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15/70

15:変形ステージ

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 ゴゴゴゴゴゴゴ


 足元が揺れている。ボクは青くなる。

 何が始まったんだ?


「ステージの形が変わるぜええええ」

「そーーなのーー!?」


 サカイの叫びは観客に対してのパフォーマンス。

 最前面の舞台の淵に向かってゆく彼の足取りは優雅だけれど、その背中は、緊張しているようにも見えた。


 ズズズズズズズズ

 ズズズズズズズズ

 ズズズズズズズズ


 観客席が上がってゆき、ボクたちを円形に見下ろすような形になる。


 この形は……


「コロシアムだ……」


 そこから想像されるのは凄惨な悲劇。


 ボクの声が情けなく震えたもんだから、自分の手で、口元を押さえた。

 それはあまりにピエロらしくない。

 ダサい。幼稚。プロのやることじゃない。前面にたったサカイと違ってなんてザマだろう。


 目ざとくボクを見つけた観客は、ゲラゲラゲラゲラ笑った。


 人の喉からこんなにも奇妙な音が出るものかと思うような、響きが壊れた不快音だった。


(ボクも持ち直さなくては。さっきまでのパフォーマンスは完全に途切れさせてしまった。だから、新しい芸を……。こういうとき、やりな、ってオーメンにもらったアドバイス)



 白の仮面を、顔につけた。


 観客をみれば、ボクのココロに”流れ込んでコピー”くる。



『見たかい、ピエロの顔まで絶望に染まるようなショーらしいじゃないか』


『愉しみだなあ。これだけが唯一の愉しみだよお』


『できるだけ惨めにあがいてほしい。逃げ伸びたと思わせて最後にプチっと潰れてほしい。すぐに諦めるとつまらない。たくさん足掻いて我々を楽しませてくれ』


『よく足を引っ張りそうな子ども、そういうことね。あのやりたい放題のジェスターの連戦連勝がここで止まるのかしら。そうしたらこれまでの我儘放題の代償を払わなくちゃならなくなるんだわ』


『なんてこった。じゃあ、小さなピエロが死ぬところと、偉大なジェスターの苦しむところ、二つも見どころがある』


『ああ来て良かった。鬱憤が解消される。さあ、みんなで合唱しようよ』


『『『殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!』』』



 狂ってるよ。


 人が苦しむさまを娯楽にするなんて、狂ってる……。


 人が苦しむさまが娯楽になることは、知っている。

 知識としてね。

 SNSで過激な記事求めてさまようことや、スポーツ選手が限界を越えようとする表情なんかも、苦しんでいる姿は、どちらにせよ観る人を興奮させてしまうものだ。


 どちらを自らの娯楽とするのか、というところなんだ。

 そこに品性が問われる。

 どのように娯楽にするのか、でもある。

 苦しんでいる人にショックを受けて、苦しまないように助けるエネルギーにするヒーローだっているだろう。


 亡骸サーカス団がこのようなシステムであることが悲しいな……。

 これに憧れていた自分のことがむなしいな……。


 ボクらが傷つくことが、どうして彼らに待ち望まれなくちゃならないんだ。


 ボクの顔の前にサカイの手が現れる。


「リュウ。仮面にヒビが入りそうだぞ」

「それはよくないね。でもボクの仮面は人の気持ちに寄り添って初めて魔法になるらしいんだ」

「そんなもの、ステージで使えるわけないだろう」

「まあ難しいよ。けれど使える」

「強情!」

「どうしてキミ、また泣きそうになっているのさ」

「なってないし。にしてもリュウ、お前、まともだな」

「どうだろう。キミを助けられそうなことは確かだ」

「ハッ。今……そんなこと言えるのは、ずぶといと思うぜ。強情でずぶとくて傷付きやすい、”らしい”と思うけどさ……」


 サカイの手のひらが遠ざかり、再びボクの視界は仮面越しにクリアになり、観客席を眺めてゆく。


 この人たちが何を喜びそうなのか、分かる。

 この人たちの前で何をしておけば誤魔化せるのか、分かる。

 誰の視線がどこを向いていて、ボクらの一挙一動のどこに注目しているのか、分かる。


 そして舞台の上を向いている視線もあり、そこにはおそらく、ステージを制御している幹部が一人いるはずだ。


 サカイを害させない。

 挙動を選んで盛り上がりを呼び、二人ともが死なない舞台になったとしても文句を言わせない。

 そのようなショータイムを──!


