20:憧れの友達
ボクらは寝転がったまま話した。
それが、休憩中のピエロの一般的な姿だからだそうだ。
いや……。
……もしも真剣に今後のことなど話してしまったら、ココロが削れてしまいそうだって察していたのかもしれない。
「苦しいよね」
ボクがつぶやく。
そして次の言葉を考えるまで、うとうとと一眠り。
それくらいのペースで会話が続く。
「──それなのにどうしてみんな、殺戮ショーを欲しがるんだろう。誰かが苦しんでいたらボクも苦しくなる。そのように、人を心配できないのはなぜだろう……」
「リュウにはきっとわからないことだし、一生わからないでいてほしい」
「サカイはそういうことあったの?」
サカイは少しうとうととした。
ココロのストッパーを緩められるように。
「あるよ……。他人を心底恨んだことがあるし、頭の中で何度も殺したことがある。それを誰かのせいにしたかったことも」
ボクは、間髪入れずに話してしまった。
「苦しそう。自分のことばかり責めないで。ボクだってフルムベアーを壊した同罪だし、その間、サカイはボクを助けてくれていた。キミは、自分の罪を積み上げるタイプだ。わざわざ自分を傷つけるところも。けれど、キミに助けられていた人も多いよ。思いやりのココロがあるキミには救われてほしい」
サカイに言葉は届かず、まだ苦しそうだった。
こんなひと言で変わるほどの軽い痛みでもないよね。
ごろんと寝転がり、ボクに背中を向ける。
「そういうことが言えるリュウこそ、救われろ」
……。
…………。
……わかんないや……。
……ボクは饒舌に言えただけ……。
……ヤツの方が心根は優しいような気がするのにな。
ボクはいいヤツじゃないよ。マスターキーだって騙して盗んだ。
胸元には鍵の冷たさが残っている……。
……わかんない。今すぐボクらが結論を見つけなきゃいけないことでもないのに。
ボクらは舞台にいるときよりもチグハグだ。
暇があるってことで、余計なことを考えてしまうんだろうな。
……。
…………寝ていた。
細切れの睡眠ばかりだ。ピエロ生活が長くなると、まとめて8時間寝るなんてことできなくなる。
……サカイはまだ寝ている。
(オーメン)
呼んでみる。
服の下に、仕込んだ覚えのない道具の感触があったからだ。
いつのまに滑り込んできたのやら。
ナギサたちが一瞬いた時かな。
(リュウ。オツカレー。舞台、すげー声援だったし……ネコカブリだし……ぶっちゃけ、リュウは亡くなっちまうだろうなーって思ってた)
(ボク弱いもんね。時々、キミにもう会えないんじゃないかって思う瞬間もあったよ)
本当に、どうして勝てたのかって、サカイがショーペアだったからだ。
それでも非常に危険なショーだった。
ネコカブリが参戦してきたし、モンスターも強くて。
(……。次にリュウになんかありそうだったら俺様も手を貸す)
(キミまで危険になっちゃうよ……。いずれ脱出することがキミの目的なら、ボクだけに全てをかけなくてもいいはずだ)
(あーあ。損なヤツだよな~リュウ。もらっておけばいいのに、相手のやりたいこと、お前には手に取るようにわかるから、それを尊重しちゃうココロのやつなんだ。わかっててもやらない奴もいる。それなのにリュウってばヒーローみたいだな)
(そんなはずないじゃん)
(とか言って、心臓がドキドキしてて、お前ってばちょっと嬉しそうだぞ〜)
(少年なら誰でも憧れるものだからね、それだけ)
(ニヤニヤ。おっと、またお前に誤魔化されるところだったーー!?)
(自分で横道に逸れたくせに。横道に誘導する癖でもあるんじゃないの?)
(……。テヘッ)
オーメンは少し黙った。
(俺様、お前たちのこと羨ましいって思ったのかもしんない)
(ボクとサカイ?)
(そう。友達だぜって感じのことさ)
なるほど、と少し腑に落ちる。
オーメンにそのような存在がいたかといえば、いなかったはずだ。引きこもり仮面だから。
それに、外の世界に憧れるくらい夢見がちでピュアな魂だから。
(ボクにリスクを割けば友達になれるかもって?)
(言い方。少なくとも、してもらってばかりのは友達だと俺様は思わないね。ただの一緒にいる二人。輝いていない)
(友達って、キミには輝いて見えるんだ)
(だって美しいじゃん)
(傷つくピエロではなく、友達の関係性こそが美しく見えるなら、キミのココロは実に素敵だ)
ボクも少し黙る。
ここで、友達になろうというのは簡単なことだ。けれど彼の夢をポイ捨てするような雑さだね。
ここで、彼の助けをもらっちゃうのも簡単なことだ。けれど彼が外に行けなくなる危険をボクが望むことになるし、そんなの友達ではないとボクも思う。
(今回、ボクは、サカイのこと見捨てたくなくて一人で無茶をした。オーメンもそういう時はあるだろうから、すべてに優先してボクを大事にしなくてもいい。餌をぶら下げて服従を求める亡骸サーカス団みたいだから……。そうではなく、協力する時間を増やそうよ。そうしたら、いつの間にか友達になるはずだ)
(サカイともそうやって友達になったのか?)
