16:モンスタープレゼント
「さあさあ皆様お待たせ! 小さな奴隷たちのショーが始まるぞ〜!!」
ど、奴隷……?
そんな……。
ボクこれ、ついこないだまで【ショーマンの!】って聞こえていた。だから憧れだったのに……。
サカイはこれをまともな精神状態でぶつけられ続けていて、それでもステージに残ってたの? 何度こんな酷いことを聞かされたの?
ショックを受けているボクの横を、赤い炎が、弾丸のように通っていく──。
「サカイ……!」
彼の仮面が赤く輝いているのが見えた。
ボクの白い仮面にも反射して淡く色づき、ヤツのココロが燃えてるのが感じられた。
”焦り”だ。
サカイはボクの背中側に向かって走った。
背後で炎が柱のように燃え上がる。
ボクが振り向けば、頭上でネコカブリが叫んだ。
「スウィートオオオオ!?!?」
スウィート?
ずいぶんと可愛らしい愛称だな。
燃えているのはプレゼントボックスだから……つまり、モンスターことなんだろう。
って、今の今まで、舞台の中央から現れてきていたプレゼントボックスは!?
……ない。
なくなってる。
ルールだからプレゼントボックスは一つになったはずだ。
つまり、中央のプレゼントボックスはダミーで、ボクらは背後から襲われようとしていたのかもしれない。
ボクは、サカイにジャグリングピンを投げつけた。
「うわーん! ジェスターがいじめるう!」
「ピエロの奴、あべこべだぞ!?」
「しかも神様の機嫌も悪いみたいだよう!」
(ショーを仕切る幹部は、ショーマンにとって神様のようなもの。ネコカブリが憤怒してて危険だ。伝わるかな……?)
「フン。またいじめてやるとするか」
サカイがこっちに引き返してくる。
ホッ。
観客の皆様は『え、これで終わり?』『一撃必殺?』なんて困惑している。
そんなわけないじゃん。
ネコカブリは何か企んでいるだろう。
ボクらは緊張を解かないよ。
サカイは魔法効果が秘められている【カード】を指先にずらりと並べて、ボクに見せつけた。
こんなものを使ってしまうぞ、という脅しに見せかけている。
ボクも同じように、とは指の動きが伴わないので、扇形にカードを並べて、サカイの方に盾のように見せつける。
お互いの手札を見せ合い、ともに戦うためだ。
高級なカードがずらりと並ぶサカイの手札。
クズカードだけど枚数が多いボクの手札。
(小さい子の裏方仕事を手伝ったときに、あげる~ってもらったんだよね)
(年下に施してもらうなよ……まあリュウは童顔だけども。それに可愛げがある。ネコカブリはリュウを舐めてるだろうし、油断してるうちに決着をつけられたら、もしかしたら生き残れるかもな……)
なんとなくお互いの言いたいことがわかる。
二人の意識の半分くらいが、フワーッとリンクしている。
サカイは驚いたような顔をしているので、ボクは白い仮面をトントンと指差し教えてあげた。
「み、みなさーん!! 待って待って、ブーイングにはまだ早い。ここで終わりだなんて失礼なことは致しませんとも。さ、さ、幹部のネコカブリちゃんが直々に、仕切り直しをして差し上げますからねーっ。
……ふんだ、ボクの舞台に文句を出すなよ」
ネコカブリはボクらのみならず、観客にも怒っているみたいだった。幹部の洗脳の煮詰まり方は独特だ。観客様に喜んでもらうことを越えて、サーカスに尽くすようになっているのか?
