23:KING
サーカステントから観客が出てくる。
その姿を月が照らして、街中の道には黒々とした影が重なり長く伸びていった。
まるで暗闇のパレードのように。
そして街に沈んでゆく。
その様子を眺めている白黒の服を着た人物がいる。
クロロテア国の中でもっとも高い城からサーカスの繁盛を目にしていたのだ。
何か、測るように。
小柄な体躯で手には風船を持っている。
ゆらゆらと不安定に揺れる風船に対して、人物は妙にしっかりと立ち、この地に存在しているのが当然だと言わんばかりだ。
──ふと、歌が聞こえているかのように、耳に手を当てる。
──実際に、幹部の部屋から聞こえてくるサーカスの掟を魔法そのもののような耳で聞いたのだ。
「よし、よし」
評価するように呟く。
「エクストラショー、面白かったなあ」
白黒フードの下で、人物はニヤリとした。
そして「面白かった時の表情ってこんな感じ?かな?」と独り呟く。
「これまでたくさんのショーを見てきたけど、その中でも刺激的だった。ジェスターとピエロがモンスター相手に泥試合だなんて。まるで昔の亡骸サーカス団のショーのようだったよね。忘れないように、記録ノートに書いておいて……っと。メモメモ」
手帳にはチラシが挟まっている。
亡骸サーカス団のプログラムが書かれているチラシだ。随分と古いものもある。
「……現在の亡骸サーカス団のショーは、効率化されているんだよね。たくさんのココロを捧げさせるために、似たようなことばかりさせるプログラムなんだ。どんなピエロでもそれなりのクオリティを見せてくれるけど、つまんないんだよね」
プログラム化されたショー。
効果的に練習をさせるピエロの技。
魔法カードを使わせることですこしの変化を生むコスパ。
仮面にココロを映すシステムと衣装によって、キャラクター性が生まれるところ。
この流れを組み立ててみせたのが、現在の幹部たちであった。
「とくにあの幹部が入ってからだよ。……ええと、コードネーム:トラウマ」
さまざまな魔法道具を開発している幹部だ。
仮面に魔法を映すすべをみつけたのも彼女。そのための機械【ココロ自動販売機】をつくり、【キー】があれば誰でも扱えるように効率化した。他にもさまざまな機械を作って運営を便利にしている。
「たしか子供達の衣装も作ってるよね。ドレッシングルームの中に誘い込んで、着替えさせるの」
トラウマの固有の力は、”覗く”ことだ。
己の影響力が及ぶところで子どもを囲い込み、たくみに過去を覗いてしまう。それぞれのトラウマを暴き、トラウマを「覆い隠す」道具を作った。それが各々が身につけている衣装だ。
この衣装をピエロが脱ぐことはできない。
誰だってトラウマを思い出す恐怖の前には手が止まってしまうのだから。
過去の一部を奪われた子どもたちはそのココロの隙間にすっぽりとサーカスのルールを埋め込まれて、従順なピエロにされるのだ。
「うん。彼女は優秀! だからつまらないけど!」
風船の一つを、コードネーム:トラウマの形に変えてしまえば、この人物はまるごと情報を得られる。
興味さえもてたならば全てこの存在の掌の上である。
風船の一つが、ハートマークに変わった。
これは”ココロの形ということに”している。
唇に指を当てた。
「仮説──。”ココロ”っていうものは、好きなものほどよく眺めて理解しようとする。欲して近づこうと努力する。だからトラウマはピエロたちをよく観察していて、自分が手に入れられない他人の能力を道具にしてつかっちゃおう考えたのかなあ?
そしてサーカスを大好きになったピエロはよく育ってくれる、という一挙両得?
ありえるかも!
けれど、大好きなものの興味が尽きることってないのかな。他人の能力を奪ってしまえば自分が素敵になったように感じるの? うーん、うーん……やっぱり、ココロってわからないことだらけだ。不思議だな。知りたいな」
パタン、と手帳を閉じた。
これは彼の頭脳だ。
手帳に書かれたことは忘れない。知識としては完全に保管される。
膨大な情報が、手帳に書かれては吸収されていって、またページはまっさらになる。
人物の尽きることのない探究心を、表しているかのように。
ココロにはいつでもぽっかりと穴が空いていて風が通っていくかのよう。
何かそこに入れたくてペンを取るけれど、耳をすましてもとくに新しいことも聞こえず、見えないものに興味を持つことはできないので、自分だけで何かを考えるのが不可能な人物は、諦めてペンをしまった。胸元を撫でる。
またショーが見たい。
またショーが見たい。
今日みたいなエクストラショーがいい。
けれど全く同じものではなくて、新しくてみずみずしくてココロがたくさん砕かれているもの!!
