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53:再来

 


 今は信じること。


 自分たちが走ることに集中すること。


 ボクがナギサの手を離さずに、目的地まで運んで行けるように──。



 必死に足を動かしてはいるものの、体が弱い彼女の歩みに合わせているから、ペースは早くない。ボクの疲労が少ないぶん、ほんのわずかに生まれた余裕を、周りの様子を探ることなどに費やそう。


 ──静かだ。

 ──指令をしてくる人がサーカスに不在だから。

 ──みんな、言われなくては何も動けないくらい、ココロをわずかにしか持っていないんだ。


 ボクたちが動く分には都合がいい……。

 それとともに、まだ元気のあるボクたちが注目されて手出しされないように、見つからないように一層注意しなくては。


 人の気配を避けながら、ていねいに走り抜ける。


 ”白い仮面”の過敏な感覚が大活躍だ。


「リュウくん。ムムリノベルちゃんのお耳がっ、はあはあ、出てきてるよっ。けほっ」


「っ!? 急ぎすぎちゃってごめん、ナギサ。速度をゆるめるね。……耳、なんでだろう……?」


(そいつぁ、リュウが今使っている能力が”察知”だからさ。ムムリノベルの性能と似ていたから、これまで使っていた色の思い出が濃く現れているんだよ。

 お前は何者にでもなれちまう。何者かに塗り替えられやすい。気をつけながら自分を保つんだぞ)


 オーメン!


 そう叫びたいのをボクは堪えた。


 さっきまで力の使いすぎで気絶していて、今だってボクの懐でぐったりとしているけど、思念を伝えられるくらいにはなったらしい。


 ボクはオーメンに頭の中で尋ねる。


 我ながら、周りを察知しながら+オーメンとの会話に頭を切り替え+ナギサのことも気遣っているなんて、器用なもんだと思う。

 頭でっかちなボクと小賢いムムリノベルの色は相性がいい。今は少々呑まれたってかまわない。

 だから大事なことを聞くんだ。


(お願いがあるんだ。サカイとアカネを、あとでワープさせられるくらいの力はある?)

(あいつらのこと信じたんじゃねーのかよ?)

(信じたよ。けれど確実に勝てるとは限らない。君に無理を頼めるなら……)

(俺様の仮面が壊れちまうとしたら?)


 オーメン=仮面なんだから、変な言い回しだな。


 ボクは真剣に考えこみかけたけど、このくらい軽く話してくるなら、オーメンとしては軽口で尋ねられる範囲なんだろう。


(オーメンが割れそうだというなら、サカイとアカネの独力に頼って待つことにするよ。君も、ともに行こうね)


(んもー! 生真面目! そして俺様の親友っ。……だよな? わかった、多少の無理はするよ。そのかわり今は休ませてもらうぜ)


(了解)


 しばらく休憩して、回復ができたならワープに挑戦してくれる……らしい。


 早く、サカイたち来ないかな。


 安全のお知らせが欲しい。


 でも、焦るな、焦るな、冷静を保て……。


 ボクたちは裏道の角を曲がる。

 布をつなぎ合わせた垂れ幕を通り抜ける。


 扉をそーっと開けて、しめる。


 上に行く階段をすこし登る。


 廃材がすべり台になったような道を下っていく。


 早く、アカネたち来ないかな。

 安心したいよ。

 君たちが無事でいてくれますように。


 自分たちのゴールが近づいていくにつれて、ボクの頭の中をサカイとアカネのことが埋める。


 しょうがないよね。緊張していたところを通り過ぎてしまえば、そのぶんの余白は生まれるわけで……その余白に何が入ってくるのかなんて考える暇もないくらい、ボクはサカイやアカネのことがとても大切らしいから。


