51:追うものたち
空中バイクにまたがり、緑の雷を従えながら、パレードを真下に踏むように君臨するオウマ。
炎の消えてきたところに、あたらめて雷を打ち込む。炎上させる。
それは悪魔の所業のようだった。
パレードが荒れてゆく。
「そーれ。そーれ。壊れろ。壊れろっと」
無感動に呟きながらも、ゾクゾクと体が震えている。
愉しいわけではない。オウマがやりたいのは過去を振り返る復讐ではない。先の未来に進むための前進なのだ。そのためになにがなんでも、ククロテア王国崩壊のこのチャンスを逃すわけにはいかなかった。
「ああ。潜入してから早幾年。俺はさらわれたんじゃないんだ……。俺は望んでここにきた……。俺はね……。
俺じゃない”アイツ”はさぁ、さらわれてきた。アイツらはさ、望まないのにここにきて、ピエロとして殺された。
だから俺は、俺が、ここにきたんだ──。
ククロテア王国と亡骸サーカス団を壊すために──」
オウマには想いがある。
大事な人を奪われてしまった事件を、悲しみつくして、そしてくり返させまいとする想い。
そのエネルギーを轟く雷の魔法に変えて、このククロテア王国に潜入していたのだった。
いわゆるスパイだ。ピエロのふりをしているだけ。
そうして初心を何度も繰り返して、自分に言い聞かせることを日課にしていた。
望んでのピエロじゃない。望んでのピエロじゃない。
自我を保ち続けることによって、亡骸サーカス団に呑まれずにすんだのだ。
けれど、自分を見失わないように気をつけながら調査をしていたから、とんでもなく時間がかかってしまっていた。
そして衣装をよこした幹部のトラウマなどは、オウマを見出して拘束するくらい勘が鋭く、油断ならなかった。
「ああ、やっと、やっと壊れた。壊すぞー」
カケラになってもなお暴れていたドラゴンが幹部たちに攻撃されて、ようやく灰になりながら橋の中央に崩れ落ちていくところに、トドメとばかりに雷を叩き込む。
衝撃に耐えかねた石製の橋の崩壊が始まった。
オウマの口の端がニヤリと吊り上がる。ギ、ギ、ギ、と頬の中央くらいまで口角が上がっていく。
橋の下の暗闇にひそんでいた”廃棄の仮面”をつけられたモンスターたちが、ときはなたれてククロテア王国を巡っていく。纏っているひんやりとした霧のようなオーラに触れてしまったククロテアの住人は、顔を真っ白にして放心状態になってしまった。ココロを吸い取ることに長けてはいても、吸収する受け皿がないモンスターたちはいつまでたっても満たされなくて飛びまわり驚かせ続ける。
「壊すぞ。壊すぞ。壊……す……ぞ……?」
オウマはふと、頭を抱える。
自分がやりたかったのは「なぜ」だったのかを思い出さなくてはならない。
呑まれそうだ。呑まれてはいけない。
壊したいから壊すんじゃない。
壊すのは、この仕組みによって苦しんでいるピエロたちがいるから。
そんなのはおかしいとオウマのココロが叫んだから、守るためにオウマはこのパレードの上空にいるのだった。
守るのはピエロたちを守るためじゃない。
オウマのココロを守るため。
その結果として、ピエロたちが少々優位になるという結果がついてくる。
オウマは笑うことをやめた。
(そうやってまっすぐに見つめなくてはいけない……。やっていることの意味を。動きたい方向以外の、それによって周りがどうなっていくのかを。現実を見て未来を想像する。知って背負ってゆく。……雷はたくさんのものを壊してしまった。それを選んだのは俺だということ……ああ……リュウならそう言うだろうなぁ……)
あの白黒のちっぽけなピエロは、扉をこじ開けていったのだろうと、オウマは思う。
途中で怖気付いてやめにすることができなくなってしまった。
”だって自分が選んだのだから”。
悲しみによって選ばざるを得なかったのではない。
オウマはまっすぐに背を伸ばした。
気持ちが固まった。
ただいたずらに雷を落とすのではない。
このたびの脱出騒動を手助けしていくことにした。それが自分のココロなのだろうと信じて。
「やっぱり嫌だもんなー。こんなところはさ……」
バイクにもたれかかり下を見れば、幹部がピエロに八つ当たりしていたり、芸を見たさに観客が押し寄せていたり、かと思えばテントの中に侵入する観客もいる。マナーだとかエチケットだとかいうものはククロテア王国には存在しない。あえていうなら【トップが法律】である。
