39:優越感
「もともとどうしてサカイとお前を組ませていたのかっていうと、サカイがそう望んだからなのですって。見込みのあるショーマンはペアを選ぶ権利を与えられることがある。その方がふしぎと……芸の力が伸びやすいからね──。
そしてサカイはもう”摘み取る”頃なのよ。
お前という肥料で育った花を、摘み取ってサーカスの飾りにしてあげるの。光栄に思いなさいね。
どうしてこんな、落ちこぼれピエロごときが肥料になれたのかもわからないけれど! 愛嬌くらいはあったのかしらね」
ユメミガチがつらつらと語る。
嗜虐的な笑みを浮かべている。ボクを見ながら。
ボクはそれくらい、ショックを受けた顔をしているのかもしれなかった。
サカイが選んでくれていた理由なんて、知っている。
ボクがサカイともともと友達だったからだ。あの日本の病室で。
サカイの肥料になれていた理由だってわかっている。
彼がココロを保つためには、もともと友達だった存在がそばに必要だったんだよ。
だからね。
ボクは、やっぱり、あいつのそばにまた駆けつけてやらなくちゃ──。
会えたら手をひっぱって、さっきのアカネのように上手にやれるかはわからないけど、ボクなりの工夫をしながら、きっと鏡を通って、かつて語り合った日本の病室まで行くんだよ。
心臓がどくどくと音を立てている。
けれどボクは恐ろしく冷静になっていった。
「ジャマよバカネコ」
「あーうるさいったらないなーっガミガミルールババァ」
「なんですってぐちゃぐちゃに踏んでやるわ!」
「そんなノロマでボクの足にかなうわけないだろ~っ」
幹部たちが言い争っているうちに、どう対応してみるのか考えなくちゃ。
ボクは、どう返事をすべきだろう。
どうやったら自然なピエロに見られて、どうやったらサカイの”場所”を聞き出せるだろうか。
ユメミガチのスカートにくくりつけられている懐中時計が、カチッと目立つ音を発した。
時間をカウントしていたようだ。
ルールババァ……ってネコカブリが言っていたし、オーメン曰く彼女は神経質な性格らしいから、予定通りに物事を進めたいのかもしれない。
となると、ボクはさっさと切り捨てられる可能性が高いよね?
もう告げることは言いつくしたんだろうからさ。
そうはいくか。
こっちの用事は、済んでない。
「そんなあー!!幹部様ぁー!!」
「きゃっ」
ユメミガチのスカートに飛びついた。
妙に背丈があってスカートが長いから、腰の少し下あたりのヒダをしっかり掴んでしがみつく。
そうしないとズルズル落ちていってしまいそうだ。
「どうかー、どうかー、お慈悲をくださいーっ! ボクはサカイのペアじゃなくなるのが嫌ですーっ! だってそうなれば、予定されていたエクストラショーにも出させてもらえないでしょうー!? どうかどうかーっ、幹部様のお力で縁を繋いでくださいーっ」
「ええい、お離しッ。この底辺が、許しを請うなんてずうずうしいッ」
「幹部様しか、ユメミガチ様しか頼ることができませんからーっ離れられませんーっ」
「愚かだわ、こんなことして、余計に悪化するとも考えられないの、本当にお前たちは愚かねぇ! だからサカイのペアにもなれないし上級ショーマンの座に登りつめることも敵わないんだわ」
……にぃ。
あ、また、ユメミガチの表情がいやらしく歪む。
彼女が与えられたいのは「ユメミガチ様しかいない」という点かなとアタリをつけたけど、それに加えて、サカイと離れることよりもショーへの私欲を口にしたボク、というのも彼女の嗜虐心を揺さぶっているらしい。
ほぅら、唇の端がヒクリとひきつる。にやけてる。
ここまで無礼なことをしておいても、鞭打ち一つで済ませようとしている。
ボクの背中には大きな衝撃が走る、はずで……。
けれど、そんなに痛くは……?
(ひぎゃー!? 俺様割れる、割れるぅっ)
オーメンが背中側に回り、盾になってくれたみたいだ。
ああ、このサーカスで誰かに庇われるなんて、泣いてしまいそうになる。
オーメンにたくさんお礼を言わなくっちゃ。
ボクは潤んだ目でユメミガチを見上げた。
彼女は舌打ちをしつつも、笑みを深めた。
ボクの耳をギューとつねりあげる。
「鞭に耐えたようだからあと3分だけ付き合ってあげるわ……。お前、サカイと過ごしたいの? どうして?」
「サカイがいてくれないとボクは活躍できないからあっ」
「サカイはもう檻の中にいるのよ! 一人で動くことはできない、誰かをたぶらかして逃げることもできないわ」
「サカイは逃げたりしませんから、ボクをそこに連れて行ってくださいいっ」
「おや、パレードの席でお前の役があるとでも思っているの? 見合わないって一度で理解しなさいよ」
「ボクを降格させないでえええっ!」
「アハハハハハッ」
これくらいなんてことない。
サーカスにおいての格が下がることなんて、今のボクにはまるで響かないことだから。
だからこの件についてどれだけバカにされても踏みつけられても否定されても、ココロが壊れたりはしない。
食い下がって、喉が枯れるまで、情けないピエロでいてみせよう。
喉をしぼって悲痛な声を出す。
(ほー、ただの芸でここまで魅せるかよ……リュウ、お前って実は演技力があるもんだな!?)
