19:休憩室
「「どはあああ~~」」
【休憩室】に倒れこむ──。
サカイと隣り合わせになって寝転んで、まだぜえぜえと整わない息づかいと、鼓動が早い心臓を落ち着かせる。
天井が見えている。
初めてみる天井だ。
だってここは初めて入る部屋だから。
ショーマンが、きれいに生き延びたあとにだけ入室が許される”休憩室”──!
その名の通り、しばらくは動かずに休憩が許される。
成功者を長持ちさせるためのボーナスポイントなんだ。
休憩室は舞台の裏方にあり、カーテンでぐるりと区切られていて、よそからの視線を遮ってくれる。カチコチカチコチ……とカウントダウンの時計の音がささやかに鳴っている。
ようやく落ち着いてきて、首をかたむけると、プレゼントらしきものが山になっていた。
「うわあ。都市伝説だと思ってた」
「俺も初めて見たときはびっくりしたっけ……いいショーをしたショーマンには、客からこうして差し入れがくるんだ」
触れようとしたボクの手を止めた。
サカイは、まだ開けるなよ、触れるのもだめだぞ、っていうんだ。
「ルールに縛られたものもあるんだ。触ると、次のステージで必ず使わなくちゃいけない魔法、なんてものがかけられたもんもある。注意して触らないといけないけど、俺たちは今は考えるほどの体力が残ってないだろ……」
「まあね。上級のショーマンは、見たこともない珍しい装備をどうやって手に入れているのかな……? って不思議だったんだ。ようやく疑問が解けたよ」
プレゼントの中身について質問をしてみると、新しいマジックカードや魔法道具、このサーカス内でだけ使えるコインをチップとして。などの場合が多いらしい。
サカイは、ごろんと寝転んだまま、拳を突き上げた。
「ほらリュウも」
「ボクも? えーと、こんなことする習慣がボクらにはあったの?」
「……。……初めてショーで共闘した記念というだけさ。勝利おめでとう」
「そうだね。おめでとうだ」
ボクも同じように転がったまま拳を突き上げて、コツン、と当てた。
むずがゆいような誇らしいような、ちょっと胸が痛くて、不思議な心地がする。
ここを閉ざしているカーテンはくすんだクリーム色で、天井のライトがこのサーカス団にしては贅沢な明るい光を降らせてくれている。
ここだけ日だまりにいるようで、ステージでの疲れが押し寄せてきたから、眠りそうになってしまった。
…………。
………………寝てた、かな。
……………………うとうとしてた。
「──気配……オーメン?」
…………ささやかすぎる気配、だったから。
…………まるで攻撃的じゃなく労わるような雰囲気だったから。
ボクは言葉を誤った。しまった。
口を抑えて、がばっと起きる。
どうかサカイに聞こえていませんように。……。彼はスルーしてくれたようだ。
それよりも、サカイは別の場所に剣を構えている。
カーテンがわずかにめくれている?
「わ、わ、わあっ」
「……今のはナギサが悪い。けどサカイには謝らない。その剣をおろせ。味方と敵の区別もつかないようなジェスターなのか?」
「あいかわらず言ってくれる。ふつう、休憩室のカーテンを開けないのがルールだ」
「ナギサはルールの縛りが少々弱いんだよ。それに休憩室を利用したことがないピエロだから仕方ないだろう」
尻餅をついているのはナギサ。
そして剣呑な目つきのアカネ。
どうやらアカネとサカイは知り合いのようで、仲が悪いのかもしれない。
アカネはボクの方を見る。
「リュウ」
「え、覚えてくれてたんだ」
「ナギサがお前のことを心配してた。だから私が付き添っただけ。入っていいか」
「うん。……あいたあっ」
サカイがチョップした!
