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52:追われるものたち

 

 ボクたちは緊張しながらその瞬間を待っていた。


 赤い紙飛行機が飛んでくる。星のマークをつけて。


 それは最後列のピエロに持っていってもらった、鏡をくぐる前に飛ばす”合図”だった。


「送ったみんなは脱出できた、ってことだ!」


 スリープモードでキーをさしておいた転移の鏡。

 それはボクらが主導しなくても、目的と導きをルールに組み込んでおけば、彼らが自由に動いていけるっていうアイデア。

 うまくいってくれたんだ。この閉塞感しかないサーカスで、ごく稀な成功があったことが、ココロが弾むくらい嬉しい!


 ボクとナギサは思わず飛び上がって、パシン、と手を合わせた。


 サカイとアカネがちらとお互いを横目に見て、それからちょっと面白くなさそうに口を歪めていたのがボクからも横目に見えた。するとすかさずというようにナギサが二人の手も取り、そっと合わせる。


「よかったね!」


 ステキなところを分け合い譲り合う精神は彼女の美点だよね。

 なんだか見ているこっちまでホッとしてくる。


「ピエロを脱出させたことで、リュウのココロはもう壊れなくなったと見ていい」


 サカイが無表情にボクを観察しながら告げる。


「おい。私にはわからない。どうしてそれでリュウのココロの話に繋がる?」


「アカネちゃん。あのね、リュウくんは他のピエロたちのことを気にかけていたから、幹部の方々がそれに触れてきても揺らがなくなった、なんじゃないかな? 完成させることができたんだよ」


「完成……」


「あ、一旦停止した。ごめんねリュウくん、サカイくん、ちょっとだけ時間をちょうだい。

 アカネちゃんは昔、私を助けようとしてくれたんだけど助けられなかったことがあって……私が怪我をしちゃってね、しばらくネコカブリちゃん預かりになった時のことを、ずっと悲しんでくれているんだ。だから幹部の方々への彼女の想いがあるんだよ」


 そうだったんだ、とボクは頷くしかできなかった。


 二人のとても大切な思い出のように感じたから。


 アカネのような器用で天才肌の少女にも成し遂げられないようなことが、このサーカスにはいっぱいあった。


 ようやくのひとつ。それをいくつか重ねられていること。奇跡のようなボクたちの歩みを、ここで噛みしめる。


 ──ナギサの言った通り、アカネはすぐに気持ちを持ち直してきたようだ。


 目に光が灯っている。


 よかったね、とまたナギサが言った。


 ボクも同じように言おうとしたけど、サカイが眉を顰めた。


「んん? この振動……オウマ……?」


「振動で誰かわかるの?」


「あー。パレードの前に特訓させられているときに、あいつのバイクだの雷だのの振動には随分となれさせられたんだ。いざという時の合図に使うから、覚えろって」


「メッセージがあるってこと? なんて言ってるの……」


 落ち着け、というようにサカイがボクの口を手のひらで塞いで、自分の唇に人差し指を当てる「しー」のしぐさをした。


 彼が耳をすましている間に、ボクは自分のココロを見つめ直す。


 ──オウマさんもあの鏡に連れていきたい。


 欲望が渦巻く……。


 不相応の願いは限りがない……。


 また、難しくなるのはわかっている……。


 ボクのココロは一度成功したことで「もっと」と囁く。


 オウマさんほどの実力があれば、たとえ少々言うことを聞かなくっても、便利なピエロではなくても、このサーカスで重宝されていくだろう。自分で居場所を見つけるってこともオウマならばできそうだ。


 けれど……。

 彼にココロが残っているならば、脱出したほうが絶対にいいよね……。


 その希望を彼が抱くのかはわからないけど、声をかけたいな。

そんな明るい気持ちと、疑問がぶつかる。

 オウマさんはなぜここに向かってきたのだろう?


