プロローグ
雪が降り冬の本格的な寒さが訪れる。
目を覚ますと何よりもまず、これが夢である事を願う。毎朝起きて現実が、今までの出来事が夢であってくれ・・・と思う。
自分が孤独である事を毎朝実感する。
この程度の絶望感にはもう飽きた。
服を着替え、小屋の扉を開けて薄暗い森の中へと駆ける。
生き物が消えてゆく森の中の静寂は、自分の心を落ち着かせるのにちょうどいい。
冬の風が頭を冷やし、怒りが収まり冷静になれる。
冷静にならないと確実に復讐は終わってしまう。
冷静さが任務、いや目的を達成するのに必要不可欠であると僕は痛いほど知っている。
日本の冬はロシアの冬に比べると何という事はない。むしろ涼しくて丁度いい位だろう。
山の頂上に着くと同時に朝日が出ていた。山々の隙間から顔を覗かせた太陽が渓谷を鮮やかに彩る。こんな美しいであろう景色でさえも、今の僕の心では何も感じとる事ができない。
山の上に置かれている岩の上に座り朝日に照らされた渓谷を眺める。
「夏姉さん、春香。やっと今から始まるよ。二人とも見ててくれ。必ず成功させるから。」
僕にとって姉と妹が全てだった。
姉と妹を守るためだと思えば、どんな訓練でも乗り越えられたし、苦痛にも耐える事ができた。2人は僕にとってかけがえのない家族だった。優しさと喜びを教えてくれた2人はまさに僕の希望だった。
2人はある雪の降る冬の日、妹は遺体で姉は瀕死の状態で見つかった。
2人の身体には無数の傷痕と凌辱されたであろう痣が至る所に確認されたらしい。
姉は今でも植物状態で一向に目を覚ます気配がない。姉の婚約者は婚約を破棄した。
犯人は分かっている。『東京総会』の屑達だ。
だが、警察は事件を揉み消し、犯人達は不起訴。当時、刑事補佐であった僕には長官から直々に圧力がかかった。
僕は警察を辞めた。
それからは毎日が地獄だった。
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、気が狂う程の怒りと屈辱が脳内を支配する。
何をしても、どこにいても、悲しみを押し潰す程の怒りが湧いて止まらない。
殺してやる。
殺してやる。
2人を騙し、欺き、犯し、殺した奴らは必ず僕が地獄に送る。
そいつらを守った者、そいつらの家族は行きながら地獄を見せてやる。
地の底にいようと、海の中に隠れようと必ず見つけ出し、2人が受けた苦痛の何倍、いや何百倍の苦痛を与えてやる。
そう誓った。
太陽は完全に顔を出した。
今から全ての復讐が始まる。一年は長かった。本当に長かった。一年でありとあらゆる計画が、物資が、情報が完全に揃った。後はリストの人間を殺していくだけだ。
これは止まる事のない演奏だ。もう誰一人として僕を止めることは出来やしない。さあ始めよう。春香への葬送曲を。
絶望に飽きた僕の演奏のはじまりだ。
題名は『虚色の葬送曲』