を見下ろす。
そこにあったのは、いつもの見慣れた人間の足ではなかった。
青い鱗に、鋭い鉤爪。
がっしりとした、獣のような、爬虫類のような足だった。
体の違和感はこれだけでは終わらない。
やけに背中が重くて、腕がもう二本増えたかのような感覚がある。
嫌な予感がして試しに動かしてみると、背中のそれはパタパタと動き、辺りにはブワリと風が巻き起こった。
これは……絶対にアレだな。
ぐんと首を回して振り向く。
目に映ったのは、巨大な翼。
気がおかしくなりそうだ。
振り向いて分かったのだが、翼だけでなく、長い尻尾も生えている。
おまけに、頭にかかったこの妙な遠心力。
……絶対にツノだ。
僕は、こんな妙ちきな生物は一つしか知らない。それを生物と言って良いのかは微妙だが、たぶん……
――ドラゴン……竜だ。
竜なんて、地球では実際には存在しない、幻想上の生き物だった。
異世界ならば、存在していてもおかしくないのだろうけど、まさか自分がそんなものになってしまうとは……
僕がしたのは異世界転移ではなく、異世界転生だったらしい。
爪にカチリと硬いものが当たる感覚があり、見ると、卵の破片がキラキラと輝いていた。
下手をすると、ダイヤモンドよりも硬そうだ。
僕はこんなものを突き破って出て来たのか……
もう、呆然とするしかない。
拝啓、地球のみんな。
きっとそっちは、今頃僕の葬式やら何やらで大変な事だろう。
いきなり死んで本当ごめん。
何を言っているか分からないかもしれないけど、どうやら僕は異世界で竜になってしまったようだよ。
あまりの衝撃で言葉が出ない。
ふうと息を吐き、地面にへたり込む。
(異世界転生としては当たりなのか?)
そんな事を考えていると、突然背後からカサカサと草をかき分けるような音が聞こえた。
僕は慌てて振り返る。
(敵か? いや、それとも……)
一瞬のうちに、嫌な想像が頭を駆け巡る。
もし相手が敵だとして、それでどうする?
立ち向かう? 一体どうやって?
転生早々に殺されては洒落にならないぞ。
……しかし、そんな妄想とは裏腹に、いかにもな捕食者ヅラをした化物などは、そこには存在しなかった。
代わりにそこに佇んでいたのは、なんとも摩訶不思議な容姿をした青年だった。
腰に届くほどの長い黒髪。
頭から生える、二本のツノ。
爪は長く鋭く、猫のような瞳の目は青く透き通り、さながらサファイアのようだ。
だが、それらの特徴を差し置いて、何より目を引いたのは、その背に生える大きな翼だった。
鳥の翼のようではあるが、その質感は、あえて例えるなら柔らかな宝石に似ている。
しなやかなガラス細工とでも言った方が良いだろうか?
彼の目と同様に深みのある青が、日の光に照らされ輝いている。
僕がこの青年を目にするのは、少なくともこれが初めてであるはずだが、なぜだか不思議と警戒心は抱かなかった。
理由は分からない。
だだ、彼が今の僕と同族で、おそらく僕の親であると言う事は、無意識に本能で直感した。
湧き上がる安心感に、途端に自分の前世が人間だった事などどうでも良くなる。
青年は、優しく僕の体を抱き上げた。
僕は何とも言えない多幸感に包まれ、声を上げようと口を開けると、喉の奥から、小さくキュウと音が漏れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そのまま青年に連れられた先には、小屋が一つあった。
森の中の小さな小屋。
とは言え、普通に生活するには充分な大きさだ。
中も決して広いとは言えないが、悪い雰囲気ではない。
生活感はあるが物は少なく、全て綺麗に片付けられている。
あるものといったらベッドと本棚、小さなテーブルと丸椅子くらいか。
ここに来たのも当然初めてのはずだが、不思議と居心地は良かった。
元の世界でありがちなコンクリートの家とは違う、かといって自然の中だからとも言い切れない、特有の温かさだ。
青年の腕の中でキョロキョロと部屋を見回していると、僕はベッドの上に降ろされた。
青年は何も語らず、じっと僕を見つめる。
あまりにも長時間見つめてくるので、なんだかこそばゆくなってきた。
何か声をかけようかと思ったが、なかなか上手く声が出ない。
口を開くと声の代わりに、先ほどと同じキュイィと言う音がした。
何度試してもやっぱり駄目だ。
どうやら人間とは発声器官が違うらしい。
だがそれでも気持ちは伝わるようで、僕がキュイキュイと鳴き声を上げるたびに、青年は微笑を浮かべた。
「ふふふ、可愛いね。生まれたばかりでまだ混乱しているのか。ここは良いだろう? 君のために作ったんだ」
初めて聞く言葉のはずなのに、なぜか意味はすんなりと頭の中に入ってくる。
彼の透き通った声は慈愛に満ちていて、優しく包み込まれるかのような安らかさを感じた。
――そう、まさしく親の愛。
前世の僕には、父と言う存在がいなかった。
いるのは母だけだったが、彼女は彼女なりに、僕を養う事に精一杯だったのだろう。
他愛も無い会話を交わした記憶すらほとんど無い。
だからこそ、僕は前世で死ぬまでの十数年間に、一心に注がれる愛情というものを経験した事は無かった。
もちろん、愛されていなかったという訳ではないのだろう。
実際、今まで見捨てずに育ててくれたのだから。
でも、少なくとも物心ついてからの僕の記憶には、それが無い。
だからこそ、初めて受ける無償の愛が、僕には少しむずがゆかった。
「ああそうだ、名前をつけなければ。そうだな……」
青年はあごに手をあて、何か考え込むように目を閉じる。
ああ……そうか。今の僕には名前が無いのか。
前世の記憶はあれど、今はただの生まれたての子竜。
まぁ、どのみち前の名前を名乗る訳にはいかないのだろうから、ここでつけてもらえるのなら良い機会だ。
青年はしばらく思い悩むように唸っていた。
しかしすぐに顔を上げると、さも嬉しそうな顔で僕を持ち上げた。
「そうだ、良い名前を思いついた。君の名前はセルマリエスにしよう。意味は……いずれ君が大きくなって、この世界を知るようになったら教えてあげる」
セルマリエス……これまたやっぱり、聞き馴染みのない言葉だ。
これが異世界風の名前……前世にあった僕の知るどの言葉とも似つかない。
それに、前世がゴリゴリの日本人だった分、カタカナ表記になるような名前には、どうしても違和感がある。
ただ、この世界で新たに名前をつけてもらえた事は、素直に嬉しいな。
その感情をなんとか伝えようと、キュウキュウ声を上げる。
するとそれに応えるように、彼もクルクルと喉を鳴らした。
……ああ、なんて優しい世界だ。
もちろん、前世でやり残した事を挙げていったらキリが無い。
それに、前世で当たり前のように社会に溢れていた文明の利器も、同じようにこの世界に存在するとは限らない。
そりゃあ、多少生活のし辛さはあるだろう。
でも……
こう、温かく美しい世界ならば、生きていく価値もあるのかも知れない。
仮に、人間じゃなかったとしてもさ。
基本的にはこんな感じで一人称で進みます。
ぜひとも応援よろしくお願いします!
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