(本物の感情を混ぜているからかな。サカイが居てくれないと嫌だって気持ちは本物だから、表面的に出しながら、しばらく洗脳されていた間に信じ込まされていたことを言葉にしているだけだよ。ん? だからつまり全部本物なのかもね?)
(アイツらが施した洗脳を、ここで逆に利用したわけだ。やべー)
(それほどは考えてないよ。考えすぎず素直に、あわよくば幹部様におねだりを受け入れてほしいからね)
(コワー!)
ボクは感情的になりすぎて自分のコントロールを手放さないように、どう動くか決めていく。
──ユメミガチとのいくつかの質疑をして、サカイの現状がわかってきた。
得た口述とこれまでの情報を合わせると、きっとこんな感じ。
1:サカイは暴れたため、拘束具をつけられて檻に入れられた。
2:一般のピエロが入れないような特別なところで飼われている。
3:団長が連れていったというのだから、地下である可能性も高い。
4:ショーマンの体が衰えないように食事は出るだろうし、そろそろ拘束具を外されているだろう。拘束具を外すにあたって、サカイ自身も、ボクがされたような説明と交渉をされている。
「当たらずとも外れではない」だろうな。
そして、ボクへの交渉も今まさに行われているわけだけど……。
「ネコカブリの付き人になりなよ!」
「勤まりません」
「ネコカブリの付き人になりなよ!」
「ピエロらしくないです」
「ネコカブリの付き人になりなよ!」
「サカイは!?」
「ネコカブリの付き人になりなよ!」
なぜかネコカブリの付き人を推されている。
なんなんだ、このチビッ子着ぐるみ残酷幹部……。
こないだまではナギサにつきまとっていたらしいのに、移り気だし、猫なで声が耳に障るなあ。
「このバカネコ!!」
ユメミガチがキレている。
腰の懐中時計がジリリリリとけたたましく鳴っていて、ボクなんかに使うべき時間はとっくになくなっているのかもしれない。
ネコカブリに対応している間は、別にドレスにしがみついている必要もないんだけど、いつまでここにくっついていればいいんだろうか……。
「あっ」
ダン、とユメミガチが足踏みをした時に、とうとう指の力が負けて、床に転がってしまった。
その時にユメミガチのスカートの下を見てしまった。爪がするどい、獣の足だ。クロヒョウのようにしなやか。下半身のスカートに隠れているところは人ではないらしい。サーカスでは珍しくもない混合体だけど、この爪先に切り裂かれたらたまらないからと、距離をとった。
結論からいうと、これは悪手になったんだけど……。
「また悪い癖を出して! ネコカブリ、ちょっと可愛げのあるピエロを自分のそばに置こうとする癖はやめなさいよ! そんな小細工でお前たちが仲良くなれるはずもないんだから」
「はあー? 可愛いピエロで飾ったボクが可愛いからなんの問題もないんだけどー? 仲良くするとかそんなロマンチックを夢見てるなんて全くユメミガチなんだからさー。サーカスにはそんな夢いらないんだよっ」
「私のコードネームを否定に使うなっ!」
「ボクのコードネームを理解しろっ!」
(どうしよう。時間が経てば経つほど、懐中時計の警告音が大きくなっていく。耳が痛いよ。他のピエロまで集まってきてしまうのでは……。サカイのことを探しに行きたいのに。足止めをくらうほどアイツが遠くに連れられていくかもしれないのに。
ボクの処遇をここで決めなきゃいけないからケンカしてるの?)
(どー見ても仲違いだろ。いてっ)
(オーメン、ヒビは大丈夫?)
(ギリ。俺様ヒーローだったろ)
(ほんとそれ)
「リュウちゃんはさーー!!」
ボクはピンときた。
これに賭けるしかない。
ネコカブリがさっきからやけにこだわっているあの呼び方。
それにエクストラショーでボクを睨んでいたはずのアイツが、妙に馴れ馴れしくなっているのって、記憶が飛んで……本当に頭を打ったのかもしれないってこと。しっくりくるよね。
それなら効くんじゃないかな。
コレが。
「ボクは男ですが!」
「「は?」」
そんなに信用ないですか。
上着ぐらい脱がなきゃだめ? やりませんが。
ネコカブリのロケット頭突き。お腹にふっとんできた。へぶうっ。
「じゃ、死ネ」
ふっとばされたボクの背中が扉のようなものに当たる感覚がして、ボクはそのまま暗闇にまっさかさまに落ちていった。




