31:アカネの魔法
ボクたちは転移の鏡を動かし、そしてスリープモードにすることに成功した。
”失敗作”がこっちに攻撃をしかけてきたけど、泡で包むという水の魔法でアカネはボクたちを救ってくれた。
こっちは泡の中。
守られているけれど、動くこともできない……。
アカネは泡の外。
無防備な姿で、ビームを出したりする強力な”失敗作”に向き合っている──!
「アカネ、危ない!」
「知っている」
失敗作の動き方はクラゲみたいだ。ゆらゆらとつかみどころがない。そして急に加速して、体当たりをしかけてくることもある。
アカネは自分も加速してから、失敗作をブーツの裏でとらえる。思いっきり膝を曲げてから、伸ばして、その衝撃でなんと失敗作の方が後ろに下がってしまう。
強力!
喜んだのもつかの間、失敗作のビームが飛んでくる。
アカネはそれをかわすけれど、前に比べて動きが鈍くなっている。
そりゃあそうだよ。
失敗作はいわゆる魔法道具に近しいもの、魔法科学を前提にして魂を素材につくられた、疲れ知らずの兵器なんだから……。
ムムリノベルの仮面をつけてあの失敗作を見ていると、恐ろしさがこみ上げてくる。
緻密に張り巡らされた魔法科学の導線が、血管のようで、すでに死んでいる魂が無理やり脈動させられている。なんて醜悪なつくりもの。
対して、アカネは生身の女の子だ。
身体能力を魔法で高めているとはいえ、その顔は蒼白で、唇をかみしめて血が滲む。
「お、おい、リュウ。あんまりムムリノベルの仮面の力を使い過ぎるなよぅ? お前の思考がネズミになっちまうからな?」
「オーメンわかってる。心配してくれてありがとう」
「あーあ。これ聞く気ないわ。リュウだもんな。……じゃ、お前は、失敗作の方を見てな! アカネのこと心配しててもこっちから手出しはできねえ。けど失敗作の弱点を探るくらいはできるだろ?
”廃棄仮面”だ! 魂を基にして作られた失敗作には、廃棄仮面っつー”仮面の成れの果て”があんの。それを探して壊してもらうしかねえ」
オーメンそれナイス!
ボクは目をこらして上を向く。
足元がぐらつかないように、しゃがみこんでまで上を向く。
サーチカメラにでもなったような気分だ。でもアカネの助けになりたい。
「……私は、失敗作から逃げるつもりだった。これまでのように……」
アカネの剣の一閃。
けれど入りが浅かった。
「……けれど、ずっと壊してやりたかったよ。失敗作。死体が揺蕩うようなお前はひどく悲しいものだったから……」
アカネはもう一閃。
これはかわされた上に、ガツンとぶつかられた。
当然強度負けするアカネは、鼻から鼻血が出ている。
それを拭う。
再接近してきた失敗作を【ホルンの泡】で弾き返す。
アカネが魔法カードを使ってホルンを表すと、そこから出た泡は失敗作を強烈に押し返した。
二人の距離が開いた。
「……今日は”逃げないことにできた”んだ。お前を壊す……!!」
アカネは自らの仮面に手を添える。
アカネの周辺がかがやくような青色に染まり始めた。
彼女の魔力が溢れているんだ。溢れた魔力にコーティングされたように髪の毛はさらに青く、仮面が海の水面のようにきらめく。
これがアカネの本気──!!
ー~ it’s show Time! ~ー
サーカスショーであればこんなアナウンスが聞こえたことだろう。
観客がワーっと声をあげて、アカネにはスポットライトが当たったことだろう。
けれど彼女は沈むように静かに光り、水流にまきこまれたかのように自然な流れで動く。
誰も見つけてくれないような暗闇の中だからこそというような光。
パチン! 彼女は指を鳴らす。
失敗作の周りに、万華鏡のような多重に映す水の壁が生まれていて、アカネはその隙間をマーメイドのように移動した。
スラリとした細身の足が泳ぐ。
それでいて何度も繰り出される剣は、残酷なまでに鋭い。
ボクはココロを奪われてしまうかと思った。
こうして観客たちもショーに魅せられてゆくのかも。
オーメンがボクの仮面の上に重なってくるというイタズラをして来て「ぎゃー脳が混乱する!」とショック療法で正気を取り戻すまで、アカネに目が引き寄せられていた。
正気に戻してくれてありがとう。このやろう。
かなり弱ったのであろう失敗作は、悪あがきするように体を暴れさせて、水の壁を何度も壊した。
そのたびに、妙にキラキラとしぶきが飛び散る。
「……!! アカネ、覚悟決まりすぎだぜ……」
「どういうこと? いや待って、分かるよ。うわ……アカネってばココロを削りすぎてる!」
「仮面の魔法が強力なのは、ココロを消費しているからさ。情熱とか執着とか強いココロ、あるだろ? それをありったけこめているから、惹きつけてやまない程の魔法になる」
「ボクだって」
「しかも他人に共感させる働きがあるんだよな〜! おい。ばかばか。廃人になるなよリュウ!?」
「冷静にね──。落ち着いて──。ええい、ちょっとだけネズミのつもりで──。……見たい見たい見たい、見えた!」
「ピエロって結局こういうところがある!」
オーメンも騒がずにはいられなかったんだろうな。
視界の隅でぐるぐるしていられると思考が散るから、ムムリノベルに持っていてもらった。
…………っアカネの水の壁が崩れた!
失敗作の最後の悪あがき?
けれどシルクハットの先端がぶった切られていようが、衣装がズタズタで内側の導線がこぼれてきていようが、アレは命令通りに動き続けるだけだろう。
「アカネ。尻尾の裏だ!」
「なに?」
「失敗作の廃棄仮面がそこにある! 壊して! そうしたら修復されることなく、壊れてくれるはずだから……!」
魂を壊す。
なんて酷い響き。
でもやらないよりも、やる方がまだいいって、今のボクの倫理観が叫んでいる。
解放してあげよう。
アカネは小さく笑い、とっておきの魔法カードを取り出した。
「終わりにしよう」




