59:ピエロたちのココロ・怒り
トラウマの領域魔法を形成していたカーテンの裏側に、たくさんの穴が空いた。
ボクたちがなけなしの抵抗でぶっとばした、ガトリング砲の弾によって。
それはまるで、星空のように。
(──綺麗だ)
(うん、綺麗ジャン♪)
なんて、そんなことを思うのは、成し遂げてやったボクたちだけのようで。
コードネーム:トラウマは、怒り心頭。
そしてKINGという名を持つふしぎな声も、ただただ平坦に<カーテンの裏側の損傷4パーセント>と言っただけだ。
そのまま続けて<さてさてフィナーレかな!>……と妙に明るく声のテンションが引き上げられていく。
カーテンに空いていた穴からのわずかな光は、まるでミラーボールのようにけたたましく光り始めて、はかない綺麗さが消えてしまって、ぎらぎらと安っぽい。
情緒はないらしい。
あらかじめ決められていた舞台装置のスイッチが次々に押されていくみたいに、ステージは回転し、スポットライトがボクたちを照らし、同時にトラウマを照らした。
見るからに”役者によるショーの締めをやれ”というかんじ。
ほこりのように舞っていた光が空中で集まって、小さな子どもみたいな形を作ると、ショーマンがそうするような仕草をコピーしたように真似て、ふんわりとお辞儀した。
そのあと、きちんと椅子に腰かけるような姿勢になり、空中に居座っている。
──見続けていくつもりだろうか?
<チャーチャーラララアーン♪ シャラン♪ >
まるでアナウンス。
<このようなリズムだね 亡骸サーカス団の音楽は♪ それはピエロのココロを高める音楽♪ 音によるお楽しみ♪ ラーラーチャチャチャラーン♪ シュルン♪ それはピエロのココロを表すための音楽♪ そうなんだろうお前たち♪>
(……! ねえオーメン、確かに楽しげな音楽だけど、あれに、ココロが引っ張られてる気がする)
(そうだろうな。ココロが”削られてる”……あのお客様を楽しませなくてはならないと、俺様たちは緊張してるんだよ)
(どうすればいいの?)
(あれは倒せない。さっさとカタをつけて、ステージを終わらせるんだ!)
(わかった!)
ボクはあれが何か知らない。
だから、いそいで動きを決めなくてはならないなら、物知りなオーメンの判断を信じよう。
指を動かし手を握る。うん、動く。
首をそっと振ってみる。うん、落ちていかない。
首のあたりで切られていたのに、すっかりくっついて、線が残るだけとなっている。
<IT’s ショータイム♪ ──このバトルで負けた方はすっかり消失するのだろう♪>
「「「!」」」
ちょ、そんなあっさりと。
反応したのはボクたちだけではなかった。
むしろ、トラウマこそが大きく反応した。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、消えたくない消されたくない消えたくない死にたくない、まだ、まだ、何も成し遂げていないのに!! 私は何も得ていないのに!! こんなこんな、こんな人生であってたまるかよおー! そこにあるのが見える、そこが光っている、近づいている、私のものだ、私が今度はそこに行く! どけ、どけ、どけ! お前らが消えろお!!」
巨大な体をぐわぁんと振りながら、てんで予測不可能な打撃を加えてくるトラウマ。
──欲望。
ボクはそう思った。
まるでダダをこねる欲望そのもの。
子どもみたい、とは言い難い、骸骨じみた老婆の顔が、おさえる気もない欲望をむき出しにしているのは、つたない。
なんとなくわかった。
このトラウマという存在の、トラウマになった元の人は、与えられてきたものが本当に少なかったのだろうって。貧困。渇望。拒絶。そんなものが背後に予想される。
トラウマの攻撃を避けるのはむずかしくなっていく。
トラウマが動くたびに、もともと彼女の装飾の一部だった”空間を閉ざすカーテン”がたわみ、ひっぱられ、ぐわんぐわんと酔いそうな振動があるからだ。
(俺様、この世にこんな酷い拷問があったなんて、初めて知ったぞぅ~。おえええぇ)
(耐えてるボクの士気に関わるからその愚痴はこらえてほしい……!)
(ゴメーン。といってもリュウはなんか平気そうなんだが)
(病院の薬の副作用、で似たような状態になったことがあるから、辛さに慣れただけだよ。辛いのは辛いままさ)
ボクは、マントに差してあった”硬いなにか”をてきとうに引っこ抜き、てきとうに投げる。
とくに戦略もないそれは、けれどトラウマの手に上手く当たって、もちもちのワニが指に噛み付いた。
びっくりしたトラウマはそれをはねのけようと、上に向かって手を振る。ほんのわずかにでも削られてなるものかというように必死に。
もちもちのワニは、ただのおもしろグッズなんだけどね……。
「まったく。二人のどっちかが消えなくちゃいけないなんて、誰が決めたのさ」
文句を呟くと、
<ボクが決めた>
と、頭上から声が響く。
あの、光をかたどった子どもだ。ゾワリとさせられる。
相手をしてる余裕はない。
けれど一言くらい言わせて。
「ボクは認めない」
<ああ! 怒りがこんなに育ってる! これまでにない収穫だ!>
反応はスルーする……けど、気に触ることを言ってくれるよね。
怒りか……。
ボクはこれまでそれを意識して魔法を使ったことがなかったけど、確か、サカイやアカネは、怒りを原動力にした魔法を使っていたはずだ。
熱く燃え盛るような怒り。
海に沈めるような深い怒り。
やってみようか。
ボクの怒りは、なんだろう?
