18:Winner Slaye
(今だよサカイ)
ボクの顔の辺りが熱い。
サカイの発熱するようなココロの影響を受けすぎているからかな。
それだけ奴と寄り添っているということ。
サカイは確実にボクの伝えたいことを理解していた。
(信用しないつもりだった)
(そうされてもしかたないけどね)
(お前は落ちこぼれピエロで、俺が守ってやらないと死にそうで、背中に隠しておくつもりだった)
(そうされても飛び出ただろうけどね)
(口先だけでなく体全体丸ごと出てくるとは……)
(日本にいた頃のボクなら、ベッドから起き上がることも難しくてそうしたかもね)
(どこまで知ってるんだろうな)
(それよりも、今はキミと"会話"できていることが重要だ。そうでしょ?)
「一緒に焦がして焼いてやる!」
「ぜーったいいやーっ。離れるぞおーっ」
スウィートテディは背中に火がついて、カチカチやまのたぬきみたいだ。
でもこの子は自業自得なんかじゃない。
ここに連れてこられて、戦えと指示をされていて、自分で決めたことなんてほとんどなくて、じゃあ何が罪だっていうんだろう。ボクはただただ解放してあげたい。
スウィートテディの鳴き声は攻撃するように激しいけど、やっぱり、ボクには泣き声に聞こえるよ。
「そーはさせないぞ、リュウちゃんを追うんだよ、スウィートテディ!」
「うわわわ、ええと、槌」
向かってくるスウィートテディの手をかわす方法。
かなりの無理をしするけど、これなら。
とおん!とおん!とおん! と槌をふりまわして、床に叩きつけたときの反動で、ボクは上に浮く。
浮かんだボクの腹の下を、スウィートテディの爪がくぐり抜けていく。
(やばい、上の服がめくれてきてる。鍵を見られないようにしなきゃ!)
(ん? なんか今、リュウちゃんのお腹の辺りが光ったような)
ボクはなんでもいいからとカードを使った。
カードを使うときに"光る"からだ。
カードは端が燃えてしまっていて、使い物にならなかった。
(ぷっ。あいつらの企みが不発に終わるのキモチイイーっ)
(”ごきげん”……じゃあ、ネコカブリは誤魔化されてくれたみたいだ。このカードはもう使えないな。他のも、いくつか燃えてしまってる。とっておきのときに間違えて不発の手札になるといけないから、捨てておこう)
ピエロがドジをしたふりをして、いらないカードをばら撒く。
頭の中は超回転してる。
視界がクリアになってゆく。
体感時間も遅いくらいだ。
今にも切り裂かれるかというピンチが相次いで、ボクのココロは、ギリギリまで研ぎ澄ませられていた。
……あ、鼻血。
スウィートテディがバレリーナみたいにぐるぐると回って、炎を消しちゃった。
そんなに知能があるのか?……みると、糸で動かされている。
上の方を見上げるとニンマリと目を歪めたネコカブリが「死んで♡」とメッセージを送ってくる。
む、むかつく。
サカイが体制を立て直し、ナイフで切りかかった。
けれど異質な金属同士がぶつかったかのような音がする。
「クソッ、硬すぎ! 何なんだこのクマ!」
「ボクの糸を貼り付けなおしてやったんだよーん。ニャッハー!」
とはいえ、ネコカブリが言ったことは本音なのだろうか?
ボクには違和感があった。
白の仮面で上がった視力で見たところ、ボクの近くをかすめたあの手は、ふわふわと揺れていたんだよ。
硬いのはどこなのか? 元は柔らかいのが硬くなったのか、糸だけが硬いのか?
おかしななぞなぞみたい。
ぐるぐる回ったスウィートテディは目を回したようにしばらく止まっている。
ネコカブリは糸が絡まったようで、焦りながらほぐそうとしている。
意を決して、ボクはスウィートテディに抱きついた。
「自殺行為!? ばかなの!?」
「今更そんなことを言うんだねサカイ。ばかなことをしないとキミと喧嘩もできない弱者だからさ。……! この感触って……」
ボクは頭の中で、本を開く。
そこに、ひっかかりの原因となる知識があった気がして。
「ほわほわだけどこの硬さ……ドコかで見たような?」
サカイは、ネコカブリと戦いを始めた。
ボクが考え始めとみたらほっといてくれる、そんなところがあいつらしいと感じる。
【炎のリング】──サカイはリングを投げてネコカブリの糸を燃やす。ネコカブリは「なめんなよ。型破りなお前のこと前から嫌いだったんだ」と言い、なんらかの攻撃をしている。
糸にしろぬいぐるみに戦わせるにしろ、ネコカブリは間接的なやり方を好む。だからボクにはどのような攻撃なのか目に見えないけれど、サカイの「グっ」という呻き声は聞こえた。
早く、早く思い出したい!
