17:スウィートテディ
「「「そこーーーーー!?」」」
変なところから声出してるーー!
けれど、意外にも効果は大きい。
口に相当するところが開ききっているから、降ってくるように音を浴びてしまうんだ。
超音波のように波打って響いて、これ、平行感覚が狂う。
まともに歩けない!
”スウィートテディ”はその場から動いたりしていない。
どちらかといえばグッと重心を下げて、その場にとどまって、そのぶんさらに大きな声を上げられる……って感じ?
サカイがあの口にめがけてナイフを投げるも、頭を振るだけで防がれた。
あのテディは布細工だからナイフが刺さりやすく、投げたものを回収もできない。
けれど内側はワタじゃないから、ナイフが刺さったところからは血がじわじわと滲んでいる。
痛々しいよ。
早く終わらせたい。
そうしたらスウィートテディも楽になれるはずなのに。
あの子が進んで戦っているだろうか。
いいや、ネコカブリが「直々に連れてきたとっておきだぞ」と言ってるから、ピエロを攫うように、何処かから連れてきたのかもしれない。そして無理やり縫合して、戦いを続けさせている。
以前の姿には戻れないんだろうな。
今更、元に戻ったって黒焦げだ。
だからと言って、ステージで戦わされ続けることにスウィートテディの幸せなんてないだろう。
ボクは、このステージを終わらせてあげたいよ。
前よりもいっそう。
弱いくせにそんなこと言う資格ないって思ってる?
こういう憤りは体を動かすエネルギーになるんだ。
「鈍いピエロめ、あっちいけ。そら、次はそっちに行けよ」
「押したなーっ! ボクだってやられっぱなしじゃないから! キーック!」
ボクとサカイは離れて、くっついて、また離れる。
動き続けていれば、スウィートテディはどちらに攻撃しようか迷ってぐるぐる回り、数回の攻撃をミスした。
これは使えそうだ。
テディの腕が床に当たれば、どれほどの力だったんだろうか、ヒビが入る。
”ショック”──ネコカブリだ。
(え、この舞台の修繕費、幹部が払うの? 溜め込んだサーカスコインが減っちゃう〜!)と悲鳴のようなココロ。
「ラチがあかねーな。ったく、ピエロと一緒だと盛り上がりが足りねー。テディに刺さった剣、回収してくぜ。さてみなさんご注目!」
「ジェスターどうやって耳を塞ぐつもりなんだろう!? もしかして咆哮をそのまま受け止めちゃうの!?」
「それくらいのスリルは覚悟しろよなピエロ。やれやれだ」
「ボクが怖がりじゃないってこと、ボクだって証明しちゃうからーっ! おりゃりゃりゃ」
サカイに向かっていくつかのカードを投げつける。
サカイはそれを奪ってしまい、ニヤリとしてみせる。
膨れ面のボクは、ハッとした表情からの、大げさに耳を塞いでみせた。
サカイはそれを合図に、テディの頭に体当たり!
少し頭が塞がったので、その頭上にいたサカイをちょうど避ける形で音は広がっていった。
(いい感じ。キミが炎を使わないのには理由があるのかな)
(炎使いのジェスターに、ぬいぐるみを仕向けてくるなんて負け戦にはしないはずだ。ネコカブリはスウィートテディを防火仕様にでもしてるのかもだし)
(サカイが縫い目を切っているのは、それがベストだからなんだね)
(でもたまに鋼のように硬い糸がある。ナイフでも切れないような)
(そこは”要”なのかも)
(ムチャはしないでくれよ)
(もちろん、まだ、命を投げ捨てるべきところじゃないから。今はたとえ目立たなくても、合図を送ってサカイのサポートをするべきだ。目立ちたくなったピエロが足を引っ張るなんて、よくあることだからね──)
ボクなりのサポートを。
「ヘイ注目! おしりぺんぺん」
「もっとマシなセリフ出てこねーわけ!? こっちは真面目にしてんのに!」
「さあ攻撃しちゃうぞ。クラッカー!……ってこれお遊び用の花吹雪じゃん」
「ばーーーーーーかっ」
観客が笑う。クスクスクスクス。
ボクが耳を塞ぐ。
サカイはタイミングを見計らって、花びらを勢いよく燃やした。
『『おお〜〜〜!!』』……観客の歓声でテディの咆哮が薄まって聞こえるよ!
