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13:親友

 


「サカイ」


 赤と黒で彩られた衣装が目を惹く。

 布地そのものがゴージャスで、デザインも凝っている、彼はファッションデザイナーのお気に入りだ。

 タキシードのようなバックシルエットだとか、ベルトを重ねたクールな雰囲気だとか、かっこいい雰囲気が彼にはよく似合っていた。


 白銀の髪は、薄暗さの中でもよく見える。

 まともな女子が見たらくらっとするんじゃないかなあ。


 けれど、今は、なんだか子犬のようだ。


(いや誰)


(オーメン、サカイには目をつけてなかったの?)


(つけてないこたぁなかったけど、奴の雰囲気がいつもと違いすぎじゃん)


(ボクもそう思う。普段はあまり見せない姿だ。けれど記憶にはあるよ……ボクの日本での記憶の中には)


(それって)


(サカイはボクとともにサーカス団に攫われてきたピエロなんだ。巨大な鳥籠みたいな檻に囚われていたことを思い出したよ……。

 でもここぐらいまでにしとく。あまり沢山思い出すと代償としてピエロのときの記憶が持っていかれるようだし。どのようにサーカスから出ていくのかは、もうキミから聞いたから)


「リュウ。その、部屋にいなかったからさ」

「ああ、ごめんね! 医務室に”いた”から」


 サカイは、ボクのルームメイト。


 このサーカスでは、二人一組に部屋が与えられる。


 広さは六畳一間くらいで、寝るくらいしかやることがないところだけど。

 かろうじて壁はある檻のような場所で、冷たい金属の床、家具はもしも欲しければサーカスコインで買うしかない。小さなキッズテントが置かれていて、そこだけがプライベートな空間と言える。

 ボクとサカイは、お互いに倉庫掃除と上級ショーマンとして、ほとんど帰ることはなかった。


 二人一組なのは、高め合うためだ、と幹部は発言してたっけ。


 昔のボクは、上級シャーマンのサカイを羨ましく思い目標にしていた。


 サカイはきっと、ボクのような倉庫掃除係になってはいけないと踏ん張ったはずだ。


 歪なライバル関係にされていた。


 高めるため、と子どもたちに”思い込ませる”という表現がきっと正しい。

 二人一組──相手のことをライバル視して見ていれば、問題は二人の間でしか起きない・幹部に疑いの目が向くことなく・もし二人がどうしようもなく揉めたら、排除するのはたった二人の削減でよい。

 そしてどちらかが記憶を思い出していれば──そうだ、「気兼ねなく密告おしえて」と幹部は言ったではないか。


 ボクがサカイを見る目は、怯えてはいないだろうか。

 いつものように素直そうな目で彼を見れているだろうか。


「リュウ、あのさ」

「えーと。どうしたのサカイ。ボクのこと、そんな風に呼んでくれたのって”初めて”じゃない?」


 きゅるるん、と目を丸くしておどけてみた。


(うっわ)

(ハマり役でしょ、知ってるよ、わかってるもん)

(投げやりになってる〜)

(友達相手にウソつくの、きついんだ)

(ふーん。サカイは友達なんだ)

(親友だよ。相手がどう思ってるかはわからない。けれど、日本のボクにもピエロのボクにも彼は優しかった。だからボクはサカイのことを一方的に親友だと思っている)


(リュウのさあ。役立っていなければ、相手の負担になってるばかりだろう、友達の資格ない、みたいなのやめていいと思うぜ。リュウは一緒にいて面白いヤツだよ)


(……っありがとう──)


(でもすぐには心根を変えてくれないんだよな〜頑固だな〜)


(今のは本心だよ。キミの言葉はとても沁みた。嬉しいことだよ)


 ……さて、サカイの要件ってなんだろう。

 おそらく放送のことだろう。


 どんなふうにボクに話を振ってくるだろうか。

 ”ピエロのサカイ”は。


 ボクは、ルームメイトのサカイと、ほとんど会話をしたことがなかった。

 覚えているのは「出かけてくるから布団温めておいて、寝ろ」「これ余ったから邪魔なんだ、食べといて」「ちゃちな道具すぎて俺は使わない、やる」

 ……ボク、サカイに世話をされすぎていたんだな!?