 ボクらは二人揃って礼をした。



 と、舌打ちが聞こえた。──いや、空耳だ。舌打ちをしたくなるような気持ちをボクが察知して、だから、舌打ちがあったように感じとったんだ。

 つまり人のいらだちを察知した。そして、いらだちが快楽に変わっていってる。

 この感情の持ち主は、天井の方だ。


「バンザイ!」

「は?」

「上!」

「っ」


 ピエロの演技をしながら、サカイに意図を伝えていくのは、難しいな。


 けれど奴が優秀なので、ボクと同じように万歳しながら、短いステッキの魔法道具で”何か”してくれた。

 落ちてきたのは鉄球だ。

 それに圧死させられたかのような、地面に伏せるリアクション。

 けれど、痛くない。

 鉄球がまるで羽のように軽い。

 そうか、ステッキはものの重力を操作できるらしい。


 サカイが肩にボクを背負いながら、立ち上がる。


「ふー。ピエロを盾にしたから助かった。盾の魔法を持ってるんだっけ」

「えーんジェスターがいじめる。なにの魔法かは秘密にしておかなきゃあ!」


 これが今回の舞台の軸になりそうだ。

 いじめっ子のエリート・ジェスターと、いじめられっ子の落ちこぼれ・ピエロ。


 そして(物語形式ということは)って観客は期待している。


 物語は、関係性が変わってゆくのがセオリー。

 最後には、やられてしまったジェスターと、一矢報いてやったピエロが、見られるかも!……という期待が観客席から醸されている。


「観客席から魔法道具を投げられて妨害される、ってことは無くなったかもしれない。みなさま、俺たちに集中していらっしゃるぜ」


 サカイが小声で言った。そして苦笑する。


「それにしても楽しい、まともな会話だ」


 そういうものに飢えていたんだろう。誰にもまともな価値観を理解されずにサーカスで生きるのは、どんなにココロが苦しかっただろう。ボクにはオーメンがいたけれど、サカイにはいなかった。想像を絶するような孤独が、白の仮面を通して伝わってくる。


 いっぱい話そう。

 この舞台を終えられたならば。


「──あっちいって!!」

「お断りだ。ピエロをいじめるよりも面白いことなんてあるものか。ありそうではあるが」

「いやまじであっち行かせるよ」

「急にガチトーンやめっ…………」


 サカイが不安そうになっても、待てないよ。


 またしても天井からの”いらだち””愉悦”がある。


 サカイをドンと正面から押して、すると、5メートルほど真後ろにすっ飛んでいった。

 わずかに宙に浮かんでしまい、彼はあわてて翼でバランスをとっている。炎で周りを燃やす。


 操り糸のようなものが降りてきていた。


 狙っていたのはサカイの首元のようだ。

 宙吊り、しようとしていたらしい。

 幹部が、ここまで舞台に干渉してくるものなのか。上級ショーマンのプログラムって。


 また、舌打ち。

 今度は"いらだち""いらだち""いらだち"……。


「あのさーーー! キミ、白黒ピエロのリュウちゃん、ラッキーマンなのかなあ〜〜??? たまたま押したら、"そう"なるなんてサ」


 ボクらを分断するようにステージの真ん中に降り立ったのは、とっても小さな影。


 猫の、着ぐるみ?


 その中身を白の仮面が暴こうとするのか、ボクは目が開かれたまま、瞼を閉じることができなかった。

 この白の仮面がものすごく欲してしまうような、とんでもない秘密が閉じ込められているようだ。


「キミたち、さっき、なーに話してたのォォ~??」


 甘えるように可愛らしくすり寄る。

 けれど声に凄みがあって、地声が低い人が無理に裏声を出そうとしているような響きだ。


 無理をして喉を痛めたりしたのか、ゲホッゲホッて咳をしている……。


 この間に姿を観察しろ。

 ボクは目を凝らす。



 一般的な子どもよりも小さな背丈。全身が着ぐるみの中に収まっていて、肌が見えているところがない。

 布地はパッチワークに使われるようなキメの細かい柄のある布。マチ針を突き刺したようなヒゲ。キョロリと大きな猫の瞳はレジン細工のようだけど、生き物のような生々しさがあるしこっちをジッと見る動きもある。

 頭にはシルクハットを被っている…………もしかして!


