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65:白と黒のリュウ

 

 白いリュウ。ボクだったはずの彼のことを、外から見ているのは不思議な気分だ。だんだんと自分と彼との間に境界ができていって、白いリュウという人として、彼のことが認識できる。

 もう一人の自分じゃない。

 特別な友達のような、自分のことをよく知った一人。


 ボクと白いリュウは笑い合った。


 改めて見てみても、団長……のようにはまるで見えない可愛らしい子どもだよね。

 自分の幼少期そのものだろうと思うけれど、そうではなくもっと清楚な感じがあり、それはおそらく、皮肉な性質がそっくりそのままボクの方にきているからなのだろう。


 ああ、これは愛さずにはいられない感じがする。

 その可愛がる一人がキングならば……そしてボクとともに体感した慎重で皮肉なしぐさが体に残っているならば、やっていけるだろう。


 ふらりとボクに寄りかかってくる白いリュウ。

 キングがそれを自分の方に引き寄せた。もうすっかり自分のことを慕う団長のように扱いたいようだ。

 それはオーメンへの見せつけのようでもあった。


「名前をつけてあげよう。存在がまだあいまいみたいだからね」


 とキングが言う。


「死者の国現界No:97395、コードネーム:ドリームジョーカー」


 はっきりと見開かれた目。白いリュウは覚醒した。


「ふああ……。えー、それじゃあ、ドリームジョーカー団長になるの? 長くて言いづらいよー。コードネームはドリームジョーカーでもいいけど、呼んでもらうのはリュウ団長にしない?」


「……。それ、本当の名前を半分晒していることになるよ。それでもいいの?」


「本当の名前を呼ばれたら消えてしまうのって、恥ずかしさとか後悔に自分が耐えられなくなってしまうからでしょ。そういうのを黒いリュウが持ってってくれるから大丈夫だよ⭐︎」


 二人がボクのことを振り返るので、ボクは頬を引き攣らせた。


「……イイ性格してるよね……」

「? ありがと♡」


 うわああ。これは、上手くやれる子だ。

 彼の核が、ボクの本質であってよかったよ。

 そうじゃなければ、無邪気に周りから搾取する、新たなヤバイブラック企業が誕生してしまうところだった。


「ええ、リュウ団長、君ってさあ。……本名を呼ばれてもダメージを受けない、そんなピエロが誕生した、ってコト!? そんなのどうやって消滅するつもりなの?」


「消滅しなきゃいけないときが来たら君に頼むよ。それまではキングの友達でいればいいじゃない」


「!!!♡」


 キングと白いリュウが手を取り合っている……。


(お前、メチャクチャだな)

(ボクに言わないでよ。オーメン)

(でも、ありがとうな──)

(ん)


 キングを見て複雑そうにしているオーメンの耳に、ピシピシとちょっかいをかけた。


 そういえば、今のボクのままでも魔法が使えるのかな。


「フロマーチ。……」


 ……だめだ。魂の持ち味を引き出すピエロの衣装と、あの仮面がなければ、魔法は使えないらしい。

 それこそがククロテア王国のしくみを使わせてもらえる凡人用の変換器だったのだろう。


「魔法が使いたいの? ボクがやってあげるね。フロマーチ」


 白いリュウがボクの手をとる。

 再び、二人の境界がなくなりボクたちはすぐそばに混ざり合っているような感覚になる。


「わあ。ボクのココロパレット、色がたくさんあって綺麗に見えるねえ……! 嬉しいね!」


「これまで出会った人たちのココロの色を覚えているんだもんな。誰しも自分の気持ちがあって、それを見せてくれたことを、ボクらは忘れないでいよう。そんな貴重な体験のこと、大切にしないといけないんだから」


