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14:ピエロの演技

 

 大音量の放送をステージで浴びる。

 "音に"押さえつけられそうなくらいで、ボクはわずかに膝を折り、衝撃に耐えた。


<さァァァ!!! ショータイムまで大変長らくお待たせいたしました、期待も膨らんだことでしょう、ねっ、レディース&ジェントルメェェン! 只今から行われますのはバトル・ショー!>


 チ、チ、チ、と焦らすような音。


<ですがメインプログラムの前に、参加団員によるパフォーマンスが御座います! どうぞ、お楽しみ下さいませエェ!!!>


 初耳なんだけど!

 これをアドリブでやれって?


 サカイは落ち着いている。いつものことなんだろうか。

 彼がよくできる人だってことは分かる、けれどどのように動き始めるのかは知らない。


 ボクもアドリブで動くしかないね……。

 落ちこぼれピエロだった頃よりは、青年期の頭で動ける今の方がやれるだろう。


 サーカステントの第五会場は音によりビリビリ震えている。

 お金持ちたちが集う上級ショーなので観客席は薄闇の中でもきらびやかな服装が見える。

 席は薄暗く、ボクらのいるステージは明るい。水族館での見せ物の魚になったような気分を味わう。


 スポットライト。ステージの大きさ。収容人数──

 現実がボクを震わせようとする。

 まけるものか。


 ファッションコーディネーターたちが舞台袖から頭を覗かせて、ボクのサーカスチケットをひらひらとさせている。破り捨てた。

 するとボクの足は床にピタッと吸い付くようになる。ジャンプはできるけれど、床に吸い寄せられるという独特の感覚があるんだ。

 おそらく逃げられなくされた。

 ボクのこと、サカイを置いて逃げ出すと思っているのかもしれないね。


 そんなこと、しない。


 けれどボクは脱出を目論んでもいる。オーメンとボクの脱出を。矛盾が、ボクの腹の中で渦を巻いている──。



 まずスポットライトが当たるのは、サカイの方。

 舞台の右側に彼がいる。”いた”。


<大人気のショーマンの登場だよおッ! 拍手でお迎えくださァァい!!──No:3599サカイ……おや?>



 サカイの姿がない!


 放送は沈黙し、観客席がざわざわとし始める。


(ちなみになんだけどリュウ。サカイはお前を置いて逃げたり……)

(そんなやつじゃないよ)

(リュウの信じる力ってえらいもんだし、だからこそコピー魔法の才能があるんだけどさあ)

(まあしばらく待って。オーメンは、どこにいるの?)

(舞台袖。いざとなったらリュウを助けてやるさ)

(たぶん結界はられてるよ)

(NOーーー!?)

(二人で頑張ってくるよ)


 サカイは、降りてきた。

 幕が下がった天井付近から、ひゅっと影が下降し……巻きつけられていた真紅の布が開くと、薔薇の中から現れるみたいにヤツがお目見えだ。キザ〜〜〜。


 バチン! と大きな音で指を鳴らし、炎を現すと布を焼き尽くした。ごうごうと燃えている。

 サカイは優雅に礼をして、あびるくらいの拍手喝采をもらっていた。


 ボクは左側ですっ転んでしまった。


 火の粉が飛んできて、ピエロの服の裾が燃えたからだ。


「あち! あち!」


 サカイは困惑した目を、チラリ、とボクの方に向けた。


 ゴロゴロと転がって火を消そうとしています。


 サカイから、それがお前のピエロの芸ってこと?嘘だろ?という感情が伝わってきた……。


 こっちにも事情がありましてね、もし服が燃えて[キマグレ団長のマスターキー]が見えてしまったらとんでもないことなんだよ!!


「そんなところで転がっていると、あー、風邪をひくぞ?」


 フォローが下手だなサカイ。なるほど舞台のペアが下級ピエロだったことがないんだろうな。

 サカイは学習が得意でスポンジのように物事を吸収してしまうけれど、前例のないアドリブってものに弱いんだっけ。


「ほんとうだね、ボクをあたためる新しい服がないと。そこの服とってもらえる?」

「えー、指差してる先、ジャグリングピンしかないけど」

「何言ってるの。服だよ」

「お前が何言ってるんだよ!?」


 ぷすっ……と観客席から小さな笑いが漏れている。

 落ちこぼれピエロにはありがたいもんですよ。


<…………………………No:3600リュウ!!>


 放送にヤケクソ感がある。

 放送室には顔を手で覆った団員がいるかもしれない。


<…………ガガッ……あっ、幹部様、やめ…………>


 幹部!?

