64:魔法が生まれる時
おや……。
オーメンはボクにビビっているようだ。
どちらかといえば火野川龍に近い表情をしているからだろう。
つまり、皮肉屋で強情でひねくれてて、それなのに微笑んでいるような顔になっているんだな。鏡がここになくたって、向かい合っているオーメンの反応が答えだろう。
「つまり、ココロが繋がっているからボクがどんな気持ちで笑っているのかがまざまざと分かるわけだよね。オーメン」
「こええーなあ俺様の相棒は……」
「なんで叱ったか、分かるよね」
「分かるよ。末恐ろしいよ! そんなふうに吹っ切れられると、俺様もうじうじと悩んでいられねーんだよなっ……。リュウは俺様が帰ってこなかったから怒ったんだろ」
「叱ったんだよ。怒るのはボクらしくないから、叱ったの〜」
「はいはい。怒りの感情をどう扱うのか、選び方っていうのは魔法の詠唱のようなものだぜ。上手くやったよなあほんとうに」
「褒められるよりも、もらいたい言葉があるんだけど?」
「ほほう、それボクにも教えてよ!」
「キングは黙ってて」
「「おまっキング様になんてことを!?」」
「……あー、側近たち黙ってなよ。あの子たちのココロがとても大きく輝いているんだからさ」
キングはどうあってもこの騒動を最後まで観ることにしたようだ。
ボクはもう黙って、オーメンの返事を待つばかりにする。
ほら、言いづらいことだろうと言ってもらうんだからね。
キミが、望んでくれないときっとまたキングの邪魔が入るだろうから。お願い。
「リュウ。俺様は……まだ、脱出をしたいというココロが残っているみたいだ」
「聞かせてくれてありがとう。最後まで手放さなかったくらい、キミの本当の望みのはずだ。幸いボクたちも同じ気持ちでいる。こんなラッキーはきっと一度しかないよね。宣言してみせてよ」
「連れてってくれよお~~!」
「いいよ!」
泣きべそをかきながらオーメンが言ってる。
ぷはっ、と笑い、ボクは頷いた。
もちろん笑いたくて笑っている、裏表のない表情だ。
誘われた時とは立場が逆転しているね。
ボクから誘って、オーメンは乗っかった。
小さくとも強く輝いた火の玉のようなココロが、ボクたちのところにあるオーメンの仮面に飛び込んでくる。
目のあたりがきょろきょろと動き、豊かなココロを示した。
ここにオーメンがいる。
ようやく帰ってきた!
ボクは、彼を手に、ひと息ついた。
「団長にしてあげるよ」
キングが声をかけてくる。
ショーの最大の見せ場が終わったとみて、介入するつもりになったらしい。
彼の両脇には銃口を向けた従者たち。
彼らを止めるかのようにキングは両手を軽く上げているから、おそらく打ってくることはないだろうけど、もしもキングがその手をボクの方に向けたならば、すぐに「蜂の巣」になるだろう。
「ふーん。ボクがもし団長になったら……」
(おいコラァ!? 俺様こっちについたばかりでその結論は泣いちゃうよ!?)
(考えがあるから黙ってて)
「彼らに対してボクはどれくらいの権力があるの?」
質問をするだけだ。
キングはおそらく話好きだ。
とくに、ボクのようなずけずけと命の駆け引きをするようなものが。その危うさの中にココロが光るからだろう。
「彼ら……ああ、従者だね。この二人について、団長の権限を知りたいの? ピエロにとっては団長は最高権力なんだっけ。
けれどこの二人はKINGの従者だから団長の部下ではない。でもこれまで聞かれなかったから、もうちょっと詳しく考えてみようかな。
ククロテア王国の階級に当てはめるならば、彼らだって、サーカス団長に敬意を示さなくてはならない立場と言えるだろう。であれば、こらっお前たち、銃口を向けることが敬意だと考えているのかね? オッホン」
「「め、めっそうもございません」」
「そうだね!」
キングが、どう? と言うようにボクを見る。
「もしもリュウ団長がいなければ、二人はどう動くだろうか?」
「それも面白い質問だ。ここにいるピエロたちは階級社会の最下層、貧民にもなれない別世界からのこぼれ星たち……。だからまあ、”なにをされても”文句は聞いてももらえないんじゃないかなあ」
「リュウ団長って呼んでもらってもいいかな」
「リュウ団長! おめでとう!」
キングはケラケラと喉を鳴らしながら、クラッカーのようなものを出現させて鳴らしてみせて、けれどまだ、もっと、というようにボクを眺めて圧をかけてくる。
彼の興味は、それによってボクがどのように動くのか、動きたいと思っているのかという部分なのだろうから。
「うわあ面白いね。面白くなるだろうね。リュウ団長、これから……どうするの?」
「サーカスを解体してほしい」
「した」
テンションが上がっているらしいキングは言う通りにしてくれた。
すると、サーカスを解体した影響がすぐに訪れる。
団長位になると言ってからものすごく肩が重くなって心臓が悲鳴を上げていたけど、今、それがなくなっている。
ボクを──団長を縛っていたルールが”初期化”されたのだろう。
(ルールはこれから作れる。任期だって決まっていない。難易度はたやすくなったな)
(でもそんなの、リュウが団長だなんて、そんなのお前らしくねーよぉぅ……人の上に立つのに向いてないよ。頑張ってもがいてるところを見て周りが助けたくなるのが、リュウじゃねーの?)