(日本で、近くにいるうちにね)
(ふうん。じゃあ俺様、まだリュウの横にいてもいいかい)
(もう服の中にだって潜り込んできてるくせにさ。ボクの許可がいるのなら、いいよ。こちらこそ、もうしばらくキミとサーカスを冒険させてほしい)
(なんだかリュウのココロの声が前向き)
(一つ、できたからかな。ピンチを切り抜けること。ボクも力を貸すこと。こんなこと、日本にいた時ですらできなかった)
ボクは自分を抱きしめるように、オーメンを抱きしめた。
すでにボクの体温に当てられて金属の表面もあたたかい。
それは、友達になっても大丈夫かのような血の通ったココロを想像させた。
サカイがふとこっちを見ていて、服をめくってきた。
ピョコピョコとオーメンのネコミミが動いていたからだろう。
めんどくさいことになる前に、ボクは豪華な仮面を見せた。
「プレゼント開けちゃいました!! ごめん!!」
「……お前ってやつは……。まあ、初めてのプレゼントに浮かれる気持ちはわかるけどな。確認するからそれ貸せ。……。ん、大丈夫。ただの仮面のレプリカみたいだな。悪い魔法はかけられてないよ」
オーメンはこれほど自分を偽ることができるらしい。
サカイすらも誤魔化すことができるなんてね。
今まで隠れられていただけあるな。
誰かの魔法仮面ではないしなぁ、って呟くサカイは鋭い。勘がいいんだよね。
──デコピン!
いったぁ。
ついでにボクは思い出した。
ボクらは、やられたぶんだけやり返すタイプの悪友であったことを。
サカイがちょっかいを出し、ボクが相応の反撃をする、そうしていつか友達になったことを。
「……おいまてリュウ。なんだそのカードは」
「デコピンマシーンカード。サカイに仕返ししちゃおうっと」
「まてまてまて。バカになるわ」
ボクの手にはずらりと同じカード。
「一回やったら一枚消えるよ。ハズレカードだからいろんな子からもらって、たくさんあるんだ〜」
「デッキかよ!」
デッキ扱いされたほどのカードの束を持って、サカイをささやかに追いかける。
このカードが誤爆して布が動いたことに、勘違いしといてほしいね。
服が動いたからサカイが疑ったことは、まちがいないんだから……。
オーメンは、まだサカイに自己紹介するつもりがないらしい。沈黙してる。
デコピンカードをかわしながらサカイが軽口を言う。
「リュウさあー。階級が変わらないまま急にショーに呼ばれるようになったり、目を付けられてんの、なんで? 心当たりねーの? 俺はさー、可愛い物好きのネコカブリが新しいオモチャが欲しくてお前のこと殺そうとしてるパターンを想像してたけど、初見だったみたいだし」
「うげ」
べー、と舌を出す。
邪悪なネコカブリ、やな奴だったなあ。
「知らない。綱渡りの舞台に招待されて、浮かれてたらあのザマだったもん」
「ふぅん。たまたま余りの枠が割り振られることはあるけど、誰かに狙われてることも警戒しとけよな」
サカイはボクの頭をがっしり掴んで、追いかける動きを止めてきた。
真剣な目で眺めてくる。
そして眉はハの字になっていた。こいつのこういうところが、ボクの肩の力を抜いてくれる。
「今回のショーは綱渡りのときに俺がリュウを助けたから、巻き込んじまったんだと思う。ごめん」
「わかった。それ、もう謝らないで。今サカイとこうして話せていることが嬉しいから、結果オーライ。ありがとう」
「そーーいうとこーー」
サカイは少し赤くなった鼻をこすった。
「教えといてやる。リュウは人誑しなとこがある! それで落ちこぼれピエロだろうとも今まで生きてこれたんだろうぜ。けして掃除がうまいからじゃない。むしろ片付けの要領は悪いって自覚しておいて余計な自信をつけるなよ」
「キミが器用になんでもこなせすぎるだけさ。どうせ、いつも誰かのおかげだよボクはさ」
「そういう言い方してくるとこは、”龍”そのもの」
頭いたーーーい!
サカイはボクを見て、ケラケラと喉で笑う。
あまり思い出してないみたいだな……ってサカイはいう。
キミのことあちらの発音で言えないくらいにはね、ってボクは睨む。もしサカイのこと漢字フルネームで思い出せたなら、何度も呼んでやる……。
待ってるよ、ってあいつはいう。
無理せず、ってあいつは笑う。
そして休憩室を出て行った。
ボクは、サカイを引き留めるための言葉を持ってはいなかった。
<次のショーは──水使いのクラウン・アカネ!>
放送を聞いて、アカネの顔が思い浮かぶ。
亡骸サーカス団では命が軽々しく扱われている。
子供たちは笑顔で死んでいく。
その笑顔が見られない子には、記憶を思い出している可能性があるのかもしれない。
ここにいてはいけない。
ここにいるのはつらい。
けれど、ここから出てゆくための道はわからないからココロを削って留まっている。
ここから出てゆく道を知ったから、ボクは動けているだけだ。
「オーメン」
「よう。リュウの考えていることがわかるぜ。もう友達って呼んじゃおうかなー?」
「……魅力的だけど、まだだめ。キミは、見込みがあったからボクに相談を持ちかけたんだ。一緒に消えてゆく道連れを望んだわけじゃない。ボクがもし”未来が”見えるようになったら、キミに、相談したいことがある。そのときには聞いてくれる?」
「先行きの見込みが出来たらってことか。マスターキーを手に入れたリュウに言われたならば、ネコミミ立てて待ってるわ」
ぴこぴことオーメンは喜びのままに耳を動かした。
それでサカイには見つかったんだから、気をつけてね。
けれど、ありがとう。
ボクらはあと少し、ここでの仮眠をとった。
あと少し。
この時ばかりは、サーカスにいながらも、少しだけ幸せを感じた……。




