9:エリートショー
<あ、幹部様。例のピエロですか? まだ来ていませんよ。まあピエロが来ないのは今に始まったことじゃないですし、放送も続けていますから。ギャッ──>
<本当ですよずっと鳴っていたでしょう放送が。放送はやってます。我々ではなくピエロの問題です!>
<こここここで放送を握り潰してもなにもいいことがありませんよ。機械の使い方は身内だけが知っているんですもの>
<ですので、ね……そいつの首にかけている手を外していただいて。ね。ギリギリ瀕死なので1時間後働かせますので>
<ほら放送部は、資源も時間も無駄にしていませんでしょう。それに比べてピエロときたら>
「ピエロときたら?」
<おや、サカイが到着しています。片方が到着したってことはもう片方もすぐでしょう。放送が行き届いているって証拠です>
「皆様方、先に始めるのもいいかもしれませんよ。観客様は派手なショーを望んでおられる」
<黙れ黙れ。ピエロが我々に口聞をするなんて許されない。黙れ黙れ>
<サカイとリュウが必要なんですか? はあ……。ではつなぎの演目を考えましょう。考えますとも、ね>
<だから幹部様そんなに怒らないで。何卒、何卒──>
地下に降りるための井戸までやってきた。
周りに訝しがられることなく、ボクたちは脇道を抜けることができた。
けれど、ボクは井戸に手をかけながらうずくまっている。
「ここまできたのにぃ!?……怖気付いたんじゃねーようだな。ホッ」
(頭痛がひどくてね)
そんなことを思いながら浮かぶオーメンを眺めてみれば、わかったように頷かれた。
オーメンとは特にココロがつながりやすい。
アカネのような子のココロはまったくわからなかった。彼女には時間をかけなくてはいけないのだろうな。
ボクと性格が似ていると、ココロが繋がりやすいのかもしれないね。
「きっと考え込み過ぎてるゆえの頭痛だぜ。さっきステージの裏方通ってきたけどさ、これまでとはまるで違っただろう、世界がひっくり返ったような感覚だっただろう。傷を後回しにして働くピエロは、輝かしいものから愚かものに見えただろう。まだるっこしい舞台装置は安全のため必要だとわかったんだろう。以前にも、ちょこちょこと記憶を取り戻したやつがいたんだぜ。ま、わかるよ、ってことだ」
オーメンはボクによりそう。
急かさないで責めないで、隣にいる。
「ボク、ここしばらく、頭使って、なかったからさ。いきなり考え過ぎた。言いなりってラクだったな。洗脳は、便利なだけじゃなくて、エネルギーを減らしてピエロを長持ちさせる効果もあるのかもね」
「こんな時でも分析とは立派なもんだぜ。やっぱりリュウ、やるじゃん。
さて、リュウには綱渡りのトラウマもありそうだな。しばらくはステージに近づく度に恐ろしくなっちゃいそう〜」
「トラウマなら克服したい」
「ふうん。……"自分がいない過去の光景"を思い返すのはいいらしいぜ。トラウマってものは、自分がその場にまだいるかのようで恐ろしく感じられるらしいからな」
さっき見てきたステージの光景、にしよう。
それならば、思い出しても、ボクはその場に現れない。
これからステージに近づけないのは、困る。
行動範囲が狭まってしまうからね。
ボクはステージでの光景を思い返す──。
"12"あるうちのステージの中でも大きな舞台でのエクストラ・ショー。
分厚いカーテンの隙間から裏方までも、虹色のライトが照りつけていた。
生演奏が響いていて、魔法により視認できる音色が観客席をぐるりとまわってゆくんだ。こっちに注目して! 必ず見て! とぶつかってくるような音で。
(裏方にいたボクらですら足を止めた。カーテンの隙間からこの舞台を観てしまっていた)
数人の上位ショーマンがそこにいた。
火を吹いた子どもは、赤い仮面を身につけていて。