ココロの砕かれかたこそは千差万別であり、一つとして同じ状態ではないからだ。
欲望にはパターンがある。
もう飽きていた。
「はー。足りない足りない足りないなあ」
ポケットから飴を出すと、コロン、と口に放り込む。
少しくらいは気が紛れる。
ら、ら、ら、と音を自分の周りに舞わせる。
”城”の”テラス”でステージかのように飛び跳ねてみる。
うまくできなくて、ころんだ。首をひねって「ありゃ」という。
「今日のステージ。……仮面を光らせないピエロなんていつぶりに見ただろうか。仮面を使わなかったのは奇をてらったのか、使えなかったのか。でもあの子は輝いていたよねえ。あの白黒ピエロが輝いて見えたのはどうしてだろう。ココロが輝いているときに、人物も輝いてみえるというのが仮説だけれど。だから仮面を使うことと輝くことはセットだと思ってたのにな。
仮説仮説仮説……、……仮説仮説仮説……」
存在は一人で考えを生むことができないため”自分がまだ知らない仮面である可能性”に思い至ることはできず、知っている言葉をぐるぐると混ぜて、あれでもないこれでもないと絶対に解けない謎を抱え込んでしまった。
ガリ! と飴が砕かれた。
(あっ。イライラしちゃった)
飴をまた放り込む。
飴は輝くような極彩色で、ピエロのココロのような色をしていた。
「もういいや。これから仮面の魔法使用を禁止するっていうのは? そうすれば結果が出てくるでしょ……」
「ショーに耐えきれず多くのピエロが失われる未来となるでしょう。サーカスが持ちませんので、許可することはできませんな」
ガリ! と飴を噛み砕いた。
唇にあたるところから液体が滲んでいる。
フードの下から人物はじろりと団長を見上げた。
キマグレ団長は飴を差し出した。
(飴を得るためにも、サーカスの事業は潰してはならないんだよね)
大好きなもの。
人物にとっての飴。
それだけはちょっぴりの味がわかるのだ。
「さて、もうサーカスに戻らねば」
「えー。もうちょっといてくれないの」
「ルールですから。貴方様もでしょう。あちらをご覧下さい」
「「KING」」
「げ」
身なりを完璧に整えた執事が二人、テラスに向かって呼びかけている。
小さな王様に対して、うやうやしく膝を折ってお辞儀をした。
「「お戻り下さいませ」」
「あーあ、自由時間はここまでか。わかったよ。運営に戻ってあげよう。祭りの支度は?」
「「進んでおります」」
「よろしい」
ククロテアの王様は、KINGと呼ばれている。
白黒の衣装を着込んで、フードを被って顔を隠している。
小さな体だが、けして子どもではなく、この国の誰よりも長く存在している。
亡骸サーカス団は国営事業だ。
キマグレ団長でもKINGには逆らえない。それがルール。
KINGはテラスから再びサーカステントを眺めると、ひらひらと手を振ってから城の中に戻っていった。
「──我らは忘れるな! ココロを集めろ! さもなくば私たちのココロが召し上げられる!!」
足並みをそろえて、手のひらを胸に当てて、幕が降りるときの礼をする幹部たち。
幾度も舞台をしあげてきた見事な所作で、足並みをそろえてみせる。
自由奔放に見える幹部たちも、サーカスルールには逆らわない。
神様に逆らう気が起きるはずはないのだから。
「──これにて、幹部会議は終了」
ユメミガチが告げると、体にのしかかるようだった重い熱気が、フッと霧散した。
幹部たちはのろのろと動く。
歌い尽くして、喉がカラカラに乾いている。
おのおのが色とりどりの原色ジュースを流し込んだ。
このような贅沢品が許されているのも、サーカスの幹部だからこそ。
(落ちたくない)
(二度とピエロになりたくない)
(あんな生活はごめんだ)
各人はそれぞれのスケジュールを確認し、慌てて去っていく。
