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43:ククロテア王国

 


 オウマはあぐらをかいて、ヨガのようなポーズをしながら語り始めた。

 このサーカスで自由にいられる時間は限られているので、最大限に活用するのがオウマ流である。



「ククロテア王国は──死者の国と呼ばれていることは知っているか?

 知っていないならそこから話そう。

 死者の国ククロテア、それは国民のすべてが死者であるからだ。イキイキとした生命力なんて枯渇している。血の巡らない”死にたての体”と、その体に”残っている念”が、生きているかのように見せているだけなのさ」


 オウマの口調はろうろうと、しだいに朗読めいてきた。

 己の中に断固たる結論があり、それを布教するために口にしているにすぎないのだ。

 そこにはサカイが口を挟む隙もなく、真実のように檻に響く。


「これがククロテアのココロと体についてだ。そんな国に対して、国民は満足しなかった。押し込められているのは死者たちなのにどうして転生していないのだと思う? 妬み、恨み、嫉み、憎み、執着があるからだ。生きているものへそれらが向かい、引っ張るほどの、それは大きな魔法になった」


「……ココロの在り方が魔法……」


「そう。ココロの在り方で魔法が生まれる。生まれもった体と環境によりココロが決まる、という見解もあるけどな。ココロは”流”動的なもんだし。……おっと、俺は流動的って言ったんだぜ、リュウって”音”に反応しすぎだぞー。

 まあそれは置いといて。

 ククロテアの国民はとんでもない魔法を作り出してしまった。空間すらもねじ曲げて、よそで生きているものを、こっちに引っ張ってくる──という魔法だ」


「……」


「転移の魔法って俺は命名した。わかりやすい方が言霊がシンプルでいいからな! それに巻き込まれたのであろう魂がピエロだ。ピエロを働かせてその輝くようなココロを、浴びる。最後には愛憎高まって殺してしまう。それが今のククロテア王国」


「……」


「けれど、国民はそろそろ満足しちまっているのかなー? なぜかわからんが、この転移の魔法という効力が弱くなっているようだ。そこで亡骸サーカス団はパニックになってしまっている。己たちの存在意義が消えるということは、死ぬということと同義的だからな」


「……」


「幹部は新しい試みを生み出した。転移の魔法道具を新しくして。このサーカスのピエロをどんどん入れ替えて。けれど幹部は力を持っていたいから己たちは据え置きに……。末端を戦わせてたまたま這い上がってきたやつはパレードに。そうしたら新鮮な気持ちでKINGに観てもらえる。ククロテア王国でもっとも力を持っているであろうKINGに! なにか変わりますように! でもサーカスは変わりませんように! 自分たちは死にませんように! 末端ピエロは死んでいいけど!」


「…………!!」


「ああほらほら、牛丼食っとけ。食い終わるまで話せない魔法、はいドーン。

 俺は電気を操るからな、頭に電気信号を送りつけて少々の言うことを聞かせることができるんだ。だから能力がにてるトラウマには目の敵にされてるが……あいつに媚びを売るよりも俺についた方が面白いぜ」


「……。……もぐもぐ。ごくん。……でもお前、胡散臭いんだよな」


「ははははは」


「……約束は守るタイプか?」


「男気なら持ち合わせてるぜ。ああ、約束も守ろう」


「そうか。とりあえずは信用することにする。どうせ俺ではお前に勝てないことだしな」


「おいおい。腐るなよ。”一回負けただけじゃねーの”。そのうち紫の衣装を使いこなして、俺を超えてもいいんだぜ。負ける気もないが、お前に負けん気がないのは困るからな」


 オウマは唇を尖らせて文句を言う。

 頬の筋肉を内から鍛えるついで効果もある。


 ……サカイは空になった牛丼の皿をつき返した。


「──喧嘩ばかりしてる頃はあったよ、俺も。でも今は、理由もないのに喧嘩をする労力を使いたくないと思ってるんだ。だから、ここに来た時にアンタが喧嘩を挑んできたのは嫌いだった。サーカスが理不尽に要求してくるのも嫌いだった。でも、リュウの約束を守ってやるためならって、それは理由になるってことに俺は決めたから。