 洗脳されていたときは(そうなんだ、せめて彼を手助けしてあげよう)って言葉そのままに受け取っていた。そんなはずないのに。今になって振り返ればすごく恥ずかしい。サカイがとても気を遣ってくれていたのが、手に取るようにわかってしまう。


 ボクはルームメイトのことをよくわからなかったけれど、さらにサカイのことがわからなくなったよ……。

 どうしてそんなに気にかけてくれたの?

 キミはもしかして、記憶を取り戻しているの?


 ボクから幹部にそれを告げ口することはない。


 けれど、キミに「記憶」について進んで話せない。


 いつもと違う様子で、キミは、何を話そうとしているんだろう?


「ああ、そうだな、初めてだ。おまえのことをリュウって呼ぶの」

「やっぱり?」

「いいや、初めてじゃない」

「どっち……!?」


 こんなふうにからかってくるのは、日本にいた頃のサカイみたい。

 けれど表情には少しいじわるそうな様子も見えて、だから、放送があるのにステージに行かないボクをからかっているのかも。


「まだ親しくなくっても、ルームメイトのことは呼び捨てで親しそうに呼ぶことが決まっている。だから顔を合わせたボクのことを、キミは、リュウって呼んでくれたんだよねっ」


 サカイの磨かれた靴のつま先が、落ち着かなさそうに、床をトントンと叩いている。

 そして指先で鼻の下をこすった。あの記憶にある。懐かしいね──。


「あははは。初めてじゃないかもって、どういうこと? ボクの記憶がポンコツなのか、キミが面白いからなのか、うん、きっと後者なんだろうなあ! だって上級ショーマンなんだもの。

 すごく羨ましく思って”いた”んだ。キミのこと。今、こんなふうに話せていて嬉しいよ。ねえ、もしよかったらもっとキミのお話を聞かせて」


「俺に関心があるってこと? それとも上級ショーマンに関心があるってこと?」


「ボクには思いもよらないところを気にするんだね。どうなんだろう。ボクのこの気持ちは、どちらに関心があるからなのかわからないな〜。

 けれど、キミが、サカイって部分と上級ショーマンって部分を分けたがっていることは理解したよ。まとめて語らないように気をつけるね。だってキミの大事なところだろうし、気をつけてあげないとココロが傷つく弱点なんでしょう」


「リュウ、その物の言い方、龍のよう」


「イッターーーーーーー!」


「頭痛か?」


「なんでわかるの」


「さあな。もう言わないさ。それよりも、話題を変えよう。リュウのその癖の強い分析語りは、あとで聞くよ。では、おまえが関心があるらしい俺のことを話そう」


「わざわざ2回言う必要あったのかなあ」


「ある。おまえは俺に関心があるんだって、そう、記憶に刻んでおいてほしいからだ。忘れるなよ。ピエロはすぐにすっぽぬけてしまうんだから」


「……」


 サカイは体の中の空気を全部入れ替えるんじゃないのかってくらい、ながーくふかーい息を吐いて、それからしゃがみ込んだ。

 ヤンキーポーズみたいなんですけど。

 豪華で品があるショーマンの印象が、一気にガラが悪くなる……。


 子どもらしくない年季の入り方で、サカイは腰を落ち着けたので、ボクはすこし距離があるまま、体育座りをした。


「リュウを助けたのは俺だ」


「!! もっと詳しく聞いてもいい?」


「あのさ。怒ってるか?」


「キミは、ボクを助けたと思っているんだよね。そういう行動をしたんだ。だったら、ボクが助かったと思っているんじゃないのかな。ボクは助けてもらえたなら、ありがたいと思えるよ」