「──振動を読むぞ。に・げ・ろ・ト・ラ・ウ・マ」


「……!!」


 トラウマ! 幹部の中でもとりわけ恐ろしい雰囲気を纏い、ボクたちにピエロの衣装を着させて記憶を奪うというシステムを作った恐ろしい幹部。

会っちゃいけないはずだ。とくにボクやナギサのようなココロを共感させるピエロにとっては、天敵と言える性質だ。


 サカイがまずボクらを後ろに庇った。


「オウマはトラウマを追いかけてるか、追われながら、こっちに来てるみたいだな……。メッセージがそれってことはあいつの手に負えねえってことだ。俺よりも実力があるオウマがそういうなら、戦えば負けになる。逃げるぞ」


 どうしよう。


 サカイはまだ残るつもりみたいなんだけど。


 サカイの背中が寂しそうなんだよ。


 頼り甲斐のある大きな翼を広げていかにも強そうなのに、それでも負けそうっていうんだ。弱音ではなくて純粋な分析として。


 相談をしたくても、オーメンはまだ疲労が大きいみたい……。応答停止って感じ。返答がない。


 成功に浸っていたボクのココロが掻き乱されて頭のなかがごちゃごちゃとこんがらがる。


 迷うことは、時間を失うってことなのに。ボク、働け!


「──!!」


 ……だめだよな、自分で自分にそれを強要しちゃあ。

 頑張ろう、だ。

 ボク、サーカスをまた自分に受け入れるところだった。


 ──アカネがサカイに蹴りを入れた。

 後ろから伏兵ってありなの?

 いや味方だけども。


 ひしゃげたサカイを踏んづけるアカネ。


「おいサカイ。お前が一人だったら負けそう……という話なんだろう。なんで単純な思考で諦めているんだ。私とお前、二人で対応すればいいだけの話だろうが。幸いにして私はサカイよりも上だから」


「こらアカネ。それは認められねーから。水も蒸発させるこっちは豪炎だから。タイプ相性が悪いのにさらに勝ってみせるのが俺だからな」


「その力を見せつけることもしようとせずに負け犬になったのは誰だ? さっさと立ち上がって魔法迎撃の構えでもみせてみろ」


「アカネが蹴ったんだろうが!」


 サカイが「ウガー」と勢いをつけて立ち上がると、アカネはひらりと避けた。


 この二人が共闘するってこと?

 それは初めて見るスタイル。


 ボクの中にすとんと「正解」が降りてきた。


「こっちにはせっかく助かったナギサがいるんだから」


 アカネがポツリと言う。

 小さな声だったけれど、強い意味が込められている。

 それは体の名残的なものでしかなくて、この場限りの感情の昂りなどはなかったけど(むしろサカイと喧嘩してる時の方が感情的だったかもね)アカネが折れなそうだと感じた。


 逆に、ナギサが痛めつけられでもしたら、アカネも折れてしまうだろう。仮面が割れてしまうかも。


 ボクはナギサの手を握る。オーメンを抱きしめる。


 それを二人の上級ショーマンは、横目に見た。


「オウマとトラウマは”俺たち”が引き受ける。トラウマを倒してオウマを連れてきて、ってリュウなら言うんだろうな。だからさ、俺自身にはもう望みがないから、リュウのその願いに乗っかって動くことにするよ。そうすればトラウマに呑み込まれたりもしないから」


「ナギサとともに移動するのがリュウの役割だ。いいな? 先に行っててくれ。でも先に行かないで。鏡を通る前で待っていて……私たちをひとりにしないで。それだけは約束して……」


「わかった」


「おいアカネ、何をそんなに願いを重ねて……」


「勝利条件なんだね。わかるよ。ボクたち全員がココロを保ったまま鏡を通るための唯一の方法。今はまだ、折れたり割れたりしなさそうな状態になったね、ってところ。守りながら鏡を通るのは全員一緒がもっともいいはずだよ」


 サカイが後ろ頭をがしがしやりながら頷いた。

 うん、アカネがいてくれるなら、サカイも本音で応答することで、ココロを強く持っていることができるのかも。


 ナギサとともに先に井戸を降りる。


 二人の気配が遠ざかっていく。


 井戸の紐を持って、ナギサと下降の風に包まれる。


 あ、とボクは呟いた。


「ごめんさっき、ボクらだけで決めちゃって。ナギサはそれでよかった?」


 彼女があまりにも一帯になっていたような気がしていたから。ううん、その感覚も時間がなかったこともいいわけで、きっとナギサなら許してくれそうな気がしていて甘えたんだ。ボクは。


 彼女は向き合った状態で、ボクに笑顔を向けてくれた。


「夢みたい、って思っていたの」


「そっか」


 笑顔で告げられる夢という言葉は、希望という意味にうけとった。



 ボクたちは井戸を降りる。


 そして目的の道を急いだ。



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