4:ふしぎな仮面
挿絵協力:さらら様
「仮面」とはこのサーカス団で使われている「魔法」アイテム。
正確には、魔法増強アイテム、魔法媒体アイテムとでも言おうか。
それぞれの団員に”ふさわしい”飾り付けがされていて、赤なら炎、青なら水というように、色付きの仮面をつけて魔法を使うことができる。
魔法サーカスショーは華やかなものになり、人気も高い。
こうなれば上級ショーマンへの道も開ける。
けれど仮面はあくまで魔法アイテムであって、自立して喋るようなものではないんだ。
それなのに”この仮面”。
キョロキョロと好奇心旺盛に動く瞳や、移動するように浮かんでいるところ。
見たこともないくらい豪華な装飾がされていて、ハロウィンのカボチャオバケを彷彿とさせる、魔法能力の見当もつかない代物だ。
なに?
なんなんだ?
シーツの下からすうーーと浮き上がり、こっちを覗き込んでくる。
目の部分はガラスみたいになっていて、本物の眼球というよりはコミック的な印象を受ける。もし生々しい眼球だったらもっとグロテスクだったかもしれないね。
ああ、カボチャの部分がリアルで、パンプキンパイのような匂いもして、美味しそう……。
「とか考えてない?」
「!?」
なんと、このカボチャ仮面が喋ったんだ!
口に相当する部分はない。喉も無ければ、音を作る舌もない。
思念がスピーカーのようにボクに届いていて、どこかで聞いたことがあるうな声の気もするけれど、思い出せない……。少なくともしょっちゅう聞いていたような身近な声ではない。
知能が高いらしい。
じとり、と目の部分を半分に曲げてみせて、すると仮面もくにゃりと曲がる。
どうなってんの!?
人の肌のように、柔らかい素材ではないだろうに……。
指先で揉んだら、ふつうに硬い。金属と陶器の中間のような触り心地だ。ひんやりとして無機物特有の感触がある。
「おい! おまえ、わりと無遠慮だな~」
「現実に心が追いついてないだけって感じ、かな……ははは……」
「子どもがそんなに乾いた笑いをすんなって」
ヒュっ、と喉が鳴る。
なんてことだ。
ボクはこの仮面を手放せなくなったことがわかった。
だって、この仮面だけは、ボクと同じ価値観を持っているってわかったから!!
サーカス団ではすべての団員が思想を統一されていた。
すなわち、殺されようが酷使されようが、このサーカス団はゆるぎなく最高。命懸けのエンタメショーはお客様を喜ばせるためでありピエロの栄誉。
この価値観とはもうボクは相入れないことはわかっている。
末端の子どもたちの命を心配する言葉こそ、今のボクの価値観に近しい。
どくん、どくん、と心音が大きくなる。
「仮面のキミと……。話をしてもいいかい?」
ベッドに乗り上がり、正座をして、向き合った。
あちらは「おっ」と跳ねてみせ、ウキウキしているように見える。
「オレ様はオーメン!」
「そう、オーメン。よろしく。キミの”魔法”は、なに?」
「それを最初に聞いちゃうのかよ〜。おいおい。とっておきの奥の手だっていうのに、教えると思うかい」
「キミは、脱出……(小声)という、言葉に反応してボクの前に現れた。ということは興味があるのはソコなんだろう。何ができるのか教えてくれたなら、ボクがサポートをすることで、本当にそれが叶うかもしれない」
「ふうん。リュウがサポート、俺様がメインマジシャン?」
「そういうこと。あれ、今、名前……」
「狙ってたんだよ。リュウのこと。どんなやつかなあって。サーカスのピエロたちのことはリサーチを進めてた。だって脱出に興味があるんだぜ? 調べもしないで夢を見てても、叶いっこないだろう?」
この仮面は本物……本気かもしれない。
ボクも頭を急速回転させる。
サーカスからいなくなったピエロの席には、新たに補充される子が現れるんだ。おそらくボクみたいに攫われてくるのだろうけど、つまり、幹部か管理人のような人は、このサーカス団と日本のような国々を”つなぐ”のではないだろうか。
狙うとしたらそのタイミング。
そして日本につなげる方法。
いろんなことが頭の中でつながり、ボクは早くオーメンに言いたくなったけど、グッと堪える……。
まだ、信用しきるのは危ないからだ。
彼が一人きりで脱出をこなせるのに、ボクに声をかけたなら、どうなる?
囮にされるかもしれない。
何せ魔法が使えるのだから。
あの仮面の装飾、きっと、とてつもない魔法を使うのだろう。
ボクはとんでもない取引をしようとしているのかもしれない。
ジッと彼の言葉を待つ……。
「さあ、リュウ。お前に提案をしてやろう。俺様ができることは! 溢れる知力によるアドバイスとぉ! 魔法を使うテクニックの教示なんだぜ!」
「お帰りください。脱出する気はないってことで、ボクのことは忘れて」
「警戒心が強いなあ!?」
警戒とかじゃないんだ。
「ボクは魔法が使えないピエロなんだよ……。キミ、リサーチ不足だったんだね……。たしかにどのようなピエロでも魔法の才能を一つは持っているものだ、まだ、仮面をもらっていないだけってことで。でもボクはこの白黒のピエロ服を着せられる時にね、幹部に言われたんだよ。こいつが使える魔法は見当もつかないって。だから、ごめん。魔法を期待してもらうだけ無駄なんだ」
仮面は勝手に期待して、勝手に失敗したようなものだけど、ボクは、ごめんって言いたい気持ちになっていた。
わずかな間でも、ボクを人間扱いしてくれたからだ。
それに愛嬌があって、話していて楽しかった。
楽しい気持ちになるなんて、なんとも貴重なことなんだ。
洗脳されているわけでもない、ただただ、人のココロとして楽しいってことがこんなに幸せだなんて日本の病室にいる時は知らなかった……。
ボクには関わらない方がこの仮面のためだ。
少し気に入ってしまったから、仮面のためになるような判断をしてやりたい。
「バイバイ」
「ピエロが笑顔で言うことじゃなくなーい!?」
それはピエロへの偏見ってもので。
当たり前にするべき返事の、逆を行くからピエロは面白いものだよ。
当たり前の返事が「ボクを助けてぇ!」ってすがることなら、反対は「さわやかにバイバイ」で実にピエロらしいんです。
ムリヤリやらされていたにせよ、ボクの経験には、ピエロの仕事ってものがそれなりに根付いていたらしい。
頭がクリアだ。
「ボクはここでもうしばらく考えてみるよ」
「リュウ。脱出手段は思いつかないだろ?」
「それはそうだけどさ」
「さっき俺様がなんて言ったか覚えてる?」
「”俺様ができることは! 溢れる知力によるアドバイスとぉ! 魔法を使うテクニックの教示なんだぜ!”」
「うわ記憶力いい」
「ありがとう」
ボクは服をあさって、自分の仮面を取りだして見せた。
仮面があっても使い物にならないんだってことを教えてあげるために
「まっしろだろう」
ね?
さようなら。
ボクが長らく掃除当番していた理由もわかるでしょ。
「最高じゃないか!」
「は??」
せっかくピエロらしく嘘くさく笑えていたのに、ボクの表情は崩されてしまった。
そのあと、オーメンのマシンガントークが炸裂する。
驚愕することになった。
結論から言えば、ボクは魔法を使うことができた。それも気が遠くなるほどユニークな魔法を。