「そうだね。ボクもそう思うよ。ボク、忘れないね。このサーカス団で行ってきたこと、行われてきたこと、ココロに残しながら、それでも新しいサーカス団にしていくよ」


 白いリュウは前向きに笑う。


「そういうもの?」


「キングはあんまり分からないみたいだね。教えてあげる。ココロは大切なものだってこと。これからたくさん教えてあげようね〜」


「それは嬉しいけど、白いリュウ、リュウ団長さあ……なんだかボクのことを子供扱いしていないかい?」


「あはは、だってキング、当たり前のことを何も知らないんだもん! おかしくって!」


 周りの空気が凍った。


 危なっかしいな、白いリュウ! 周りが「ぴきっ」と固まっている雰囲気には気づいていて、後頭部をかきながらテヘヘと舌を出している。

 こ、今回はこれで許されたみたいだけども。キングは白いリュウと手を繋いだままだしね。でもいつか地雷を踏むんじゃないか? わりとすぐに……。


 まずい。

 誰か、助言できるような人を幹部なり補佐なりとして横に置いたほうがいいのでは……。


「それで、黒いボクは、フロマーチをして何をしたかったの?」


「あ、ああ。……このココロパレットには隙間があるね。それを確認したかったんだ」


「クイズだね。どうして隙間が欲しかったんだろう。はい! ボク早かった! 回答するね。オーメンを誘うんでしょ?」


「その通り」


「俺様っ?」……とオーメンは器用に仮面をくねらせる。

 どこで覚えたんだろうそんな仕草。


 ナギサが疲れてあくびをしているし、みんな気を抜きかけているからもう早く言ってしまえ。


「オーメン。ボクのココロの隙間を貸してあげる。だから”ここ”においで。一緒に日本に行けるはずだ。外の世界を見てみたいという君の願いを、ボクが叶えてあげましょう」


「いいのか? なんて、今更なしだよな。このくだりシツコイくらいやったもん。どんな理屈も疑問も、もう俺様を止められないぜ。リュウと一緒に連れてってくれ!」


「おいで」


 オーメンはボクの懐に飛び込んで来て──すると、胸元の辺りに沈みこむようにして消えていった。


 キングは「この世界のことわりから離れたからさ」と言った。「よく分かったね」とも。

 もともとボクのいた日本にはオーメンの居場所はなく、キングのように居場所を作る神様に会うすべもないわけだから、仮面のままのオーメンがあちらに行こうとすれば、ただ魂が消滅してしまう可能性があった。


 だからボクのココロに隠してあげるのが一番いいと思ったんだ。


「君は賭けに勝つピエロだね。こっちの君もそのはずだ。今後もその調子でよろしくたのむよ」


 と、キングは白いリュウに言った。


 ボクは少し驚いた。


「キング、ボクは、賭けに勝つと言われたことがなかったんだ。手術はいつも失敗だった。そしてそろそろ、本当に死んでしまうかもしれなかった。だからその言葉は嬉しい。励みになるよ」


「そうなんだ。占ってあげよう。リュウは、あがくための気力さえあれば、勝ちをつかめる星の元にいる魂だ。裏表のはっきりした、上下の激しい、激流に巻きこまれる魂でもあるけれど。苦しくても辛くてもあがいてみせなよ。キミは面白いんだから」