 放送に聞き耳を立てていたけれど、続きが聞けることはなく、放送機材は壊されてステージの端に落下してきた。

 魔法道具だったからだろうか。人が落下したときのように、機械からは新鮮な血が流れ出ていた。


 ボクは上を見る。

 ……天井の梁があるだけで、何も見つけられないな。


「リュウ。ジャグリングしてみろよ」

「ワッ、ワッ、ワッ」


 サカイが立て続けに放り投げてきたので、転がったまま足でひとつ上に弾いて、起き上がりぎわに両手にもつ、一つはおでこでスコンと受けとり、合計四つのジャグリングピンをボクは回した。

 サカイは(意外とできてる)と眉を上げた。

(初級技だけどな)という内なる声もありそうだけど。


 なんて体が動かしやすいんだろう!

 ピエロのリュウは、しっかり眠って治療もされて、もらったオカシを食べている。

 すると健康な子供の体はピンピンと機敏に動いて、足はたやすく回転して手は逆立ちすら可能にする。

 日本のボクの、病室のベッドで1日を過ごしていた青年姿とは、まるで違う。


「「「「Booooーーーーー!!!!」」」」


 観客席からのブーイング。


 ピエロの芸としてはよくできていたはずだけど、目の肥えた本日のお客様方は、このくらいでは満足できなくないものらしい。


 サカイがやれやれというように、コウモリのような翼を動かして、気持ちをボクに伝えた。


 視線が交わる。

 ということは、小芝居のはじまりの合図だ。


 彼はまだ子犬のような不安そうな表情を見せた。だからボクはヤケクソのウインクを返した。なんとか踏ん張るよ。


「……ようリュウー!」


 サカイがケタケタ笑って、煽るようなステップを踏む。

 翼と長い足を使い、ジャグリングピンを盗っていってしまう。

 さらにそれを投げつけてくる嫌がらせ。けれどタイミングを読むのが上手いもんだから、こんなにも邪魔されているのにジャグリングを続けやすい!


「ニッ」


 ケタケタケタ!


 ──サカイがこうやって笑うなら、演出のためには、対比ギャップを作ってやらねばならない。


 悪者がいるから、正義の味方が際立つ。

 これはヒーロー物語。

 悪者側が主人公なら、正義のほうが問題を抱えている。

 これはヒーロー物語へのギャップ。


 いじめているものがいるなら、いじめられるものがいるべきで。


 ボクはピエロの情けなく泣き真似をして、やられっぱなしの貧者を演じる──。



 そうして戯れていると、徐々に、演技がまとまってきた。

 ボクとサカイの呼吸が合ってゆく。

 会場の空気も盛り上がってきた。

 ここにおられる観客様方は、酷い目に遭う貧者をみたがるところがあるから。


 サカイは「ジェスター」、ボクは「ピエロ」。


 ショーマンには階級がある。


「ジェスター」ショーを引っ張っていく上級演技者。

「ピエロ」引き立てるために情けなく振る舞う下級演技者。


「クラウン」組む人によってどちらにもなる中級演技者。


「ジョーカー」という最上位演技者は、そのようなものがいるという噂のみで誰もみたことがない。


 幹部たちもジェスターだ。

 けれど、サーカスを成り立たせる独自の固有魔法を持ち、ピエロを従わせて喜ぶ性格であることから、舞台には立たずに管理のみをしている。


 これくらいかな、本番前の演技は。

 そろそろこのゆるい空気も終わる。

 ごくり、とボクは唾を飲む。


「ヘイ、大玉魔法」

「なにそれ! へんなの! へんなのに、2メートルの鉄球みたいな大玉が転がってくるの怖いんですけどお〜!?」

「魔法道具だ。ピエロ階級じゃ見たこともないだろうけどな」

「ひえええーーっ」

「バトルショーの前にこれで練習しとくといいかもしれないぜーっ」


 サカイの意図がわかった。

 これから始まるのは「バトルショー」……ボクはもちろん初体験。

 この大玉から逃げるくらいの脚力はないと、手助けすることも難しいってことなんだろう。


 大玉は徐々に速くなってゆく。

 ボクは、改めてこの「ピエロのリュウの体」を使いこなせるように、己に集中する。動きながらね。


「オラオラオラオラ!!」


「いやいやいやいや~~!!」


 ステージを走り回る。

 未来の自分たちのために。



挿絵(By みてみん)

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