56:オーメンのランドール
強制的な、リュウとオーメンの”ランドール”。
意識を閉ざしているリュウの顔を、オーメンが覆うことで意識をのっとった。
リュウが、オーメンにコーティングされている。
それは奇妙な変化を遂げた。
「キマグレ団長…………」
トラウマがあっけにとられて呼ぶ声には、本人も想定外の恐れが含まれている。
トラウマがそう思ってしまうくらいに、リュウ──この場合は”オーメン”の姿は、団長のそれのようだった。
細身のシルエットのスーツを着こなす青年の姿。山高のシルクハット。豪華な装飾が施された仮面。魔法の杖のように構えられているステッキ。
こんなものは亡骸サーカス団においてピエロでいられない。
幼いピエロなんてとっくに超越しており、幹部かそれ以上の存在であると、姿からしてもう主張しているのであった。
足音はかろやかにステップ。その動きがいちいち優雅で目を奪われる天性のショーマン。
舞台でスポットライトを浴びたらどれほど目立つだろう。どれほど注目と喝采を集めるだろう。
存在感に危なげがなくあらゆる物事を最高に成功させるのであろうと、夢を見させるような力があった。
トラウマはこの”オーメン”にしばし魅せられた。
(──これにふさわしい、覆いかぶせてやれる衣装が思い浮かばない……! 私の衣装技術を超越しているだって? 魔法科学にひらめきを超えているだって? たったさっき落ちこぼれピエロの体を間借りしただけの仮面が? ココロ自動販売機から作られた仮面のくせに、私の手を離れた……!!)
トラウマが硬直から抜け出せたのは、この、怒りのエネルギーがあったためだ。
立派なものは嫌いだ。
朽ちていくものが好きだ。
朽ちていく自分は嫌いだ。
朽ちていくのは、他人が自分のために朽ちていくのが現実であってほしい。
そうして底上げされた屍の山の頂に、それを覆いながら自分が降臨するくらいが真実であってほしい!
トラウマの魔法が放たれる。
これには少々時間がかかるはず、とオーメンは読んだ。
なにせ、領域をつくっているからだ。幹部以上のものだけが使える、この世界の一部をぐるんとひっくり返して、自分の理想のイメージに連れ込んでしまうという空間隔離の魔法。
これが行われるには、そのものの頭の中で”KING”に連絡をとり、承認をしてもらわなければならないというルールがある。
ククロテア王国における”KING”の権限は強い。唯一最強といってもいい。
この隙にオーメンが行ったのは、移動だ。
(リュウが背後にかばっていた、サカイ・アカネ・ナギサの三人をどうにかフィールド範囲外に連れていくこと!)
このうちの誰かが欠けたら、それこそリュウのココロに致命的な傷がついてしまうかもしれないから。
同時に、己の過去のトラウマに囚われているけれど……その点についてはリュウは耐えられるだろうと信じている。
この支え合う関係は、ずっとオーメンの憧れでもあったのだ。
優先して助ける理由なんていくつもあった。
オーメンは重なるように気絶している三人に近づき、手を触れさせた。
驚くことに、出血多量で意識を失っているサカイ・アカネは予想通りだったが、トラウマに囚われているはずのナギサは瞳を開けていて、そのわずかに生まれた魔力で針と糸を動かして、まだ二人の傷をできるだけ直してあげていたのだ。
(ナギサのツギハギだらけの体は、転移の鏡をとおったら、ただのククロテア王国の資産になり、みんなのココロを害するような影響はおよぼさないはず)
オーメンは三人をまとめて、転移の鏡のそばに”ワープ”させた。
けれど送っただけだ。すぐに鏡を通らせたりはしない。
おそらく今のままであれば、トラウマに囚われているココロは明らかに”ククロテア王国の範囲”なので、元の世界の移動しようとしたところではじかれてしまうだろう。
(俺様ができるのはワープまでだ。あっちでの判断は、ムムリノベル、頼むぜ)
リュウの中に色が残っていたムムリノベルの気持ちが「ちゅう」と鳴く。そんな感じがした。