 必要ならオウマにだって喧嘩を売るし、次は勝つ」


「じゃ、腹筋からしてみて」


「俺の体に合っているトレーニングメニューを知ってるからそれは却下だ。適当に鍛えたって効率が悪いんだよな。俺は俺のやり方でやる」


「えー。アドバイスは?」


「聞きたいやつだけ聞く」


「それを聞かないと協力してやんないって言ったら?」


「…………聞く」


「オッケー子猫ちゃん☆」


「 や め ろ 」


 サカイは鳥肌を立てて、ジロリと睨んだ。


 一度喧嘩をした時に、サカイはこてんぱんに倒された。

 魔法の力をオウマに受け流され続けて、疲労が限界を突破したときに”ケットシー族”に変化してしまったタイミングがあった。

 だからこその子猫ちゃん扱いなのだと気づいていた。

 シャー!!と威嚇する。


 ”サカイ=ケットシー族の少年”だとサーカスのキャラクター設定をされている。

 サーカスピエロになぜこのような種族設定がされているのかは誰も知らない。効率がいい何かがあるのか、それとも誰かの趣味なのか、試してみたことがただ形骸化しただけなのか。

 亡骸サーカス団はけして整理された場所ではなく、混沌としているところだ。


 サカイは、疲労が溜まると猫のように変化してしまう。


 ちなみにふわふわ銀色の長毛種ネコチャン、背中に妖精の翅がついている。

 ギガの国に生存するフルムベアー、のように、ククロテア王国周辺の異世界にはケットシーという存在がいるそうだ。


 さて──これはサカイのトラウマとなった。

 かっこよくありたい、という己の望みとは正反対だったのだ。


(リュウ・アカネ・ナギサには内緒にしたい)


 リュウは生あたたかい半目で観察してくるだろうし、アカネには馬鹿にされるに違いないと思っている。ナギサに見られるのはなんだか恥ずかしかった。

 そういえばオーメンは……まだよくわからない。


 イライラとサカイが奥歯を噛む。


(おお。これくらい煽られても、己の感情を保つことができるようになってるじゃん。服の裾はもう、燃えないな。やるじゃないか)


 オウマは手を叩いた。


挿絵(By みてみん)


 サカイは目を伏せて、頭の中で情報を吟味している。

 頭の疲れているときに、さっきオウマが叩きつけてきた情報量の多いこと!

 舌打ちでは収まらないくらいだが、舌打ちをいくらしようとも進展がないことは分かっているので、静かにしている。幸いにしてサカイは地頭がいいらしく記憶も理解も得意としていた。


(ククロテア王国の仕組みなんて聞きたくなかった。同情を煽られているようで。憎しみを薄めたくもない。けれど、”リュウのやりたいこと”のために必要な気がするから……覚えておいて届けてやる)


 理解のための思考と、感情的なココロが混ざる。

 サカイはこのバランスがいい。

 どちらも”深くて多い”。


 こうなればいい、と光景がイメージされる。


 こっちで得た情報を披露したら、きっとリュウに感謝されるだろう。

 サカイが話しかけて、リュウが返事をして、二人でその結果に笑い合うというかけがえのない時間。それは、もうずっと憧れてやまなかった、日本の病室で二人が過ごしたなつかしい思い出だったのだ。


 またその幸福を得たい。

 欲しい。欲しい。欲しい。


(生きているものの執着もたいがい強いんだよな)……と、オウマはサカイを観察する。


 だからこその紫の衣装だ。

 そして煮詰まれば炎は赤から紫に、黒くもなる。

(サカイも本質を深掘りされたようだな)とオウマは見る。

 人の本質をどこまでも掘り下げたら、やがて黒か白に近しくなる。そのため上級ショーマンになるほど黒か白どちらかの衣装を身につけるものだ。幹部ともなればトレードマークのシルクハットに黒色を凝縮している。


 オウマの衣装は、全身漆黒であった。


 檻の金属棒を支えにして懸垂をしていたが(そろそろ)とやめた。


 さすがに幹部が現れてもおかしくない時間である。

 衣装変更後のピエロをいつまでも放っておくなどあり得ない。ここが洗脳時なのだ。

 疲れきったピエロを、己のマリオネットにすることを、幹部はいつだって目論んでいる。


 それまでの間にサカイに知識を詰め込むことができた。

 これからパレードで協力する以上、できるだけサカイには常識的なショーマンでいてほしかった。さらに、サカイの器が大きいことに気づいて純粋に育ててみたくなったのだ。


(さて、やれるだけのことはやったし。あとは俺もパレードで暴れようっと)


 もちろんククロテア王国のためなんかじゃない。

 オウマ自身がやりたいことのために。

 悪いようにはしないから。

 とサカイに内心謝る。


(今のサーカスが存続してもろくなことがないからさ)


 しん、とした虹の回廊。檻が二つ。ピエロが二人。ここに入るための扉は二つ。



 ──しかしオウマの予想に反して、幹部がここを訪れることはついになかったのだった。



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