頭の中の本のページで、ショーマンが奴隷と置き換えられたように、文字は変わってゆく。
団員が裏方で読んでいた絵本があった。
絵本にしては手作り感が溢れていて、紙が束ねられているだけのもの、売店の既製品ではない。
そんなことにも気づかなかった。
おそらく団員が戦ったモンスターについて後輩のために残していったものだ。
「赤ずきんちゃん」のように子どもとクマが出会う物語があり、ハッピーエンドだと覚えていたものは、クマに食べられて上手に死にました、というものだった。
このクマに殺されるまでの方法が"独特"なんだ。
ネコカブリは死体を改造してモンスターを作っている。
元になったモンスターが、この本の”クマ”と似ていたならば?
「ネコカブリ!!」
「おーっと。ボクを呼び捨てにするとは、いい度胸じゃないか♪ サカイよりもリュウちゃんに呼ばれる方が気分良いよね。そして可愛いじゃん、クマとピエロがぎゅーってしてるところにボクも入れてくれない? 映えそうだよね? あ、中央一番目立つところでよろしく」
サカイは奴にあしらわれたみたいだ。
いくら優秀なジェスターだとはいえ、ステージそのものを操り結界の外にも逃げられるネコカブリでは相手が悪すぎる。
「このモンスター……ひょっとして”ギガの国にいるフルムベアーの子ども”なんじゃ……?」
「よく分かったね!? 鳴き声がうるさいから殺して活用したのさ♪ 生きてるみたいに可愛いだろ?」
「……。……フルムベアーの子どもは、恐怖を感じると特殊な声を出して親を呼ぶ性質があるんだ……。この子はずっと呼んでるんだ、死んでからもお母さんを……」
いつまで呼んでも助けは来ない。
それなのに声を利用されて働かせられ続ける。
醜悪だ。
絵本の内容はこうだ。
フルムベアーの子どもで幹部様が遊びました。
母ベアーがやってきたので、ピエロは美しく散りました。
「解放してあげる」
「はあ? リュウちゃんがー?」
「いじわるなジェスターが!」
「俺に振るんかい」
サカイが一瞬、眉を顰めたのを見た。
奴とはココロが近くてボクの声が聞こえやすい。
フラムベアーの子どもをかわいそうだと思い、かわいそうだと思うだけのココロがサカイには残っている……。
(ふうん、モンスターの正体に気づくとはね。けれど油断してるみたいだ。まだピエロとジェスターのお遊びを続けてるんだから。それならじっくりモンスターに恨みを晴らすつもりだろうな。また、天井で見物と行こうかにゃー)
ネコカブリこそボクらをなめてる。
ボクらは攻撃されて走り回って疲れ切り、あちこち打ち身と切り傷だらけ。
それをしたのはフルムベアーだけど、恨むべきはネコカブリだとボクらは知っているんだからね。
((すぐに終わらせよう))
ネコカブリの予想が間違っていて。
ボクとサカイが同じことを考えているなら、好都合だ。
むしろ、今くらいしかチャンスはない。
サカイが急降下する。フルムベアーははっとしたように見上げて、目からは血がダラリと流れおちた。
目の付近の縫い目がまたぶちぶちと破れて、異常な大口がぐわあっと現れる。
上顎にならぶ鋭い牙をボクは見上げた。
ここが口には違いない。
絵本には、幹部がフルムベアーで遊んだとき発見された弱点が描かれていた。
ピエロの演技「クイズ」──ボクは冗談めかして人差し指を「チッチ」と振った。
「サカイ~! 口の中だあ! 出来るだけ口の中を狙って!」
これが本当か? 嘘か?