「俺は俺の持ち場をこなそうかな。後輩にお膳立てをしていただいてばかりじゃあ、先輩にしてお兄さんである俺が情けないもんな!」
オウマはバイクを緩やかに走らせていく。
すると、目的の人物を見つけた。
一人で佇んでいる。
「よお。亡骸サーカス団団長・コードネーム:キマグレ様よ」
不敬にも声をかけた。
たかだかショーマンが、運営者たる団長に。
それだけでルールの縛りが発生するはずだったが、オウマが時間をかけて開発してきた防御魔法によってダメージは表れない。
呼吸を整えて団長に向き合う。
「……」
団長は”頭骨の被り物”をしていた。サーカス団でもっとも大きなシルクハットを被り、贅を凝らしたスーツに包まれた背丈は高く、ゆったりと優美な動き。そこにいるだけで風格がある。
(けれど、どんな魔法を使うのか見たことはないんだよな。噂にも流れてこなかった。周りの幹部にいろいろやらせているだけだったな……)
オウマは警戒する。
まだ知らないということは、無能の証明もできていないということなのだ。
サーカスの団長でいるならば、それなりの理由があるのだろうと信じた。
──そしてそれが命取りになった。
団長の体は直立したまま、オウマの方に倒れてくる。
「は!?」
がらがらがら……と骨が崩れ落ちてこすれる音がする。
──骨だから偽物だ、というわけでもない。
ゾンビのような状態で動くような団員もいるのだから。
──団長が力を使い果たしたということもないだろう。
魔法を使っていなかった、とオウマはバイクにとりつけてある魔法科学の魔力計測器で確認する。バイクのメーター部分がそのまま周辺の魔力測定器になっているのだ。
幹部や団長、ククロテア王国を倒すためにとさまざまな準備をしてきた。
ここまでの考察を一瞬のうちに終わらせた。
倒れた団長の後ろ側は、ドラゴンによる炎上で煙だらけになっている。
その煙にとけこむように存在しているのは幹部【コードネーム:トラウマ】であった。
カーテンがぐるりと円状にまわりドレッシングルーム(着替え所)となっている着ぐるみ。それを自立型にして操っている骨ばった老婆のような顔が、カーテンから一瞬覗いた。
舌打ちのような音が聞こえた、とオウマは気づいた。
「どうなってやがる」
オウマはトラウマに声をかけ、倒れ伏した団長について聞き出そうとする。
ピエロなのに従順でない、危険を招く状況ではあるがそれでも知らなくてはと退かない。
トラウマは答えない。
団長の体を包んでいたスーツが何やらごそごそ動いている、とオウマが横目で見れば、カーテンの奥から「ヒッ。ヒヒヒ……」と声が漏れ出た。
おそらくトラウマがカーテンの裾から手や足を伸ばして、団長の残骸から何かを盗ったのだ。
そして驚くほどの速度で、すすすすーと平行移動するように場を去ろうとする。
トラウマのカーテンは炎に焼かれることもない。あらかじめ炎の防御魔法がかけられていたようだ。オウマの勘が冴える。
(もしかしたらトラウマはここが火災になるってわかっていたのか!? そんなことまでリアルに予想するものか? ……。……リュウの作戦の穴だな。そりゃ、そーいうのもありまくるだろ)
サーカスの悪事に気づくピエロはこれまでだっていたのだ。
脱出が失敗するたびに、サーカス団だって対策をしてきた。
よりピエロを締め付けて。
より厳しく管理して。
これほどまでに繁栄を続けてきた。
オウマだって、なけなしの作戦が遂行できないたびに、もう暗躍することもムリではないかと、心を折られそうになってきたのだ。
「それでも成功させたいんなら……手ぇ貸すから、気張ったところ見せてくれよな、リュウ」
オウマはバイクのエンジンに生命力のありったけをつぎ込み、爆発的に発進させる。
炎で衣装が焼かれようともかまわない。
トラウマを逃すべからず。
アレはあまりにもたくさんの子供をピエロに改造してきた。それに団長から盗みを働くほど恩知らずで、自己中心的な悪魔なのだろうから。
自分のために他者を傷つけて振り返りもしないものは、オウマは大嫌いだ。
「そーれ、壊すぞーーーー!」
サーカステントに逃げ込んだトラウマ。
それを追いかけてオウマも飛び込んでいった。




