番外編. 発熱した王子さまと、その後の私たちについて
2025/10/31頃、ついに二巻が出ます!
講談社Kラノベブックスfさまより『姉の代わりの急造婚約者ですが、辺境の領地で幸せになります! 2 ~私が王子妃でいいんですか?~』として発売です。
どうぞよろしくお願いします!
レオさまが発熱した。
朝食のあと、そのまま食卓でオレンジジュースを飲んでいるときに、様子がおかしいと気付いた。なんだか顔が赤いなあ、と思って、じっと注意深く観察してみたら、目もトロンとしているし、口も少し開いたままで、むしろ妙に色っぽくて違和感がすごかった。
「レオさま、もしかして気分が悪いですか?」
「え? そんなことはないが」
私の問いかけに、少し首を傾げて答えるレオさまは、本気でなんともないと思っている様子だ。
立ち上がると、レオさまの側に歩み寄る。彼はきょとんとこちらを見上げているだけだった。
「ちょっと失礼」
「えっ、プリシラ、なんっ」
戸惑っているレオさまを無視して、手を伸ばして前髪を掻きあげると、額に手のひらを当てる。
「やっぱり。少し熱いです」
「えっ、そうか?」
控えていたクロエさんが、ものすごい勢いでこちらに駆け寄ってくると、私と同じように額に手を当てる。
「これはいけません。すぐに医師を! レオカディオ殿下は部屋でお休みになってくださいませ」
クロエさんがそういうや否や、ババッと侍従が四人、レオさまを取り囲み、椅子ごと彼を持ち上げた。
「いや、歩けるから」
「いいえ、大事を取らねばなりません」
そうして彼らは、えっほえっほと椅子を担ぎ、食堂を大所帯で出ていった。
相変わらず、クロエさんが連れてきた、王城にお勤めになっていた方々がすごい。
◇
常駐している医師の診断結果を聞こうと、そわそわとレオさまの私室の前で待っていると、部屋から出てきた医師は、「疲れが出たのでしょう」と私とクロエさんに告げた。「一日休んでいれば回復すると思います」とも。
しかしクロエさんは、「私が側についていながら……!」と半泣きだ。
たぶん、いろんなことが起きて、それがすべて解決の方向に向かったから、気が抜けたんだと思う。あるある。よくあります。
ひとまず大したことはなさそうで、私はホッと胸を撫で下ろす。
「レオさま、なにか欲しいものとかあるでしょうか。私、持ってきます」
心細いだろうしお見舞いしよう、とクロエさんにそう提案すると、彼女は首を横に振った。
「いえ、プリシラさまには絶対に近寄らせないように、と仰られていましたので」
「絶対?」
クロエさんがそう聞いたということは、受診前だろう。伝染する病気だとでも思ったんだろうか。
「でも、疲れが出ただけだって」
「ええ。しかしレオカディオ殿下がそう仰せなのですから、お控えください」
「……わかりました」
クロエさんに食い下がっても仕方ない。お見舞いくらいはしたかったんだけど、強行突破するほどのことでもない。
一日休めば回復するということだから、明日また訊いてみよう。
◇
レオさまは、翌日にはキラッキラしながら朝食の場に現れた。
本当に、疲れが出ただけだったんだろう。
「おはようございます。もう大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。なんともない」
クロエさんがサッと引いた椅子に腰かけながら、レオさまは答える。
「無理しないでくださいね。気分が悪くなったら、すぐに休んでくださいね」
「なんともないと言っているのに」
なぜか少し眉根を寄せて、不機嫌な表情になってしまった。
あれ、変なことを口にしたかな。いたって普通のことしか言ってない気がするけど。
「心配くらい、させてください」
私がそう反論すると、レオさまは言いにくそうにもごもごと話しはじめた。
「……恥ずかしいじゃないか」
「恥ずかしい? なにがですか」
「病気になったことが」
私はその返答に、首を傾げる。
「病気になることは、恥ずかしいことじゃないと思います」
「それは……そうなんだが」
いったいなにを恥ずかしがっているのか、皆目見当もつかない。
私の胡乱げな表情を見て観念したのか、レオさまは口を開いた。
「あまり、弱ったところを……見せたく……ないというか……」
すっごく小さな声で、そんなことをボソボソと言っている。
まさかとは思いますが、こんな状況でも、強い男でいたいと考えているのかもしれない。
もしかして、ベルナルディノ殿下って病気ひとつしない人で、そういう人になりたいと思っているんでしょうか。ありえる。あの兄君、確かに病気とは無縁っぽい雰囲気だし。
でもまあ、見せたくないというものを、見せろと主張するのもよくない気がします。とはいえ、やせ我慢するようになっても困るしなあ。
というわけで、私は私の主張をしてみましょう。
「あのですね、レオさま」
「うん?」
「レオさまは見せたくないかもしれませんが、私は、弱ったらレオさまに傍にいて欲しいです」
私のその言葉に、レオさまはパチパチと瞬きを繰り返した。
「そ……そういうものか?」
「はい」
深くうなずいてみせる。
だってこれから私たちは、ずっと一緒にいるんですよね。病めるときも、健やかなるときも。
私の目をじっと見つめたあと、レオさまは小さく笑う。
「そうか。そういうものかもしれないな」
「はい」
きっと、どんなときでも。
私たちは、ともにありたいと思います。