 ありがとう、とは言えない。

 キングはボクらを救うために脱出劇を観覧していたわけではないし、多くの魂が悲惨な最後を遂げたのはキングの趣味嗜好のせいだ。


 でも、白いボクがキングをハグしておいてくれた。

 側近二名が悲鳴を上げている。奴ら、将来禿げるかもな。



 ココロパレットを見上げると、二つに分かれている。

 片方がボク、片方が白いリュウのパレット。

 白いリュウのパレットの隙間には、彼がこれからサーカスを作っていくにあたり色が増えていくのだろう。彼だけの色が。


 そしてボクのパレットの隅の方、ステッカーのようにオーメンの仮面の柄が現れている。

 ボクはこれでもう手いっぱいだよ。

 あるものを大事にして黒いパレットそのままを抱きしめて生きていく。──生きて世界を見せてあげなきゃね。


 パレットをボクが見上げていることに気づいたから、オーメンがウインクしてきた。


「え。ココロの隅からの主張、つよすぎる」

「そりゃあ俺様だもんなー。俺様がココロにいるとなればリュウは退屈しないぜ☆」

「それはどうも。キミがいるとなればボクはベッドにうずくまっているわけにはいかないだろうな。キミを楽しませてあげなきゃね」

「エンターテイナーだな~!」


 みょんみょんとココロパレットが揺れる。


「心拍数に異常が出てるから控えてもらおうかな!?」

「リュウ、楽しいときに楽しいって感じやすくなったんじゃねーの? 楽しみ感度が二倍的な? リュウの人生楽しくなっちまうな~ワハハハ」

「異常心音で入院期間が伸びる可能性がある」

「すみませんでした」


 オーメンはにこにこと目を笑わせながら黙った。


 ジーー、と今度は背後から視線の気配。


 サカイ、アカネがうさんくさそうな者を見る目で上目遣いに見ていて、ナギサはきらきらした瞳でボクを眺めていた。

 ボクが青年ほども大きくなっているから。

 三人の視線をずいぶんと下に感じる。

 なんか、みんな、小さくて可愛いな。


「うわー、すごいね、大きいねえリュウくん! 大人になるってどんな気分?」


「ええと……視線が高い……」


「もっと面白いこと言えよリュウ」

「そうだぞ。ナギサからの興味ある質問だぞ」


「いいなー! 私、上の方から景色を見たことってほとんどないんだ。わっ」

「こんな感じだよ」

「すごーい! 私も大人になったみたい」


 ナギサはおどろくほど軽いピエロなので片腕で抱き上げることができた。

 下には、むすっとしているアカネ、悩ましげな顔のサカイ。さては、どちらも羨ましいけど言い出せないという状況だな?


 ボクは無言で二人のことも持ち上げた。少し重いけど、ここではできる。

 ……足腰が弱っていたはずなのにしっかり立てている時点で、もしかしたらと思っていたんだ。

 大人のリュウとして日本にいるよりも頑丈な体になっているのかもしれない。おそらくキングの魔力によって体が作られているククロテア王国のボクだからだね。


 この感覚を目指すといいかもしれない。日本の治療で。

 望む未来が見えることは、生きるエネルギーになる。


 ボクは忘れないように、足をしっかり地につける感覚や、三人を抱えた時の重みを忘れないように胸に刻んだ。


「黒いリュウ、いつまでもそんなことしてて、行かないつもり?」


「ううん。名残惜しかったんだ。ここには悲しい思い出があるけど、人生で唯一、一生懸命動いたところでもあるから。──行くよ」


 キングは指を鳴らした。

 ボクの体が半透明になる。──は!?

 もしも子どもたちを落としてはいけないからと、急いで三人を降ろした。


「さっさと行っちゃえ。バイバイ」

「キング……。オーメンに、オーメン・ニムロデノインに伝えるさよならの言葉はほんとうにそれでいいの?」

「黒いリュウは思い込みが激しくて押し付けがましいなあ。白いリュウはもっとラクなのにね」

「なんとかなるでしょ!わっはっは」

「……」

「……」


 なんだろう。キングと似たような気持ちになることがあるなんてね。


「……白いボクのこんなところがほんとうにいいって?」

「……いいもん。新しいサーカス団長としてめちゃくちゃにしてくれる方がきっと面白いだろうからね。きっちりと物事をこなしていくキマグレ団長の劇はもう見納めたんだ。だからもういいの! そんなことを聞いてるから、ほら、もう辿り着く前に消えそうだぞっ?……しょうがないな」


 キングは指を鳴らした。

 するとボクは、幼い姿の黒いピエロになった。おそらく一時的なものだ。体は相変わらず半透明なんだから。


 言葉にはしていないけど、これが、キングの気持ちなのだろうとさすがにわかった。


 オーメンに「ちゃんと向こうに行けよ」という、エールだ。


 エールとして一般的に思われる明るい感じではなくとも、背中を押してあげることは、確実に応援になっているはずだ。

 キングはどのようなココロをしているのか、ココロを察することが得意なボクであっても、測り切ることができないけど。それでも一瞬一瞬の動きには熱を感じられるときがある。


「……ああ」


 ボクの思考とは関係なく、足が勝手に鏡のほうに動いていく。

 これはオーメンの気持ちなのだろう。


 ボクのココロがしくしくと泣いている。悲しいから泣くのではなく、嬉しいから泣くのではなく、泣きたいような気持ちだから泣いている。黒いキャンバスみたいにあらゆる気持ちで泣いている。


 キングは白いリュウの手をとり、部下についてくるよう指示をすると、空に登っていった。


 この、まるで宇宙のような果てしない薄闇が広がる部屋。

 キングたちが空で光れば、それは月光みたいだった。

 ククロテア王国──。


「チュウ!」


 背中を押すようなムムリノベルの声。


 魔法機械仕掛けの風車が回り、きれいな音楽が聞こえる。

 亡くなった子どもたちの魂の、きれいな囁きが聞こえる。




 ボクたちは鏡をくぐった。




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