ジェスターが乗ってくるか? 来ないのか? というのが観客向けのお楽しみなわけだ。
サカイはボクを信じてくれている、よね。
「……了解」
サカイの翼の動きによって生まれた風で、ボクはふっとばされた。
ぐええ……しかも遠ざけれるとき、あいつボクのカードを全部盗んでいった。器用さを活かして、手癖が悪すぎるな。
サカイの小さな声が聞こえた。
「ガマンしろよフルムベアー……お前のショー、今終わらせてやる」
ああ、よかった。
きっとできる。
ズラァ、とサカイは指先に一〇枚ものカードを並べていた。
【ジャグリング】──そして、「【It’s Shaw Time!】」
ジェスターの権限。
自分が決め技をするときに、舞台照明を求める合図を出すことができる。
帯状の光にサカイの顔がアップで映り、遠くの観客にまで奴の存在を知らしめた。
同時に、ネコカブリですらも手を出せなくなる。”無粋”だからだ。
(ちょ、おい、こんなに早く決めにくるとは……ボク、読み間違えちゃったじゃん……)
ジャグリングピンがカードから次々現れ、サカイはそれをフルムベアーに食べさせていく。
サカイが握れば、ピンは燃え盛り、奴の口から高らかな笑い声が響いた。
興奮状態で苦しそうでもある。
サカイの命が削られて、魔法エネルギーがこれでもかと使われているんだ。
この声が、観客たちは大好きなんだ……。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
フルムベアーの口から腹まで、内側を、炎はすべり落ちていった。
大きな声を出すために喉を太く開く習性があるから、外側が頑丈なフルムベアーだって内側からのダメージは通る。
ジャグリングピンが無くなれば、他のガラクタも放り込んでいる。ボクから盗ったカードだね。
腐った肉を焼くにおい、有毒接着剤の煙。
ひどいものだ。
ボクは床にサカイが落としたカードの中から魔法うちわを拾い、風力で天井に煙を飛ばした。
「ゲッホゲホーーー!?」
あ、ネコカブリって呼吸って概念があったんだな。
見た目はぬいぐるみみたいだから。……。
──煙が晴れた。
「は? ちょちょちょ、やりすぎやりすぎ~!?」
ネコカブリは大急ぎでブランコのロープを下ろして、中距離まで降りてくる。
サカイを警戒して、あまり近くには来れないようだ。
であれば、邪魔はされないね。
「すいませーん。ちょっと手がスベっちゃってー」
サカイ、棒読みである。
「火葬という名のはなむけです」
最高級のジャグリングカードを光らせて、サカイは炎の塊を、フルムベアーに贈ってあげた。
フルムベアーは焼き消えていく。
もう泣かなくてもいい。
そのことにホッとした。
ボクの白い仮面は、あの焼け焦げたフルムベアーの色と一時的に同じになる。
とてもつらい気持ち、苦しい気持ち、さみしい気持ち、ホッとした気持ち。駆け抜けていく。
魂がなくなったことがわかった。
最期が安らかだったことを後でサカイにも教えてあげよう──。
わあああああ!!
きゃああああ!!と観客たちははしゃいでいる。ド派手な花火だったもんね。
ネコカブリはギリギリまで目を見開いて、己の着ぐるみの縫製が解けそうなくらい大きく息を吸い込んみ、縫い糸を軋ませながらも、ようやく結果を認めたようだ。
【Winner! Slaye!】
イルミネーションのように宙に舞う光で、ショーの終了が宣言された。
てか、Slayeって……殺す側……? なるほど。もともとボクたちが勝つというルートは想定されていなかったから、ネコカブリが即席でこの言葉を選んだんだ。ボクたちへの皮肉ってことだ。
「クッソー! ヒドイ! ボクの可愛いオモチャが……いやまだギリ……!?」
「あっ」
ネコカブリが放り投げようとした水のバケツは、ずっこけたピエロの手から離れた槌が打ってしまい、まるでネコカブリが、観客席のほうをずぶぬれの水浸しにしてしまったように見えた。
さあっと青ざめるような心地でネコカブリは言い訳をしてまわった。
サカイと目が合う。
(やるじゃん)
(ネコカブリが舞台下に垂らした縫い糸があったからね。それに絡めて投げたんだ。奴に向かっていってよかった)
(なんか完全燃焼って感じ)
(ボクらまだ話すことあるでしょ。それにしても、今はさ……)
二人で、フルムベアーの燃え殻に手を合わせた。




