名前
記憶喪失になると、もっと冷静に対処ができるものかと思っていた。
でも実際は違った。
俺は、自分自身が何者か分からない。
それがこんなにも怖いことだとは思わなかった。
「俺は、女神が来て死んだような……」
俺は化け物と女神のことを思い出した。
化け物が俺に腕を振り下ろそうとした時、青髪の美女が助けてくれたんだ。
そして、ユナとその女神が一致していることに気づいた。
「あの時の女神‼️」
化け物から俺を救ってくれたのはユナだった。
ユナは微笑んで、「私は女神ではないよ」と訂正した。それでも、俺にとってユナは女神そのものだった。
「助けてくれてありがとう‼️ ユナは命の恩人だ‼️」
少し照れるユナに、またしても俺は心を奪われた。
「それにしても、《ザード》に襲われて記憶喪失なんて悲惨ね」
ザード……。聞いたことがない単語だ。
記憶から消えているだけかもしれないが、少なくとも今の俺には分からなかった。
キョトンとする俺に、ユナは説明をする。
「簡単に言えば、ザードは《敵》のようなものよ」
どうやら、俺はザードに襲われたらしい。実感は全くない。
体には傷一つなく、記憶喪失以外に見当たる損傷がないからだ。
俺をまじまじと見たユナは、思いがけないことを口にした。
「名前が分からないのは不便よね。それなら、これからは『アキト』と名乗るといいわ」
「アキト……」
ユナは会ったばかりの俺に名前を付けた。
どうしてアキトなんだろう?ユナにこの疑問を聞くと、またしても予期せぬ答えが返ってきた。
「『アキト』って感じがしただけよ」
(人の名前を適当に付けるな‼️ )と心の中でツッコミを入れた。
でも、こんな美女であるユナが名前を付けてくれた。
それだけで嬉しかった。
俺は、これを機に『アキト』と名乗ることにした。