「そう、か」


 サカイは鼻の先っぽに指先で触れる。

 顎を引いて、口元のあたりをボクから見えないように腕で隠した。

 照れている。

 そうしたしぐさも絵になる人だ。

 敵ではないらしいのが、和らいだ彼の雰囲気からわかるので、ボクはまじまじと彼を見た。


 こんなふうに上級ショーマンを眺められる機会は少ない。

 彼らは舞台で忙しいし、ボクらだって下働きで忙しいから。


 サーカスピエロというものは、身内の嫉妬や亡骸サーカスという醜悪さを気にせず眺めてみれば、たしかに夢夢しくうつくしく、人を夢のような心地にさせるものであると感じられる──。


「リュウ、おまえは、医務室に行ったときに初めての治療をされたはずだ。初めて治療をされたピエロっていうのは、医療魔法というものに体が慣れていないから、ぼんやりしたり”ルールが抜けたり”、いつもと違う状態になるんだよ。おそらく今はそれなんだろうな。もしかしたらと、話しかけてみてよかったよ」


 キミが期待していたのはどんなボクの姿だったんだろう。


「そうか。まだ言ってなかったね。ありがとう。ボクのことを助けてくれて」


「今、おまえはそう思えるんだな」


「うん」


「助けられるのなんて大嫌いなやつだったのにな」


「あははは。キミがボクの何を知ってるっていうのさ」


「それもそうだ。俺が知っているのは、倉庫掃除を真面目にこなすいじっぱりだ。そのいじっぱりが長じて、食べ物が余っているからと上級ショーマンに渡そうとするし……自分が空腹のくせにさ。もう疲れが取れたからとベッドを譲ろうとするし……まだ眠って間もないだろうにさ」