静かになった部屋で、ユメミガチは古参の幹部に声をかけた。ドレッシングルームを被ったような姿の幹部、コードネーム:トラウマだ。
カーテンの間から干からびた老婆のような巨顔を突き出している。
ユメミガチは彼女と付き合いが長い。
ねだるように甘い声で話しかける。
「ねえ、新しいのを攫いに行きましょうよ。新鮮なピエロを仕入れたいわ。だってすぐ死んでしまうんですもの! このサーカスって本当に人手不足よね」
「そう不安そうにしなさんな……わざとだよ……。サーカスの仕組みは、ピエロを消費するようにわざわざ作ってあるのさ。すぐ入れ替わるピエロに幹部が思い入れを抱かなければ、使い捨てることができる。大人数から厳選すれば質がいいジェスターが育つ。数が不足すれば、魔法道具が必要になる。すると私の事業に予算が降りる。
ユメミガチと出かける機会も増えるのさ」
「キャッ。トラウマ、頭いいわ」
「あの異世界へと渡る機械は消費魔力が多くてメンテナンスに金もかかる」
「工夫しないとね」
「工夫だねえ」
「トラウマが開発した”外”から子供達を攫ってくるシステムは画期的よ。ククロテアの人口を減らさずに、ショーのクオリティを保てるんだもの。きっと天上の方々はお喜びになるわ。お喜びになるはずよね? もしそうじゃなかったら、ああ、ああ……!」
「怖がらないでいいんだよユメミガチ。お前は失望されることがトラウマだね。きっと上手くいくのさ」
「そう、そうよね……。じゃあ、行きましょうトラウマ。でも日本はダメよ。あのピエロどものような異物はしばらくこりごりなんだから……!」
「っくしゅ」
「うわあ。リュウ風邪?」
「風邪をしたピエロはショーお休み?」
「ショーカードいらなくなる? くれる? ちょうだい」
「お大事にね」
「ありがとう、そしてごめんね、風邪かって心配させて。風邪じゃないよ! ほら元気! バク宙しちゃう!(ゴンッ)あいたあ」
「「風邪じゃなさそう」」
「「おまぬけ」」
「「なーんだあ」」
カラカラと無機質に笑う、幼いピエロたち。
それぞれが衣装を着せられてまだ間もないので、リュウの言うことを素直に聞いた。
倉庫番のリュウは、サーカスの駆け出しの事情に詳しい。親切で清潔で怖くない。ライバルとしても怖くない。リュウにまずは挨拶。
そのようにもっぱらの評判なのだ。
(ライバルにする価値もないから怖くない、なんだけどね。怖がられたり疑われたりしないのは、好都合だ)
リュウは頭をさすってテヘヘと笑う。
ここはリュウがいつも働いている埃っぽい倉庫だ。
待機のためにどこにいてもいいのなら、リュウはまず幹部に関わらないところに隠れようとした。
この小さなピエロたちは、トラウマを隠されたばかりなので怖がりで、リュウくらいにしか懐かない。
座ったリュウの膝の上に来たり、冷たい体を寄り添わせてリュウから暖をとったり、それぞれがリラックスして過ごしている。
「それにしても大きいくしゃみだったね~」
「誰かが噂でもしていたのかもね?」
リュウが言えば、小さな頭がいっせいにこてんと横に倒れる。
(しまった、油断しちゃったな)噂をされていたらくしゃみが出る、とは”日本的な”発想なのだ。
「ねえ、今のっていったい」
(興味を持たれないようにカバーしないと。もっと大きなインパクトを与えて忘れてもらおう)
(雑! リュウ、雑! お前ってば雑と大胆は違うんだぜ)
(いろんなピエロに関わって送り出してきたんだよ。倉庫番のリュウは。だから、彼らのココロがどう動くのかって手に取るようにわかっちゃうんだ)
(まるで悪いやつみたいなこと言うじゃん)
(いい子ではいられなくてごめんね)
リュウは紙芝居を取り出した。
ピエロは目を輝かせて、尋ねる。
「今日は何のお話をしてくれるの!?」
リュウはにっこりと微笑んだ。