「いいわけないだろうに、リュウが許可したから、ルールが解かれて侵入を許したじゃねーか。あーあ。あのな、ショーマンのライバル潰しもあるし、試合後の体力が落ちてるショーマンはいろいろとあぶねーの」
「誰に敵意があるのか、ないのか、ボクは分かるよ。それがボクの魔法になるくらいに──分かる。サカイはナギサたちを知らなくても、ボクのことは信じてくれるでしょ?」
「……あのショーの後で巧みな言い方をしやがる……。そいつらがいいやつでも、上のやつにパシられてるって可能性もあるぜ」
「私がついているナギサにそんな隙があるものか。しかし、もういい、お前たちが元気であることは聞いていれば明らかだ。退場しようナギサ、用は済んだ」
アカネはくるりと後ろを向くけど、
「ええー? 全然用が済んでないよ。リュウくんたちが健やかであるように手を貸しにきたんだもの。怪我に絆創膏を差し入れたいし、沈んだココロを励ますおしゃべりがしたい。まだ何もしてあげられてないもの」
ナギサはボクの方に手を振り、にっこりとしてくれる。
優しい……。
ボクとアカネは感じ入って胸を押さえる。癒される〜〜。
サカイは困惑しつつ「変わったピエロもいたもんだ……」と諦めたように入室をうながした。
そしてボクにこっそりと耳打ちをする。
「リュウ、気をつけるんだぞ。アカネはゴリラ握力だから殴られたらジェスターでもひとたまりもないくらいだ。可愛げで見逃されるようにお前は頑張れ」
「リュウ、どうせそこの軽薄ジェスターが良からぬことをお前に吹き込んだのだろう。口八丁に真実と嘘を混ぜて話すような性格が悪いやつだから、扇動させられないように気をつけるといい」
サカイが中指を立てて、アカネが親指を下に向けている……。
剣やナイフの実物が出ないだけマシだと思おう。
ナギサがいる前でアカネは暴走しないだろうし、サカイはそれなりにボクの言葉に耳を傾けてくれる。
だからこの四人が同じ空間にいても、気まずいときはあれど、大喧嘩には発展しないだろう。
ナギサがおもしろそうに微笑んでみんなを見ている。
「元気ね! 元気が一番!」
回復の魔法を目覚めさせるくらいに人の健康を気にかけてあげる女の子だ。ナギサはなけなしの絆創膏をボクらの細かな傷に貼ってくれた。
ボクだけでなくサカイもそれを拒否はしなかった。
あいつはこれまで、本物の悪意に触れてきたはずだから、悪意のない行動なのかどうかはボク以上に敏感に分かるのかもね……。
ひと段落してから、ナギサは言う。
「あのね。しばらく二人はショーに呼ばれないらしいの」
「えっ」
ボクは(それはよかった)という顔にならないよう気をつけて、続きを待つ。
「観客席のアンケートで、"さっきのショー"に感動したって声が多かったの。ショーへの評価だから、二人をまた一緒に使いたいと考えられているみたいだよ。だからプログラムの調整をしていて、傷も治さないといけない。見て、休憩室の針もゆっくり進んでいると思わない?
ね、アカネちゃん」
「このプレゼントの山からしてもお前たちへの期待は間違いない」
「アカネちゃんもたくさんプレゼントをもらう人気者なんだけど、それでも多いって思うんだって! リュウくんたちはたくさん時間があるから次の作戦をじっくり考えられるね。よかったね。また華やかに舞台で輝けるね。……あれ、私がいいにきたのってこれだったっけ?」
「それだよ」
アカネが間を置かず返す。
「よかったあ。忘れっぽくて、困っちゃうね。リュウくん、死ななくてよかったね。今度は派手に死ねたらいいね。あれれ?」
「この子は優しい。それだけお前たちは受け取ればいい。余計な文句は言うなよ。頼む」
頼む……。
アカネはボクにもサカイにも頭を下げてる。
ナギサからは見えない角度で。
彼女はプライドがある人だ。だから、やりたくはなかっただろうに。それでも頭を下げるくらい、ナギサを心配しているし大切にしているんだな。
「わかった。ナギサ、アカネ、教えてくれてありがとう」
ボクは先に答えた。
サカイは無言だけど、頷いた。
「おそらく同じステージでのショーを観客は希望している。あそこは高級席だ。ランクが低いステージだと貧民の観客と同じところになり、富豪たちは嫌がる。そして失敗したネコカブリとは舞台監督を変えてくれって声も届いたらしい。いい気味だ、ククク……」
「もーアカネちゃんまたそんな言い方して。あのね、アカネちゃんが水浸しの被害を広げてくれていたんだよ。あのとき私たちは客席後方で舞台係をしていて、こっちに水が飛んできたときに、アカネちゃんが水魔法で飛び散らせたの。そうしたら私が楽しみにしていた、舞台のあとにリュウくんに会うってことが叶うだろうからって。本当に優しいよね。アカネちゃん大好き」
「それは、言わなっ……いや、うぐぅっ……」
アカネが赤くなったり青くなったりしている。
アカネの弱点は、ナギサの癒しなんだろうな。
「アカネ、ありがとう。感謝してるよ。ほらサカイも言って」
「何で俺が?」
「言・う・の」
「い、や、だ」
「同じ団員同士、助けになったならお礼を言うのが当たり前じゃん。聞ーきーたーいー」
「なんだそのテンション?」
サカイが呆れたようにボクを見て、そして半眼で不服そうにしながらもアカネに言った。
「ありがと」
「ハ!」
「あいつ鼻で笑いやがったぞ。これをやりたくて水魔法しやがったんじゃ!?」
「疑いすぎでしょ。それにしてもアカネ、どうして助けてくれたの」
キミも日本でのことを思い出しているからなの?