緑の仮面をつけた子どもが生やす木のアートを、次々に燃やしていった。
これは、火をつけられないように逃げる追いかけっこの演目なんだ。
追いつかれたら大火傷は必須。
とても盛り上がる。
炎が燃え上がるたび、それを期待して、観客席からは大きな歓声とヤジがとんだ。
追いかける方はこの舞台をとりしきるエリートだった。
華やかな赤と黒の衣装を身につけて、翼の魔法でびゅんびゅんと飛んでいた。目で追えない時もあるほど速くて、ボクが感覚を研ぎ澄ませていなければあれが”サカイ”であることにも気づけなかっただろう。
絶妙なテンポで火をつけ、ときに反撃をかわしつつ、長らく舞台は沸いていた。
──これだけで済むなら。
──少々危険でも、誰も傷つかないショーなら……。
ボクは祈るように思い出す。
しかし、いつまでも誰も怪我をしないから、痺れを切らした幹部がサカイに「動くな」と命令して、鞭で叩こうとした。怪我のハンデがあれば器用な芸はできないと思われたのだろう。実際、彼があれほど活躍できたのはフィジカルの強さが理由なのだし。
不公平で、酷い世界。
ピエロの工夫は許されない世界。
幹部に逆らうことが許されない世界。
(リュウ、浸りすぎだ。誰かの感情に同調しちまってつらそうにしているぜ。リュウはリュウ、やりたいのは、トラウマを克服することだろう)
バシン! という音。
オーメンがボクの肩を叩いた音。
そして意識の半分で記憶のトレースは続き、サカイと鞭がぶつかる音。
いや──鞭は、サカイに当たらなかった。なんとその鞭の軌道に合わせて脚を振りあげ、滑ったように見せかけて、幹部に仕返ししたんだ。つまり幹部が打たれた音だった。
壇上で失態を知られるわけにもいかず、幹部は言葉でサカイを叱り、よろよろ立ち去る。
芸が続けられた。
終わりまで。
怪我なく。
ボクははればれとしていた。
「いい気分だ」
「そうかい」
「ボク、ステージを怖がらないような気がするよ」
「それはよかった」
「あのね」
「おっと、俺様に語れば魔法が解けちゃうぜ。リュウは自分のココロに魔法をかけたところなんだよ、頑張れるぞって。だから、客観的にそうじゃねーぜ、なんて言われたら、せっかくのおまえの笑顔を台無しにしちまう」
「そうかな。じゃあ、ヒミツにしておくよ……」
”幹部に反撃をしてはいけない”そのルールをあのサカイは乗り越えていた。
幹部は去り際、ピエロを増やしてサカイを袋叩きにさせようとしてたけど、それもすべてかわして華やかに舞い、エンタメにしてしまっていたっけ。
記憶の中で彼がふりかえる。
彼とともにステージに立つことは、落ちこぼれピエロのリュウにとって、命に換えても叶えたい夢、だったな……。
一人きりでやる綱渡りよりも大事な夢だった……。
<プログラムの変更を行います>
再び浮かぼうとしていたボクの意識は、現実に引き戻される。
「お、聞いたかい。あまりにリュウが現れないもんで、しびれを切らしたらしいぜ。まーじ短気だよな。さあ、稼いだ時間で、地下に行って鍵を見つけようや」
「ほんとうにやるの? 返事、やれよ、ってボクに言って」
「やらなくていい」
「いやだ、やる」
「あーあ。最後のチャンスだったんだぜ。リュウがピエロに戻るための」
「そんなものチャンスじゃない」
「あははは。ピエロになれるって愚か者の素質がないとムリだもんな。ありがとう愚か者。俺様も、リュウに協力は惜しまないぜ。これは”約束”だ」
井戸を降りていく。
「アタリだといいなぁ。リュウ」
ステージが12あるように、井戸も12。
どれぞれが、どこに繋がっているのかは、幹部以上のものしか知らない。
目指すところに一度で行くことはできないだろう。
だからまず、どこかに、下がるところからだ。
「大アタリ」
ボクは願った。