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22:会議の団長

 



「団長は何か知っていますか?」


 ユメミガチが問いかけた。


(団長? 団長ってキマグレ団長のこと?)

(なんだって。今回はここにいらしているのかしら。暗くてよく見えないけれど)

(ああ団長!お会いしとうございました!サーカスの華!永遠のポスターのセンター!)


 部屋の空気がざわめいたり、静まりかえったり。

 会議にやってくることも稀なひとだ。実体を見たことがある幹部も少ない。

 はしゃいで迎えるのが正しいのか、静かに迎えるのが正しいのか、誰もが計りかねていた。


「……」


 ゴクリ、と誰かが唾を飲む音が聞こえた。


 飾られている金時計の針が、カチ……カチ……カチ……と進む音が、やたらと耳障りに感じられる。

 暗闇はそれぞれの不安を誘う。


 団長がどのような見解を持ったのだろうか。

 団長がこれほど長く沈黙しているのは言葉を選んでいるからだろうか。

 団長であれば、これほど長く意見を待ってもどの者からも責められたりはしないのだ。数人が舌なめずりした。



 いつまで待てばよいのか。



 その時。


「あのー……。そろそろショーの時間が迫ってきています。やばいっすよ?」


 幹部の最下層が、弱々しく口にした。

 情けなく肩をすくめて、小さく肩をすくめながら。

 まだ場の空気を読む力がなかったのだろう。ドカバキグシャ、と蹴られたり殴られたりした。

 不届きものを黙らせる行為ならば絶対に正義だからだ。大勢がそれに加担して、暗闇の中なので、複数人が怪我をして、結局誰が誰なのかわからないまま部屋の片隅に三人が倒れ伏した。


「……! はっ!」


 微動だにしなかった影が、がばりと頭を上げた。


 とたんに存在感が膨れ上がる山高のシルクハット。

 自分たちなどよりよほど名誉ある人なのだ、と認識すれば、さらに威圧感まで加わり膝をつく幹部も現れた。


「ひいいっ」


 ある幹部は、尻もちをついてしまったので、後ずさって団長から遠かった。


 あわれにも端っこの椅子に膝を抱えて座る様子は、これみよがしに落ち込んで見せるピエロの芸のよう。これきり、彼は会議が終わるまでずっと存在を忘れ去られてしまっていた──。まったく動かないという選択をしたショーマンはこれから終わりに向かうばかり。


 あいつは長くなさそうだ。

 と、幹部たちは考える。

 そうすれば自分が上層にいる寿命がのびる。

 暗闇の中でこっそりと、口元が小さく笑った。


 偉大なる人の前での失敗を恐れて遠ざかるもの。

 ただただ聞き耳をたてるもの。

 そして足を振るわせながらも、果敢に話しかけるものがあった。


「だーんちょー♡」


 ネコカブリが可愛らしく擦り寄る。

 どれくらいまでのコミュニケーションがOKなのか頬の針山のヒゲで警戒もしながら。


「さっき、小さい声で『しまった』とか言ったよねー? ボク聞いてたんだけどぉ。んもーっしょうがないなあーっ。でも暗いと眠くなっちゃうよね☆」


「そうでしたっけ」


 ネコカブリは、縄に縛られたままびょんびょんと跳ねてアピールを続けた。


 ユメミガチはおずおずと手を挙げた。


「キマグレ団長。眠ってしまったのではありませんわよね」


「そうでしたっけ」


 ユメミガチは冷や汗を流した。


「……そこは否定してもらって良かったのですが……」


「丁寧すぎて言葉がわかりづらいんだよクソマジメ」

「うるさいのよ馴れ馴れしい態度は改めなさいバカネコ」


 あまりの緊張から、つい現実逃避しようとしたユメミガチとネコカブリの声は、不必要なほど響いた。

 ひそひそ、誰が場を収めるのかと注目されていた。


「お前たち、口が過ぎるよ」


 古参幹部が来ていたらしい。

 この有名な二人を嗜められるほどの。


 ハッ、とネコカブリとユメミガチは顔を見合わせる。

 そしてプイと横を向いた。


「今の状況についてもう一度おまとめなさいネコカブリ。ま・じ・め・に・ね」


「団長のためならボク言葉を尽くしますぅ~☆ エクストラショーがあったことはご存知ですよね。実は、ピエロどもが暴れすぎて水害が起こっちゃって~。ボクはステージの回復を急いでるんだ〜。反省してて、もっと裁縫の魔法技術あげなくちゃねって、みんなに相談してたところなの☆ しょんぼりニャーン……」