「勘違いするな。私がした行動は、ネコカブリにひと泡吹かせたかっただけ。アイツのことを恨んでる。絶対に許さない。……ついでに、礼をもらいにきてやっただけだ」
ネコカブリが恨みを集めるのは納得。
いかにサーカス団に忠誠を誓うピエロたちとはいえ、相性による好き嫌いは当然ある。
ネコカブリのように、他人を利用してばかりいる奴は当然警戒されて嫌われやすい。
「ネコカブリ。怖かったな」
ボクはぽつりと言う。
ボクは白の仮面でココロを寄り添わせて出方を読む【サポート】ピエロ。
サカイは赤の仮面で炎を出す【高火力】【翼】の攻撃型ジェスター。
この二人の組み合わせだからなんとかネコカブリ&スウィートテディをやり過ごせた。
ナギサの仮面は見たことがないけど【回復】【サポート】のクラウン。回復させられるココロの人は少ないため重宝される。
アカネは青の仮面で水を出す【テクニカル】【体術】の攻撃型クラウン。水のココロを持つ人は辛抱強い性格でおそらく彼女もそうなのだろう。ずっと何か我慢しているのかも。
みんな、生きててよかったな。
ここまで生き残るのほんと大変だったよね。
そんな気持ちがこみ上げてくる。
「リュウくん、泣いてるの!? もっともっと慰めてあげたいな。あ、取られちゃった」
サカイがボクの首根っこを掴んで後ろに下がらせていた。
「だーめ。俺が慰めるから回復魔法は大丈夫。というか積もる話もあるからそろそろ休憩させてくれよ。色々教えてくれてありがと。んじゃ、バイバイ」
ホッとしたところもある。
ナギサはまた洗脳された子特有の目をしていたから。
そしてアカネがナギサを回収しつつ、ボクらに指先をつきつけてみせた。
「サカイお前ッ……女子を連れ込んで良からぬことだけはするなよ……!」
「「……? ……!」」
待って。別の意味で泣きそう。
ボクは童顔だけど男子です。
「女子じゃねぇよ!?」
「女子じゃないよ!?」
「ふふ」
ナギサが笑っている……そういえばナギサにも初見ではリュウちゃんって言われたっけ……うう……。
「ボクっ子も、くん付けで呼ばれる者も、ありふれているからな。そうか、すまなかった」
「ふふふ。アカネちゃん、行こう。リュウは男の子、サカイくんも男の子だよ。ふふっ、ごめんなさい、笑っちゃってとまらないや。ふふふふ、なんか楽しくなっちゃって」
「ナギサの笑いのツボは独特だ……。……そうか、問題ないならそれでいい。それじゃ」
アカネとナギサが去っていく。
「ねえ! 二人とも、言葉をかけに来てくれてありがとう。嬉しかった」
背中に声をかけたら、照れ臭そうにしたアカネがしかめ面で振り返って、にっこりと手を振るナギサを片腕で抱えて水の泡が弾けるように一瞬で姿を消した。
ボクはまたどさっと後ろに倒れた。
寝ちゃいそうだけど、目をこすって耐えた。
「サカイ、なにから話す?」