すごい……ボクが時間稼ぎの演技のためだけにしたことを、サカイはあの魔法の火力ですべて魅力的に見せている。
炎はテディを燃やせなかったけれど、観客席を利用してやったんだ。
”いらだち”
「あ〜い〜つ〜らァ〜。ピエロは騒いでいるようで出しゃばらないし、ジェスターは省エネで急所だけつきやがって。あいつら変だ。なんか変だ。ルームメイトだったから息が合うのか?
むかつく。可愛いリュウちゃんとクールな野郎で映えるのもむかつく。いいさ……そっちが持久戦でジワジワと削るつもりなら、望み通りにいっぱい舞台にいられるようにしてやるねェッ!!」
ネコカブリは空中ブランコで一回転。魔法で干渉する。
ステージの上部に時計が現れた。
やたらと針が進むのが遅い。
それがどういう仕組みなのか知らないが、ネコカブリがやりたいのは、プログラムを間延びさせてやる!って戦法には違いないだろう。
ボクらのココロを折りたいんだ。
「ふふんリュウちゃーん。さっきから妙なんだよな〜。なぁんかボクの胸の中がこそばゆいの。
その白い仮面の能力ってなーに?
もしかしてボクの戦略を読めちゃうんじゃないの? それならジェスターと組み合わせちゃったらスウィートテディが負けやすいじゃんね。そんなの駄目だよね。亡骸サーカス団のピエロなら役割を果たせよ。ボクは料理してアゲル側、お前たちは燃え上がる油だよおっ!」
「!!」
スウィートテディは前傾姿勢になり、野生の熊の突進のようにボクに向かってきた。
ネコカブリがからくり人形にそうするように糸で操っている。
無理な姿勢をさせているからぶちぶちとテディの肉のちぎれる音がする。
泣き声のような咆哮。
「リュウ!──オトリはまかせた」
「!?」
サカイがそう言えば、観客はガタッと立ち上がって期待し、ネコカブリはハッとしてサカイの方を睨んだ。
そしてスウィートテディを方向転換、奴の方へ向ける。
秘策があるのかも、って誤解をさせたんだな。
「……ひどいっ! ウワーン! サカイのバカーー! 十代白髪染めデビューしたのち将来ハゲ候補になれーっ!!」
ボクは全力で演技をしました。
出てきた言葉がこれでした。
一瞬、沈黙が満ちた。
観客の数名が頭を押さえていたのが印象的だった。大人が悩む一般的なことであるらしい。
スウィートテディはこの無音を不思議に感じたらしく、少し止まり、小首を傾げている。
サカイがわなわなと震えて、言った。
「やめろおおお! 俺の心を的確にえぐるんじゃねえ!」
そういえば……青年のサカイって、髪をブリーチしていたので白っぽい色になっていたっけ。それをからかわれていることがあって、誰にだっけ、でも、気にしてるならカラーヘアやめなよって言っても、反抗期を表してんだってつっぱってたな。
頭痛い! しまった、思い出しすぎた。
スウィートテディの背中がこっちに向いている。
ネコカブリが無理をさせたので、背中の縫い目がぱっくりと割れていた。
骨格もなにもなく、肉と骨などがギチギチに詰め込まれていて、グロテスクだな。
ネコカブリがかけた防火魔法というのは、奴が得意とする布や糸だけなのではないだろうか?
ボクは[クッキング]のカードを光らせると、揚げ油をテディの背中にぶちまけた。
すっ転んだフリをして。
さて、サカイはどうしてくれるかな。