「えっ。キミがそれをしてくれたのを覚えてるけど」


「じゃあ記憶が飛んでるんだ。最初にしたのは、リュウだよ。いつもお前はそうなんだ」


「キミの記憶違いという線もあるかもよ」


「ふん、俺がものすごくいいやつみたいだ。泣けるね。そうでもないさ。お前のことを”助けちまった”悪者さ」


 そこからサカイはすくっと立ち上がって、悪い笑みを浮かべた。


 でもボクには、仮面の向こうの顔が泣き出しそうにも見えたんだ。


 ボクは、サカイが前言撤回したことが気になった。

 助けちまった、だなんて。


 さっきからオーメンがまるで沈黙していることも……。


 誰かが、見ているのではないだろうか。

 気配を悟らせもしないような、誰かが。


「俺は悪者さ。せっかくリュウがまっさかさまに落ちて死ぬはずだったのに、それを許さなかった。俺の魔法はお前を救ってしまった」


 サカイは仮面に指を沿わせた。すると右から左に赤く光る。

 背中には、コウモリのような翼が生えた。


 飛ぶことができる魔法。

 さらに炎の魔法。

 サカイのココロパレットには、どれだけの色があるんだろう。

 それを可能にしているのは彼の器用さのはずだけど、なんだかボクは、サカイは不器用な人だって気がしている。


 ボクは頬を膨らませてみせた。


「舞台袖から翼で飛んできて、死ぬはずだった落ちこぼれピエロを受け止めたんだね。ヒーローになったつもり?」


「とんでもない。悪役だって、観客様はお好きだろう?」


 自嘲したように唇の端をクイッと上げる。

 ボクらはお互いのしぐさがリンクした。

 ココロのどこかが、近いんだろう。


「初めて拍手をもらったのに!」

「……そっか」


「どうして助けてくれたの? 同じように亡くなった子はたくさんいたでしょ!」

「リュウはルームメイトだ。俺の生活がままならなくなるだろ、だからだよ、そう言ったら、医務室にお前が連れて行かれたんだ」


「え。じゃあボク、再び殺されるために生かされたんじゃなかったの? サカイのサポートしてりゃあいいの?」

「医師はそのつもりだったみたいだぜ。ただ、幹部のお偉方がありがたくも、俺と同一のステージを用意してくださった!」


 サカイがパチンと指を鳴らす。

 ヤケクソのようなドラムロールが響く。

 これ、そういえば静かに話せていたのは、放送音をサカイが消していたからなのか。

 結界のように。あまりに多才なので呆れちゃうな。



<次のショーは『VSフルムベアーァァア』!!! 担当団員はァァ!!!!>



「「うるさ!」」


 割れたような音、ギリギリと鼓膜をつんざき、ボクとサカイは耳を押さえる。



<──No:3599サカイ!! No:3600リュウ!! 満を持してステージに来い!!>



(満を持したくなーい)

(下っ端ピエロはそんな言葉を理解したり反抗もしないぜ。ほれ、喜んだ演技は)

(オーメン。そんなにボクをステージに行かせたいの?……ってごめん。”ボクら”に付き合ってくれるつもりなんだね)


(地下に行くことは俺様につき合わせた。だから今度は俺様がリュウに譲る。これくらいは、って思ってるよ。リュウは、対等でないと友達だって認められないような自分に厳しいやつだもんな)

(キミ、ボクと友達になりたいの?)


 ボクはびっくりして目を丸くした。


「なに、一人百面相してんだ。芸の練習?」


 ぷっ、と笑いながらサカイが言う。


 そしてボクを突き飛ばした。


 そのまま去って行こうとしたから、ボクはしがみつく。

 サカイは驚いた顔で見下ろしてきた。


(もう、オーメンと話もついてるんだよ)


「隠れて芸の練習をしてるのがお似合いだぜ、離せ、リュウ」


 一人では行かせない。


「あははは。死ねるかもしれない、って舞台経験があるんだよ、ボクは。ただの落ちこぼれピエロなんかじゃない。一度舞台を沸かしているんだ。てことはさ、上級ショーマンであるサカイと舞台に出たって、これからは見劣りしないよ。いつだって死ねる。それまでは粘る。サカイ、ボクのことを使いこなしてみせてよ」


 彼は絶句している。


 そして、返事をしたのはサカイじゃなかった。


 声は天井からだ。


「いーだろう! その姿勢、リスペクトだ。

 サカイが一人舞台で輝きたいという職人魂とも言うべきもの、リュウが一縷の望みをかけて”死”を交渉材料にした弱者の一撃、どちらも興味深く見せてもらったよ。

 ボクはリュウの方をリスペクトしよう。だってサカイ一人の舞台は見たことがあるけれど、リュウとサカイの舞台は見たことがなかったからね。このハンデをどうするつもりなのか──」


(この声、ボクのことハンデって言ったなー)


 聞いたことがない声だ。

 幹部にしては、若々しい。

 ボクがまだ会ったことのない上層部の誰かなんだろう。


「行・っ・て・お・い・で」


「「!」」


 サカイがはじかれたように舞台に駆けてゆく。

 ボクの手をつないで、連れて行ってくれる。


 別に、死にに行きたいなんてのはピエロとしての演技の言葉だ。

 けれど、嬉しくて、サカイがボクを連れて行ってくれたことが。

 ボクが誰かの足手纏いになるのではなく、サカイが一人舞台で傷つくという未来よりも、ボクを連れていったことで放送のルールを破らず、サポートしあうことでマシな未来を掴めるかもしれないことが。


 そのために時間をくれたオーメンに報いられるように、無事なまま帰ってきたいな。


「ばか!!」

(ばか!!)

「ひどーーいっ」


 ボクらはステージに足を踏み入れる。

 スポットライトがまたたくまにボクらを照らして、逃げるところなんてないかのように明るみに引き摺り出した。



挿絵(By みてみん)

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