この体を流れる魔力を感じながら、ドクドクと鼓動するココロの、怒りをあふれさせてみる……。
めまいがした。
その隙をついて、トラウマの腕がボクを殴った。
(リュウ!)
ふんばる。足を床に叩きつけると、足首までめりこみ、ボクは倒れやしなかった。
(……リュウ~? お前なんか怖いんだが?)
「このッ……大事なみんなの思い出がつまったこの体が、ダメになったら、どうしてくれる!?」
(その怒り方はときめくやつジャンー!? キャーやっちゃって~!)
オーメンのテンションも上がってく。
ボクが腕を振ると、手にしていた杖が如意棒みたいに伸びていった。それでトラウマの灰色の腕をフルスイング。
指先が変な方向に折られて爪がふっとんでいった。
壊された下っ端のピエロの中には、手を駄目にされた者もいたと思い出す。
口から溢れそうだった罵倒が、トラウマのカーテンを焼いてしまう緑の炎となる。トラウマはギャーギャーと悲鳴を上げて嫌がった。
とあるピエロが壊されたきっかけは、幹部に待遇改善を願うなけなしの声だったことを思い出した。
ボクの頬がなにかでこそばゆい。涙だ。
(……ああ……リュウ……すごい魔法だ。でもさ。駄目だ、優しいお前には似合わないぞ。……そんな理由で魔法を使うのはやめな。俺様が代わろう)
ココロを撫でられるような感覚。
癇癪を起こした子を、後ろから抱きしめてくれるような。おおらかな。
そしてオーメンが表に出てくる。
そうなればボクの背は伸びて、彼の美しい動きが、トラウマのもう必死の攻撃をかわす。
<あーあ。もっと怒りを見ていたかったな>
「そう言わないでお客様。これから先もきっと面白いものが見られるでしょう!」
オーメンは堂に入ったお辞儀をしてみせた。
どうしてそんなやつに親切にするのさ、とボクは拗ねた心地になった。ココロの中ですぐそばにある、彼のココロの隅っこを、服の袖でもつまむようにくすぐった。
(だってお客様相手に生きてきたんだモン。処世術ってやつかねえ)
(オーメンも死んでしまいたくなかったんだね。ボクみたい)
(みんなそうだぜ、きっと。言えなかったり気づけなかったりするだけで……それを叶えかけているリュウは、すごいやつだ。俺様もこのカラダを傷つけさせたくはない。思い出がつまってるもんな、他のやつの分も全部だ。こんなふうに考えたらよかったのか。教えてもらったような気分)
<そうなんだ。ボクにも教えてよ>
(ここは舞台裏ですお客様~)
オーメンの冷や汗の滲んだ声!
このクロロテア王国に逃げ道なんてない。この国から出なくては、いつまでだってこのKINGにもてあそばれるだけなのだろう。
……幸いにも、話しかけるほどの思念でなければ、KINGには聞こえないみたいだ。
<リュウ! キミの”参照骨肉集合体”が壊れないように、祈りなよ>
ボクに交渉してくるんだ……。
でもこれはきっと罠。
(それはキミに祈るということだよね? それならノーだ。このままでもオーメンが勝つから)
<じゃあなにが欲しい? 華やかに勝てるカード? 勝った後のきらめく衣装? 幹部の地位? もう一声? しょうがないなあ、亡骸サーカス団の副団長の地位でもいいよ! 団長の座は、ここで勝ったほうにしなければならないからね>
これはもしかして……もしかすると。
ボクたちが本気で帰りたいのだって、思ってもいないのか?
そんなことある? 散々壊してきたじゃないか。それなのにショー扱いをするのか。理解できない……。
ボクの考えにオーメンは割り込んでこない。
さっきのボクのように、トラウマへの対応に必死だからだ。
ボクが答えなきゃ。
考える。
(祈るとしたら)
<何?>
(キミが、故意にトラウマを壊さないこと……。魂を削ったりしないで控えること。ボクらに祈りを提案したのと同じように、トラウマにも語りかけているんじゃない? それを打ち消してほしい)
<え……。退屈>
(……ッ! あんな風に奪われていいわけないだろ、って言ってんの!)
<それがキミの本気の望み、怒り添え、なのか。へえ、そう、ふうん。その物言いは初めて聞いたものだ。いいだろう>
トラウマの挙動がいったん止まる。
びっくりした顔をしているので、おそらく「NG」を急に食らったのではないだろうか。
(キモが冷えたぞリュウコノヤロウ!! お客様になんて物言いしやがる!?)
<お客の前で怒鳴るのもたいがいだよキマグレ団長>
(そうだよオーメン)
(サウンドやめてくんない!? 俺様あまりのストレスに仮面にヒビが入りそう!)
トラウマの首をオーメンが落とす。
杖に仕込まれた刃が現れていて、まるで、死神の鎌のようだった。
もはやトラウマの骸骨のような顔は、空間魔法の後遺症で肥大化し、内側がすかすかのがらんどう。高いところから床に叩きつけられたことでヒビだらけ。
オーメンは、ショー終了のお辞儀をしようとした。
早く、早く、とにかく、終わらせようとした。
けれどカーテンの隙間から、仮面が飛び込んでくる。いくつも。いくつも。いくつも。
まっしろだったりくすんでいる灰色の仮面……?
装飾も何もない。まるで製造前の部品のよう。
カーテンが割かれた向こう側には、亡骸サーカス団のさまざまな場所がランダムに見えていた。領域魔法をむりやり使ったことで、通路が、ねじまがっているらしい。
そのうちの一つ、仮面が飛んできた先というのは、ココロ自動販売機があったところ。
そして、ネコカブリとユメミガチの姿がある──。