(あらためて言われるとボクって情けない存在だな……。
上に立つことって考えないで。
やりたいことが叶っただけだ。
ボクがルールを作れたらいいのにと思う気持ちはずっと持っていたんだよ。キミと歩んできたからこそ、育っていった感情だ。
子供をよその国からさらってきて、夢見る魔法をかけたあと、ショーをさせて命を削り、使えるだけ使ったら用無しにするようなシステムなんて、団長になってでも、変えてしまいたかったから……!)
(はー。目的のために手段を選ばないところは前からあったけど、そこに死線をくぐり抜けたど根性と小賢しさまで加わっちゃったら、なんかもう末恐ろしいを通り越して、期待して応援しちゃうわ~。
やっちまえ~、リュウ~)
パシパシとボクの指先とオーメンの仮面の猫耳部分が当たったり離れたりしている。親友のじゃれあいみたいだね。
アカネが、なにやってんだか……と呟いた声がふと聞こえた。さっきまで緊張してたみんなの雑談が聞こえてきてる。
──よくよく考えてみたら、リュウが団長ってどんなの?
──前の団長らしいものを想像しかけたけど、リュウくんらしい、ホワワンとしたイメージにすり替わっちゃった。うふふ。
──団長という立場にされたとしてもリュウの性格や方針は変わらないだろうな。優しいという点が頑固なんだ、あいつは。それがもうわかったよ。
ひどい言われよう!
「ねーねー」
キングがおねだりするように手を擦り合わせている。
手に持っている風船がふよふよと不規則に揺れる。
「サーカス団には今、リュウ団長が一人だけだろう。一人になった団長はどうしてくれるの? ボクになにをしてくれるんだろう?」
「キングに……。ちょっと待って」
「うん。4・3・2……」
「──キングはさまざまなココロを観察するのが好き。そのために子どもたちの最後の輝きというものを捧げられていた。これまでは幹部や団長がお客様のために楽しみを提供しているものと見ていたけど、亡骸サーカス団はKINGのためのシステムとも言えるよね。
それに代わるもの、ということ……」
「そうだよ。早く、早くアイデアを出してよ」
(すぐに出るわけないじゃんなー、リュウー!)
「いやもうおおよそのアイデアはあるんだけどね」
(俺様びっくり!?)
「そうなの!? 聞かせてよ」
「アイデアはあるんだけれど、魔法として可能だろうかって考えているんだ。これができたらきっとすごい。おそらくほとんどのピエロがいい状態になるだろう。それはボクたちに都合がいいという意味ではなく、これまで見たことがないものをキングに見せてあげられるという方針でね」
「これまで見たことがないものー!?」
「ボクに協力してくれないかな。使いたい魔法のイメージはばっちり。間違えたりしないし、ここでキミに逆らって攻撃し始めるってことはしない。そうしたら水の泡ってわかってる。鏡も割れてしまうしね。だから、キングの、魔力と技術を貸してほしい」
(神様に向かって!?)
「それができなければお楽しみはお預けだよ? しばらく見守ってきた落ちこぼれピエロが、困難な経験を経てついに団長にまで昇り詰めた瞬間、願った強烈なイメージがただ一つ。そんなのこの先一度だって訪れない心境なんだろうね──!
今頷いておくのがキングのラッキーなんだよ」
(神様に向かってええーー!? リュウー!?)
キングは足元をモゾモゾとさせた。
これまでにない反応。悩んでいる。
「……うーん」
「抵抗がある? それは、悔しいっていう感情かもしれない。神様にも感情があるのか、それとも、悔しいのとはまた別のココロの引っ掛かりなのか。今回の魔法をしてみれば少なくともどれかの答えはでるはずだよ」
(悪魔のような取引ーーーーー!)