(可愛子ぶって、内容マイルドにしちゃって、このネコカブリイイイ)


「それは、よく保っていたのですね」


「でっしょーーー!? さすが団長っ。ボクたち幹部を気にかけてくれて、サーカス全体を見ることができて先見の明もあって、ショーマンどもの扱いに最も長けているナイスなお方っ。

 さーてユメミガチ、お許しがでたぞー。ボクはよく保った働き者の幹部なんだよ。縄を解くんだ。ニャハハ」


 喋り続けているネコカブリの縄を、仕方なくというようにユメミガチが切る支度をする。

 チッ、と舌打ちを添えて。


 ユメミガチはドレススカートの裾を持ち上げると、子飼いの最小ピエロが三体現れて、三段重ねになった。

 パチン、と指を鳴らしたタイミングで、銃撃で縄を切断。

 パチン、と指を鳴らすとユメミガチのスカートの中に戻っていった。


 これらはすでに個々の思考を持っていない、生き人形だ。

 ネコカブリの死体改造と同等の、もちものとされている。

 すなわち、幹部の会合で連れ回してもよいというわけ──。

 魔法道具のさらに上位互換の財産であり、幹部たちの憧れのものだ。


「ギャフンっ。ユーメーミーガーチー!? 君ってやつはさっ」

「やかましくてよネコカブリ。団長、反省タイムは終わりましたわ。さて、もうひとつうかがいたく……」


 ユメミガチは言葉を選ぶ。

 真面目な彼女だから思い至った可能性だ。

 アレが、団長のお気に入りだといけないから。


「問題の一因であるこのたびのショーピエロ、リュウについて、何かご存知でしょうか?」



 みな、どれほどの沈黙でも待つつもりだったが、意外にも、これへの返事は早かった。



「そんなピエロは知らないよ」



「はい、じゃあこの会議はおしまい!」


 ピシン! と鞭が鳴る。


(団長が知らないという以上、それはルール。気にかける必要もない末端のピエロと考えていいでしょうね。原因のショーマンの報告と反省点まとめはできたのだから、幹部会議でやるべきことは完了。それより時間がないったら!)


 ボーン、ボーン、と飾られていた時計から音が鳴った。

 かなりの時間が過ぎている。

 ユメミガチも焦りをにじませていた。



「サーカスの掟を復唱してシメるわ。みんな!」


 全員が整列する。


 どんなに時間に追われていても、これだけはおろそかにしてはいけない。



「──私たち”も”使命を”忘れて”しまわないように──」……。




 ──ここ<亡骸サーカス団>は 子供達のためにある♪

 ──ここ<亡骸サーカス団>は 子供達を使うためにある♪


 ──ココロを輝かせてあげるための場所♪

 ──ココロを輝かせて、差し上げるための場所♪


 ──死者の国ククロテアはつめたいところ♪ さむいところ♪ すずしいところ♪ ココロの温もりが 必要なところ♪


 ──ここ<亡骸サーカス団>は ククロテアのためにある♪

 ──ここ<亡骸サーカス団>は ククロテアのためである♪


 ──輝くココロを差し上げて ククロテアの灯火とするためである♪


 ──ココロは天に昇り 束の間 月として光り輝く……♪



 おかしくちらばるリズムにのせて歌いながらも、ココロを寄り添わせないように細心の注意が払われていた。


 歌声にココロが込められていると見抜かれたら、瞬間に、それをすくい取る存在が這い寄ってくるような”予感”があるのだ。いつもそうだ。

 ルールに縛られて自分で考えることができなくなっている幹部たちでさえも、この歌に尋常ではない警戒を抱いていた。


 体温が下がっていく。

 ココロが冷え切ってゆく。


 しかし、仮面に能力のすべてが”映されて”いるのだから体などどうなっても問題はない──。



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