 サーカスに来てから辛いことがたくさんあったけど、ここでかけがえのない友達を得たことも本当だ。サカイのことだって日本にいた頃よりももっと友達だって、思う。


「リュウくんっ。目が、あぶないかも」

「え!?」

「リュウくんの目つき……何かにのまれそうに、なってない? ”今”に、集中しよっ。足ひっぱってる私が、言えることじゃ、げほげほ、ないかもだけど」

「ううん。ナギサがいてくれてよかった。ありがとう」


 緊張をゆるめてしまってもいいような状況じゃ、全然ないのに。


 これまでの緊張の反動が、一気にやってきたかのようだった。くたくただ。


 気をゆるめた時にココロに入ってくるのはボクが好きなサカイやアカネのことだけじゃない。

 これまで取り入れてきたボクじゃない誰かの色が、もぐりこんでくることだってあるのだろう。ムムリノベルだけじゃない、ネコカブリなどだって。


 今、ナギサと繋いだ手に力を込めさせてもらう。

 この時に手を繋いでいるのは確かにボクだ。

 握り返してもらえたのも、確かにボクなんだ。唱え続ける──祈りみたいに……。



 ボクたちはそれから”宇宙空間のような部屋”にたどり着く。


 ──なつかしい廃電車。


 ──カラカラカラカラ、風車のようなパーツが回る音。


 ──チュウ! とムムリノベルが鳴いて知らせてくれた。そのかたわらには、転移の鏡がある。


 無事だし、きちんと動作しているようだ!


 魔法科学の鏡は、その作成者が望んだように、ククロテア王国と異世界をつないでいた。


 ホッとして力が抜けそうだった足に、力を込める。


「っと、扉の前でいつまでも立ち尽くしてても仕方ないよね。ボクたちもあそこにいくのが良さそうかな。だけど……」


「どうやって?だよね」


「この宇宙空間のようなところを、前はアカネの跳躍力とかで渡ったんだ。けれど今は飛んでいけるようなアイテムはないし……」


「私も方法を持ってないよ。ごめんね……」


「アカネたちと一緒に来ることを目的にしてたもんね。じゃあこの扉をいったん閉めて待とう……」


「うん。ねえねえ、あの鏡をくぐるんだよね。私、ドキドキしていると思うの」


「ボクも」


 胸のあたりを押さえると大きめに鼓動している。ナギサもそうだろう。

 ナギサとボクは、扉の両隣に座り込む。

 すぐそばでくっついていないのは、できるだけ周りの音を拾うため。

 ……彼女が近くにいたらボクの心臓の音が高鳴って、周りの状況把握に集中できないかもしれないからさ……。


 もしもナギサとあの鏡をくぐれたら。一緒の世界に帰れたら。

 彼女ともたくさん話しをしてみたい。サーカスからの洗脳が解けたナギサはどんなことを話してくれるだろう。


 早く。早く。早く。

 サカイとアカネの連絡が欲しい。


 けれど違う人がやってくる。


「あー。その鏡が例のね。作戦の最後なわけ。はいはい。っと……」


 ナギサの隣に誰か立っている。

 足音も魔法の察知も何もできなかったよ!?


 ボクはぶわっと産毛を逆立たせて、全神経をその”影”に集中させた。


「って。オウマさん……?」

「おう」

「ボロボロじゃないですか!?」


 すちゃっと片手を上げている彼は、全身を切り裂かれたかのようだった。鋭い横一文字の傷がいくつもついていて、破れにくいはずのピエロの衣装(しかも上級品)が破れている。あのヘルメットのような漆黒の仮面も、はんぶんが粉々になった状態で首にかけられているだけだ。


 ボクが何か言おうとしたのを、オウマさんは「びし」と前に向けた手のひらだけで止めてみせた。思わず息をのんで止まってしまうくらい”圧”がある。

 ボクは(しまった)と思った。だってオウマさんがいつまでも自分たちの味方でいてくれるとは限らないじゃないか。洗脳や取引の危険性だってある。善良なココロをこの世界ではあまりにも失くしやすいのに。


「リュウ。下っ端ピエロは脱出させられたらしいな。おめでとう」

「……ありがとうございます」


 ボクが警戒していることをオウマさんはすぐに見抜いた。

 片方のまゆを跳ね上げて、話のペースを早める。


「このナギサは危険だぜ」

「どういう方向に?」

「おおっと。それでも連れていくって言いたげで、愛情があるね。いいこった。──洗脳が解けてない状態だからさ。こっちのククロテア王国に染められてしまったものは元の世界に拒絶される。だからあの鏡を通ることはできない。このナギサって子はそれだろうよ」