「5・4・3……」
(カウントーーーー!)
「ねえ。キミの言動に対してさっきからオーメンがすごく叫んでるけど?」
「ツッコミ気質なところがあるよね。ココロの種類にツッコミ気質というのも入れておいて」
(さらりと返すリュウの神経の図太さに驚愕するばかりの俺様)
「……やってあげる。魔力を貸してあげるから、さあ、今から十秒間に好きな想像をしてみるといい。まちがってイケナイコトを考えてもその通りになってしまうから、気をつけて精神統一するんだよ~?」
((((こっっっっわ))))
これについてはオーメンのみならずサカイ・アカネ・ナギサの心の声も聞こえてくるかのようだった。
人は、してはいけないと考えるほど最悪の想像をしてしまうものだね。
そのプレッシャーに耐えて、理想通りのことだけを想像することがリュウにはできるだろうか、って?
できるよ。
どれだけボクが頑固なのか。
諦めが悪いのか。ひねくれているのか。負けず嫌いなのか。
もうみんなわかってるでしょう?
呪文のように唱え始める。
「ピエロには二つの側面がある。白く純粋でひょうきんで、みんなを労わるココロが一つ。黒く目ざとくいじわるで、自分を押し付けるココロが一つ。その二つが交互に見えることで笑わせるという生き物だ。
どうしてそれがお客様を惹きつけるのかといえば、きっとあなたもそうだから。
みんな一つだけしかココロがないと思ってる。
でも、まったく一つのココロを持った人はいない。変質するし、すり減ったり、増えたりもするかもね。表が見えていても裏が潜む。裏が悪さをしても表が慰める。
さあボクが教えよう。みんな耳を傾けて。これがボクのココロが使う魔法──」
”ドリームジョーカー”そんな幻の存在になることをボクはイメージする。
周りを変えるんじゃない。
ボクを現すだけのこと。
けれどとても深く複雑でテクニカルで、キングの魔力を必要とするほどのこと。
"ドリームジョーカー"はただの作り話。
でも今、本物にしちゃおう。
ボクが、二つに分かれた。
かげろうのようにゆらめいて、白いリュウと、黒いリュウへ。
ボクの意識はどちらかといえば、今は、黒いリュウの方に傾いている。
けれどどちらもリュウである、という結論を持って、十秒の魔法は完成した。
白いリュウと手を取り合う。
「思い出は分けることができる──。ココロは小さくなってもまた燃え上がる。そうだね、リュウ」
「そうだね、リュウ」
「キミはボクだ。ククロテア王国の体と思い出を持った白いリュウ」
「キミもボクだ。日本の思い出と魂を秘めている黒いリュウ」
「「──これを帰還魔法と名付けよう」」
ボクらが意を決したところに、飛び込むようにキングがやってきた。
「いいよ!」
「軽いなあ。ありがとう」
だってすごく面白い、考えたこともなかった可能性だ、とキングがいう。
白いリュウはその称賛とも言える言葉を困ったような笑顔で聞いていて。
黒いボクは、皮肉げな気持ちで聞き流す。だってボクは「ククロテア王国の記憶も持つ青年・火野川龍」だからだ。
皮肉風味強め。
そして白いリュウは「ボクの気持ちを見せてほしいって? うーん、色々あったけど、頑張ります」と言いながら中指を立てている。なぜなら「脱出目前までの思い出をもつド根性ピエロのリュウ」という存在だから。かな。
きっと友達には優しいはず。上司には歯向かうタイプかも。でもできれば全部が丸く収まるようにルールを作りたいと考えている。それを、信用できる誰かに託すまでがきっと彼の”団長の任期”だ。
キングは「それどーいう気分!?」と大喜びで深読みにかかっている。中指を立てるって知らなかったみたい。
白いリュウはおそらく純粋な一面しか持っていない。中指を立てたのは体の記憶が彼をそうさせたのだろう。対して、黒いボクは体を持ってはいるもののうっすらと透けていてなんだか危うい……。早めに退散しなければいけないだろうな。
白いリュウのココロは育つだろう。だからそのうちまた、二面性のあるピエロになれる。その過程は、キングを釘付けにするだろう。
「白いボク。……そちらのこれからのこと、任せてもいいかな?」
「黒いボク。──そっちこそ、そちらのそれからのこと、よろしくね!」
これですべての支度が整った。