オーメンは思う。いったいリュウはどれだけの人数のココロを素直に受け入れてやり、そのスペースを己の中に作ってやっていたのかと。誰かに受け入れてもらうことで救われるなんていうのは、ココロある者の絶対的なルールだ。それは癒しになる。
ドリームジョーカーなんて存在が伝説のように噂されていた。
ドリームジョーカーはいたのかどうか、それから、ドリームジョーカーでなくなる瞬間もある、そんな者だ。
真っ白な仮面にさまざまな色を受け入れて、やがて色が濁って己がわからなくなるらしい。
オーメンは今、そんなことを思っている。
リュウのことをドリームジョーカーのようだと言った。
けれどその"意味"を思い出したのは、ただただ今だった。
先にその意味を思い出していたなら、リュウのことをドリームジョーカーなんて呼びたくなかった。
ドリームジョーカーはやがて黒く濁る運命にあるのでは、そう信じてしまうような変化をリュウに感じていた。
自分が色々と思い出していくほどに、オーメンの仮面がリュウに馴染むほどに、リュウの声が小さくなっていって……今や聞こえない。
(なんで今なんだろうって? わかるぜそんなの。だって久しぶりの人型だ。ココロが分裂した結果の仮面ではなく、ココロの名残で動くだけの骨人形でもなく、生きた肉体の生きたココロのスキマに俺様は生かしてもらっていたから。
まるで生き直したみたいに思い出すよ。それはダメなのに──)
リュウの体なのに。
それを救うためには、体を借りるしかオーメンはやりようがないのだ。
なまなましい涙がポロポロこぼれていく。
友をワープで遠ざけて、ひとりぼっちになってしまった”最高の青年”は、薄暗い裏通路で高貴に立ち、フィールドに喰われるときを迎えた。
「────── ──────」
トラウマが音なき音を唱え、領域魔法がオーメンを包むように広がっていく。
オーメンはひやりとした。
(トラウマの声が聞き取れなかった……。……。俺様、あいつよりも強かったはずなんだけどなー。リュウの貧相な体とわりと不安定なココロじゃあ、まだ、トラウマよりも魔法的実力がないって判断されてやがる。誰にって、このククロテア王国にってことさ。
トラウマはここに来るまでについでにキマグレ団長を殺してたりと、悪質な経験値を溜めてたんじゃねーのかな。殺された俺様の元肉体、グッバイ~。
……純粋な力比べでは、負けちまうだろうな)
そうならないように、するべきことは思い出した。
まだ力を回復させられていない?
久しぶりの現実の肉体であることと、記憶がないことが原因とわかっていれば。
魔法はココロで使うもの。
ココロというのは、これまで肉体が過ごした思い出から成る。
(キマグレ団長として過ごした昔の日々を、俺様のものとして受け止めてもっと思い出すんだよ──。そうだ、できるぜ、受け止められるぜ俺様も。絶対絶対絶対、仮面を割ったりしないんだからあっ!
そんでまだ、自分にすがって耐えていてくれよリュウウウ!)
ふんす! と青年が意気込む。
妙にコミカルな仕草だったのは、この落ちこぼれピエロの仕草がいつのまにかうつったのか、あるいは昔々のキマグレ団長というのは、そのような性格であったのかもしれなかった。
昔の自分を知るのは怖くても。
それでも守ろうとしてくれた友達のリュウがいてくれたから。
オーメンは己と向き合う。意識の半分をココロの内側に向けて、思い出の湖にダイブするように思い出していく。
意識のもう半分は、油断なく現実を見ている。
──トラウマのフィールド。
──逃げられやしない暗黒の奈落に、浮かぶステージ。大きさはオーメンが走り回れるくらいもあるが、もしもこのステージから落ちたら生涯昏睡するほど囚われるのは明確である。
──そしてトラウマがみるみる巨大化し始めた。
「こんなめちゃくちゃなもんに魔法再現の許可を出すなーーーっ!!!!」
オーメン、祖国について本気のクレームである。
トラウマから殺意が向けられる。
戦いが始まる。




