シズクさんのモーニングスター
*****
戦闘を主業務とするニンゲンはどうすれば首尾よく暮らしていけるのかという話になるわけだけれど、その目的を果たすにあたってはギルドと呼ばれる一種の職業斡旋所から得るクエストをこなすのが手っ取り早い。あちこちから寄せられたさまざまな依頼を達成し、対価を獲得するのだ。ぼくはそういった仕組み、もっと突っ込んで言えばモンスターを倒すことで報酬が得られるルールが嫌いではない。強さこそすべて。自身が強靭強力でありさえすれば相応の金銭がもたらされる。いっさいがっさい素敵なことだ。それすなわち食物連鎖の絶対とも言える。ぼくだって一応人類だ。三角形の上のほうだ。
*****
ぼくのパーティーにも前衛である戦士――ごつい鎧に身を包んだアグレッシブな職の男性がいる。戦士はギルドの窓口にて諸業務を担っている若い女性に言うわけだ。「もっと旨味のある仕事を寄越せ」と。無理を言ってもしょうがないのにとぼくは思うのだけれど、そうでなくともなにせ戦士はがつがつしているものだから――すなわち、戦場が欲しくてしょうがないのだろう。輪を乱すようならいなくなってもらうしかない。決めるのはぼくだ。うっとうしいものはうっとうしい。しかし彼より優秀な「壁役」にはお目にかかったことがなく、だったら引き入れておくべきだろうというわけで。すっかり「仲間」と呼べるだけの時間を共有してきたのも事実だ――そう。ぼくは人がいい。
*****
ギルドの窓口に立つ若い女性――裾がふわりと膨らんだ黒いワンピースの上に白いエプロンをつけている彼女はシズクさんという。豊かで艶やかな長い黒髪がほんとうに美しい。二十ニ歳を迎えたばかりのぼくと年齢はそう変わらないだろう。軽口を叩くようにして「こんにちは。今日もかわいいね」と声をかけると、シズクさんは束にした書類から顔を上げた。眉間に皺を寄せ、丸眼鏡の奥の目を鋭くし、「あなたを含めたあなたがたの評判は、最近、あまりよくないですね」と率直な文言を用いることでぼくたちの存在とその価値について異を唱えてくれた。じつはいつか言われるだろうと予想していた、その範疇の一言だったのだけれど、ぐうの音も出ないとはこのことだ。たしかにぼくたちパーティーは、ここのところ大きな成果を挙げられないでいる。なんやかんやでその事実、そういった立ち回りが悪い印象へと繋がり、よろしくない評判になっているのだろう。それでもぼくは「誰かのためになりたいんだ」と言い、でも「それは嘘でしょう」とシズクさんに切り返され――。窓口のテーブルを挟んだ言葉による攻防をくり返した挙句、ぼくのほうから折れ、「献身的な姿勢、うーん、たしかに、ともすれば嘘なのかもしれない、なぁ……」と認めた。いっぽうで、「とはいえなにもしないわけにもいかないんだ。食べていかなきゃならないわけだし。わかってもらえるよね?」と理解を求めもした。
すると案外あっさりとシズクさんはうなずいてみせた。
「キオル様、あなたはきっと才能溢れる方なのでしょう。でも、あなた以外はそうではない」
「シズクさんはそれが悲しいことだと?」
「そうは言いません。ただ、むなしいことだとは思います」
「優しいね」
「ですから、冗談はよしてください」
「冗談を言ってるつもりはないよ」
「冗談だと思います」
「きみが言うなら、あるいは、そうなのかもしれないね」
ぼくは「また来るよ」と言い、シズクさんのもとを去った。
*****
突如として登場した魔王の首を刎ねることを目下の目標として掲げ――そんな折の一幕である。恐ろしいほどに強い軍、魔王の底力、それすなわち敵方の戦力はすさまじく、言ってみれば、ぼくたちはいずれ歯が立たなくなった。今日も敗走だ。みっともなく背を向けて。一気呵成に魔物らが襲いかかり、迫ってくる。一人、また一人と倒れゆく。ぼくは誰も犠牲にしたくなかった。なんだかんだ言っても死なせたくないニンゲンばかりだ。欠かせない仲間ばかりだということだ。でも、次々と彼らは地に伏し泥を舐め……。死体を振り返っては憤り、同時に情けない気持ちに駆られた。この先どうしたらいい? どうすれば、天は助けてくれる? どうあれば、死者に報いることができる? そんな考え、疑問ばかりが頭をよぎる。