「…………!」

「試してみるのはリスクがでかいよな。それにお前たち、あそこまで行く飛翔力もないんだって?」


 チッチッチッ、とオウマさんは指を動かす。


「試してきてやるよ」


「……それはつまり、ナギサと同じような状況の、洗脳やルールが染み込んだオウマさんが鏡に飛び込むことができるのかって、先に実験してきてくれるってことですか?」


「理解、はや。俺のことそんなに良く見てくれてたんだ。だからリュウは白い仮面を持ってんだろうな」


「ボクと手を繋いでくれませんか?」

「ほい、手」


 オウマさんは言われた通りにしてくれる。


 ボクたちには時間がない。警戒しつつも相手を信用して話を組み立てなければ。


 オーメンは頑張って体力回復に努めている。

 サカイとアカネはあの場を持たせようと頑張ってる。

 ナギサは不安を煽られてしまっているだろう。


 ボクも、頑張るよ。


 がぶり、とオウマさんの手に噛り付いた。


「うおいっ!? さすがに、なんで!?」


「…………ボクの仮面の使用について結構知っていますよね。つまりはオウマさんのココロのカラーを今、知りたいんです。本当ならば魔法を使って、ココロを映して貰うところですが、あなたのむき出しのヒリヒリしたココロを、時短で見せてもらおうと」


「時短にすんなよ……」

「今、オーメンが教えてくれました」

「もう流れてる血もあるのに新たな傷を作るなよぅ……」

「ボク”が”アクセスするという状況が必要なんです」

「そっか。謝って」

「ごめんなさい。そして、ごめんなさい疑ってしまって。オウマさんの申し出は、善意だったんですね」


 そう。オウマさんと共有した感覚によれば、彼は今回の申し出をまったくの善意で行っている。


 いや、たまたま彼の行動が、ボクたちの正解だったってのがもっとも近い。


 困ったように微笑むオウマさん。オウマさんのココロを守るルールというのが「自分がこのサーカスに来た意味をきちんと得て、勝つこと」だったからだ。

 オウマさんの意識に強くあったのが”罪悪感”だった。自分が救えなかったこと、自分が至らなかったことへの、過剰な反省。それを取り返すように過剰に燃え上がる性格。幹部への反発。

 彼の動き方は、このルールに基づいていたからなんだね。

 ポリシーといっても良いかも。


 ──ココロがボクの中に溶け込んでいる。彼のことが感覚的に”分かった”。


 彼が鼻をこする仕草。


「俺、こんなだから、誰かにココロから信用してもらえるってことなくてさ~。今ちょっと良い気分だぜ」


 オウマさんはそう言って宇宙空間のようなところに飛び出して行く。


「もし鏡が壊れちゃったらごめんな☆」


 おい。シャレにならないって。


 でも彼の中に確信があるようだった。大丈夫だろうって。

 ボクの頭の中には、彼が一生懸命に集めてきたのであろう亡骸サーカス団についての知識が……その中でも転移の鏡についての項目が、高速で本をパラパラとめくるようなイメージとして流れて行く。


「大丈夫そうでしょ」

「大丈夫そうだな」


 オウマさんが鏡を通り抜けた。


 ちょんちょん、と指先で鏡をつつくと吸い込まれていったんだ。

 鏡の向こう側に「おいで」とされるように吸い込まれていった。

 鏡はそのままの大きさで、オウマさんの体が魂だけの情報になって潜っていく。


 彼は、彼が盗まれる前の世界へと帰った。


 ナギサもきっとこうして元の世界に帰ることができる!

 安全にそれが分かったのはありがたい。


 けれど振り向こうとした時に頭痛が襲ってきて、ナギサの顔が見れなかった。


「──うっ」


「──リュウくん大丈夫? ああ、瞳の片方が、オウマさんみたいな黒緑色になってるね。無理しすぎだよ……自分らしく戻るまでちょっと休んで。私も見張りを頑張るから」


 ボクの視界が半分ふさがれていて、たった今オウマが見ているのであろう光景がリアルタイムで、流れていた。

 しばらくこれを見ておこうと思って、自分が二つに裂かれるような負荷に耐える──。





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