「ネコカブリ様」


「ん?」


 サーカス団でシルクハットを被っているものは限られている。


 シルクハットは幹部になれたなら支給される。コードネーム・フトッチョはそろそろ幹部に入れてもらうのだと、嬉しそうに言いふらして後輩を蹴飛ばしてまわったっけ……。…………。


「ほほーう。クイズだ。ネコカブリといえば?」

「!」


 スポットライトがボクに向けられている。

 答えないと、絶対やばい。


「"その場で解体ショー! つないで復活ショー! ネコカブリ!……様!"」


「あったりー! なんだよ、キミ、ボクのこと目をまんまるにして見つめちゃってさ。あ、もしかしてファン?」


「もちろんです」


「なぁんだ……ボクの、ボクのファン。ボクのファン。ファン。ファン。ファン。ファン。ファン。ニャッハー!! いいねえ可愛いねぇ、ファンは大切にしてあげるよ。とくに君のことはね。キミ可愛い顔してるよね。可愛い子が可愛いネコチャンの人形抱っこしてると、映えるからダイスキ!」


 どこからともなく降りてきた空中ブランコに、ネコカブリは乗っかり、再び天井の近くへ。

 けれど観客席からも見えるくらいのところだ。


 そしてボクを挑発する。


「おまえたちムカつくからハンデ状態にしてやろうかと思ったけど、チョット”易しく”してあげるよ」


「「「Booooーーーー!!」」」


「まあまあお客様方。ボクはネコカブリで御座いますよ。──このピエロには、命懸けの綱渡りから落っこちたばかりというトラウマがあります! それなのにボクが求めるのは、ボクがいる天井までやってこいってこと! 成功したらモンスターの登場を”易しく”してあげる。失敗したらペナルティだよ、まあ、その場合はピエロは死んじゃっててジェスターが苦しむだけなんだけどね〜」


 トラウマについて、オーメンに愚痴を吐いておいてよかった。

 それがなければ、今だってくすぶる怯えが、ボクの足まで震わせて立ち止まらせたかもしれなかった。


 ことは急げだ。

 条件はシンプル。

 おそらくネコカブリのルール。


 サカイが落としていった、短いステッキを拾い上げる。

 そして”重い”ほうに起動。


 ボクはポケットから、圧縮されている舞台道具を出して、かけられていた圧縮の魔法を解いた。コンパクトな道具がもとの大きさに戻る。


【巨大フラフープ】


 フラフープは縦向きにぐにゃりと押し曲がり、ボクもその上にずっこけるように乗った。


 ”軽い”ほうに起動。


 フラフープは湾曲して、ボクは高く打ち上げられた。


「ニャアアアアア〜〜〜!?」

「ぅぅいてててててて!?」

「バカなの? 肋骨あたり折れてんじゃないの? 考えなしのバカなの? なにこのピエロ」


 ネコカブリが反対向きに視界に映っている。

 ボクは天井付近に逆さまになってるってこと。

 ──届いた!


挿絵(By みてみん)


 シルクハットの上部分がパカーンと開いて、びっくり箱が弾けたみたいになっている。そんな仕掛けあったんだな。どうやらネコカブリが唖然とすると、ああなるらしい。


 弾けたびっくり箱の部品の一部が、ガイコツのような顔をボクに向けた。


「で、どうやって降りるつもり?」


 ニャハハハハハといらだちと愉悦の声を浴びる。


 ボクは真っ逆さまに落ちていく。


 観客が満足そうに首を伸ばして、ボクに注目している。


 全身が冷や汗で冷たくって、白い仮面は、まわりのざわめきのみならず、ボクの恐怖心を浮き彫りにする。


 ボクがボクと対峙しているかのようなイメージだ。


 そして、ボクはきっとボクに「前よりかは納得のいく”落ち”だよね」と頷かれている。


 このあとは同じことが起きるだろう。


 もうステージの床が近いけれど。


 あいつも……以前より近くにいるから。


「お前を倒すのはこの俺だーーーーーッッッ」


「よっ、こんな時でもいじめっ子のジェスター。ボク泣いちゃうぞ」


「言うてる場合かバーーーーーカ」


 サカイが滑り込んできてくれた。

 ボクの体はすれすれでキャッチされた。

 なるほどこうして助けられたんだろうなあ。


 あいつには随分と無理させたけど(うわめちゃくちゃ涙目で睨んでくる)、次のモンスター戦がどうやら「プレゼントの箱一つだけ」になったのは、けっこうな功績と言えるんじゃないだろうか。




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