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1:ブラック企業

さらら様原作動画【ドリームジョーカー】のファンノベルです。原作者様と遊ばせていただいたもので、お目通しをいただいております。ノベル版として楽しんでいただけると幸いです。

挿絵(By みてみん)

 



 サーカスの花形、綱渡り。


 そこからまっさかさまに落ちていくのが、このボクだ。



 白黒の目立たない服、ふぞろいな黒髪、あきらかにお金をかけられていないね!


 手足はほっそりとしていて、栄養状態も悪そうだとみられるだろうね!


 懸命にジタバタしてみせても、役割:ピエロとしてのコミカルさは全くないかも!?


 さらにはここから急浮上するような”魔法”を、ひとつも使えない。


 明らかにお金をかけられてないけど今日は晴れ舞台に”よんでいただいた”!



 あ、意識が遠のいてゆく。


 この綱渡りは、だいたい地上10メートルの高さなんだ。

 落ちたらひとたまりもないだろう。


 ということは、このあと、大盛り上がりになるんだろうね!


 ボクは、安心して目を閉じる。口元はにっこりと微笑んだ──


 落下中、頭に思い出されるものがある。


 ──走馬灯っていうやつだ! そういうのは初めて。ちょっとテンション上がる。ピエロのリュウの思い出を見ていこう。とは言ってもほとんどは倉庫の掃除番のことだ。そのあたりは早々に流れゆき、この綱渡りに選ばれたことが知らされるところからがスローモーションみたいに頭に流れた。

 憧れの豪華な服装に身を包んだサーカスの管理者が、うっとりするような声音で語る。


<リュウは落ちこぼれのピエロだ。だからいつも裏方で働いて、深夜になってからぐったりと倒れふすように眠るだけ。自分の部屋がどのようなものかもよく覚えていないほど、仕事だけに熱を入れていた。素晴らしいね! それでも成績は上がらないという不器用なありさまだと。かわいそうだね!

 いつかは表舞台で輝くことを夢見ていた…………いいだろう! 晴れ舞台への招待状だ!

 満員の観客。

 ギラギラのスポットライト。

 花形の綱渡りは[致死率100%]のエンターテイメントである!>


 ボクは手のひらを満開の花のように広げて招待状を受け取ったっけ。

 あの時視界が花火みたいにキラキラして見えたっけ。

 あれ。

 変なの。

 どうして。

 どうしてそんなものを。

 ボクは喜んでいるんだろう。

 ボクは喜んでいたんだよね。

 ボクはそれが本当に嬉しかったのか。


「”エンタメ”ってなんだよ」


 思わずパチリと目を開いた。すごい違和感が込み上げてきて。魔法が解けるみたいに体が冷たくなる。


 けれどもうすぐそこに、迫る床。考える暇もなく、わかる。走馬灯も追いつかないくらい、時間がない。


 ああ死ぬ──



 満足に考え抜くひまもないくらいに唐突に死ぬのは、こんなに悔しいことなんだ、って思った。




 致死率100%は嘘だったんだろうか。


「……医務室?」


 ボクは体を起こした。

 ぬるり、どろり、とした重苦しい質量を引っ張り上げるような努力。そしてようやく上半身は縦になる。

 一拍遅れて、全身が震えるくらいの鈍痛が響く。


「いったあ」


 ぐにゃぐにゃと不安定な声が出た。

 シンプルな感想だ。


 改めて、手を見る。どうして生きているんだろう。

 致死率100%は本当であるはずなんだ。保証されたサービスが遂行されれば、廃棄物であるピエロの死体をボクも”処理”したことがある。そのシーンはまるで思い出すことを脳が拒否しているみたいに、ただの情報としてのみ頭の中にある。鮮明に思い出してしまったらボクは精神が壊れてしまったかもしれない。


 ううん、今だって、精神が、どうなっているのやら。


 ステージでの興奮が嘘みたいに、心も体もすべて恐怖して凍えている。


 医務室の様子は、灰色の壁、青白い光をそそぐランタン。

 安っぽいけどマットレスが敷かれたきちんとしたベッド、つぎはぎの布団がかけられている。頭を支える枕もある。これは”ずいぶんと豪華”だ。落ちこぼれピエロに用意してもらえるような設備ではない。


 不気味に感じながらも、ベッドの脇にコップ入りの水を見つけて、ひったくるように掴み流し込んだ。

 あとになって、不潔だったかなと思ったけど、それくらい体が乾いていた。


 これ、知識として知ってる。

 ”魔法を使ったあとには異様に体が乾く”らしい。


 ボクの場合は自分の魔法というものを使えないので、体に魔法を使われたことで、乾きがあったんだろうと推測する。

 だってあの高さから落ちて無事なはずが無いんだ。


 不気味だ。


 これで治ってよかった、とは思えないな。

 傷ついてもまだ働きましょう!って副音声が聞こえるもん。


「はあー……」


 かといって”死にたかったわけではない”……。


 そんなのはおかしくて、死ぬことは美しい。

 それこそがおかしくて、死ぬことは恐ろしいものだ。


「後者。ボクの精神は完全に変わっているようだ」


 ようやく立ち上がれるようになり、べたべたと張られたサーカスのポスターを眺める。

 あれ、こんなレイアウトじゃなかったはずだ。視界がぐにゃりとして、ボクの目は、今こそ、真実を見ているのだと思った。美しい魔法が解けてしまったかのように。


【亡骸サーカス団】


(おかしいでしょこの名称!)


 叫びそうになるのを、かろうじて口に含むだけに留める。


 入団の時に言われたことを思い出す。


【命を輝かせましょう!】……亡骸になってくださいね、って?


(ブラック企業じゃん!!)


<ここは亡骸サーカス団。子どもたちが命がけのショーを見せて、観客を沸かせるところ。

 仮面をつけた大人たちが団員を管理している。よりよりショーをさせられるように鍛えてくれる。

 下積みの倉庫掃除から始めて、舞台袖でピエロをこなして、いずれは立派なショーマンに。

 食事は一日二回、成績アップでグレードが上がる。

 服装は一日一回、成績アップで着替えの回数も増える。

 あなたもショーの一員になろう!>


「全部ダメ」


 ボクは頭を抱えた。

 あらゆる意味で頭が痛い。

 物理的に痛みがぶり返しているし、ここでまた働か”される”というリスク、もう洗脳が解けてしまったという苦しさ、打破するだけの魔法の才能もない落ちこぼれピエロ。

 それなのに「帰りたい」という気持ちをもう無視できなくなっている。


「脱出できればいいのに」


 口にした時から願いが叶う確率は上がってゆくんだ、と本で読んだことがある。

 かつて日本で。

 攫われてくる前に。

 本当だろうか。


「今、脱出って言った?」


(聞かれてた!?)


 サーカスの関係者は全員が洗脳されているはずだ。

 それなのに聞かれているとなっては、ボクは殺され直すか、再び洗脳されて”エンド”かもしれない。


 ベッドの下から浮かぶように現れたのは「喋るカボチャの仮面」だ。


 ボクはこれを信用するべきだろうか?




挿絵(By みてみん)

挿絵協力:さらら様




さらら様よりイメージイラストを頂戴しております。

引き続き、お楽しみください。

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