ネコカブリの怒りは恐ろしいけれど、観客の介入を退けてくれたのは、正直助かった。
舞台の上に投げられていたチケットを丸めた紙屑や、ステッキや扇などの小道具、そういうものを、糸をあやつって客席の方に押し戻してしまった。
ステージはまっさらに戻る。
中央に、ドン! と、黒焦げのプレゼントボックスを糸で抱えて投げ込んできた。
ドラムロール。登場当時のBGM。
プレゼントに布地がバサリと被された。
1・2・3……! 布地が丸まってギフトラッピングされたような形になる。
こげた炎のにおいがまったく消えてしまった。
かわりにボコボコとラッピングの中がうごめいている。
まさか"再生"しているんじゃないだろうか。
チラシの【ネコカブリ縫製ショー】を思い返す。
ネコカブリが扱う能力は【縫製】と、縫製したものにさまざまな特殊効果をつけて自分好みに生み直すこと。
ネコカブリの糸で縫われてさえいれば、ずっと操っていなくても人形のように動いてくれるし、魂がまだ残っていたら生前のように動くこともあるという。にわかには信じられないようなことが紹介文に書かれていた。
うっ、頭が痛い……思い出しすぎたみたい……。
<it’s show time! sweet teddy!>
「恐ろしいものが出てくるぞ! ピエロをいじめるのに使ってやれるかな!」
「わーんさらに敵が増えちゃったよお! この敵がジェスターを倒してくれたらいいのにっ!」
((互いのスタンスで挟めばモンスターを転がせるかな))
サカイにも、ボクにも、手札がある。
そして炎の魔法と宙を飛ぶ翼、ココロを感じて出方をみることはできる。
ネコカブリは黒焦げのプレゼントを再生させたことでかなり力を使ったらしく、まち針のようなヒゲが、ぐんにゃりと下に曲がってしまっていた。
「……ちぇっ。急ぎだったから適当に裁縫しちゃった。まーなんとか誤魔化せるでしょ。落ちこぼれピエロと連戦で調子悪いサカイだもーん。それにしても念の為あのピエロを殺しとけなんて、団長ってば不思議なこと命令するよな〜」
ネコカブリのささいな声もボクには聞こえる。
体温が急激に下がった感じがした。
それを解消しようとサカイの胸ぐらを掴む。こいつ炎使った後であったかいから。
いきなりのことにサカイは唖然としていた。ごめん、作戦的な意味はないよ。
団長のこと、考えないようにしたかっただけなんだ……。
『『『スウィートテディー! スウィートテディー!』』』
観客席からの熱いコール。
【スウィートテディ】は、桃色のパッチワークのテディベアだ。
高さは三メートルくらいある。
縫い糸がきらきらとしていて、ネコカブリがたくさんのエネルギーを込めて直したことがわかる。けれど繋ぎ目はジグザグとしているところがあり、中身のワタ……でもなくて生々しい内臓がどろんと覗いていた。仕事が雑!!
気分が悪くなるな。
ひとまずピエロの演技を始めよう……。
「あれ? 意外と可愛いっ」
「ピエロなんかがそう言うなら、俺は、テディベアが可愛くない性格してる方にかけるね」
「じゃあ賭けに勝った方にいいことがあるかな。テディー、可愛くしててねーっ」
「きっと危険だぜそいつは、気を引き締めていくことだなあーっ」
ボクはサカイから離れて、カードを発動、【シャボン玉】を吹き付けた。
めいっぱい、顔が赤くなるくらい吹く。
「ほら可愛い。テディは戯れているよ」
「動きがけっこうのろいのか」
「でも、割るときに、鋭い爪が見えたよ!」
「あの速度と硬い爪、かすりでもしたらあっという間に肌が裂けるそうだな。防御力を上げといてやるから、あっち行ってこい!」
「ジェスターがいじめるうううう」
ここで、サカイはマジにボクを放り投げる。
それくらいしないと、観客は納得してくれないからね……。
ボウリングスタイルだったのは、高所から落とされるのがトラウマかもしれないから、って気遣いだと思いたい。
そして暴投だ。
テディの方からは離れていく。
「あいたっ」
ボクはステージの結界に当たり、はじき返された。
やっぱり結界があった。
そしてこの結界、内側に「ちょっと弾き返される」ようになっている!
気づかずにモンスターから逃げて結界に当たりでもしたら、ぼよんと内側に戻ることになり、モンスターの目前でお陀仏だったというわけだ。
サカイからごくりと唾を飲むような音が聞こえてきた。
奴にとっても、なかなか珍しいほどの状況なのだろう。
”歓喜” ……ネコカブリの感情!
ネコカブリは耳をぐいっと折り曲げている。
なんだろう、音を気にしているのか?
予防するほどの音が、これから来る?
スウィートテディは、体全体を膨らませている。
「頭いたーーーい! ジェスター、頭が痛いんだけどー!」
「……おいおい帽子を深く被ってみせれば? 俺だったらそうするね。さっきお前に投げられたジャグリングピンが当たったところが痛いからさあ!」
ボクたちが帽子を深く被り、耳まで押さえたとき、
!!!!!!!!!
GYAOーーーーーー!!!!
!!!!!!!!!
全方位に広がるように咆哮が響いた。
でも、テディは口を開けてないようだけど?
ボクの位置からは、そう見える。
じゃ、音はどこから?
ぐるうり、とスウィートテディは動いた。
鼻先からクマ耳にかけてのパッチワークの糸が解けて、牙とベロが見えている。
「「「そこーーー!?」」」
ネコカブリの縫製ミス、ひどいぞ。