*****
ドミノ式に仲間を失った。だからこそ、彼らがそばにいたというかつての日々の思い出がかなりの重量感をともなって肩にのしかかってくる。ぼくはどうすれば……どうしたらいい……? なにもかも綺麗事のように語られまとめられる昨今、ほんとうに、ぼくは自身の価値観に則した心の隙間を埋めるために、なにをどうすればいいのだろう……。
*****
木漏れ日が揺れる。今日は森の中を駆けていた。新たに集めた仲間はもういない。やっぱり次々と倒れた。だけど、残り一匹というところまで削ることには成功し――。森を抜ける。視界が開け、草むらでぼくは振り返り、いよいよ敵と対峙する。とてつもなく大きな白毛のゴリラ、シルバーバック。勝てないかもしれない――それでも一矢報いてやりたいというのは、ぼく自身のプライドによるところが大きい。――そのときだった。いよいよ剣の柄をぎゅぅっと握り込んだぼくの隣に見覚えのある白い頬――シズクさんが顔を出した。シズクさん、どうしてここに? っていうか、いったいどこから現れたの? そう訊ねようと思ったのだけれど、その旨、口には出さない。案外、どうでもいいことだからだ。いまはそれどころではないということもある。
「情けない男性は嫌いです。しかし、加勢します」
「加勢します、って、えっ、ほんとに?」
「ほんとうです」
持ち手の棒から伸びる長い鎖――その先には頑丈そうなとげとげがついた巨大な鉄球が付属していて――それすなわちモーニングスターをシズクさんは片手で操り、頭上でぐるんぐるんと回すことで勢いをつけた鉄球を、襲いかからんと両手を上げたシルバーバックの腹部にどがんとぶつけた。一撃必殺。シルバーバックは後方にばったりと倒れた。恐ろしい腕力、威力、攻撃力。強い。ただの事務員ではないことは火を見るよりも明らかだ。
「すごい。強いんだね」
「そうおっしゃる男性はそのうち犬死します」
「その細腕でモーニングスターとか、ほんとうにすごい」
「キオル様」
「なんだい?」
「重いので、街まで持ってください。引きずっていただいても結構ですので」
「オッケー」
ぼくが鉄球をよいしょと背に担いだのを見て、シズクさんは目を丸くした。
「加勢する必要はありませんでしたか」
「そうでもないよ。なにせ心が折れかけてたから」
「どのようなときでも、自分をしっかり持つことです」
「まったくもって、そのとおり。あらためて心得ておくことにするよ」
*****
「ぼくのパーティーに入ってくれませんかぁ?」
今日もテーブルの向こうで椅子に座り書類仕事を片づけているシズクさんを、ぼくは勧誘した。最初、「は?」といったようなぽかんとした顔を向けてくれたのだけれど、ぼくが真面目な話をしているのだと知ると、そのうち、しょうもなさそうにしながらも、「本気ですか?」と取り合ってくれた。
「本気も本気。シズクさんが力になってくれたら、怖いものなしだよ」
「ですが、私の武器、モーニングスターは――」
「そうだね。隙が多い。だけど、そこはフォローするから。任せてよ」
「任せてとか、偉そうに」
「とにかく――」
「ああ、はい、わかりました。いまの仕事については明日辞表を提出します」
「あれ?」
「あれ? とは?」
「いや、やけに物分かりがいいなと思って」
「べっ、べつにあなたのためなんかじゃないんですからねっ!」
思いもしなかった驚くべきほどのデレ具合に、ぼくの胸はどきどきと高鳴り、目の前にいたってはくらくらした。
「ぼくたち、じつはもうラブラブだったりして」
「やかましいです、あなたは、キオル様」
「まだキオル様って呼ぶわけ?」
「明日からはちゃんとキオルと呼びます」
「うん。お願いします」
「だ、だから、あなたのためなんかじゃないんですからねっ!」
頬を桃色に染め、怒ったような顔をしたシズクさんだった。