6. 私の、蒼玉
なんだかんだあったその夜会の二日後。
私はウィルと二人で自室にて話をしていた。
ウィルは果実酒を嗜んでいるが、私は紅茶を飲んでいる。
さすがにもう酒はしばらく、一滴たりとも飲みたくない。
ほどよく酔ってきたウィルは、上機嫌な様子でアマーリア嬢を褒め称えている。そろそろ本気で暑苦しくなってきた。
「まさかセイラスで、運命の相手に出会うとは思ってもみなかった」
「そうか」
「ありがとう、レオのおかげだ。レオの誕生祝賀会に招待されなければ、私はアマーリアと出会うことはなかっただろう」
彼はそう言って笑う。
本当に世の中は、なにが起こるかわからない。
そんなことを心の中で思いながらも、私は大人しくウィルの話を聞いていた。
「しかしレオの婚約者が、アマーリアの妹御のプリシラ嬢だとは、驚いた。レオはいつ出会って、どんな風に見初めたんだ?」
面白い話が聞けるとでも思ったのか、ニヤニヤと楽しそうに笑っている。
コルテス家は残念ながら弱小貴族だ。蒼玉が発掘されなければ王家との縁談などなかっただろう。なのに婚約が成立しているのは、私が強く望んだ恋愛結婚だと思っているに違いない。
私は軽く肩をすくめて答えた。
「ああ、コルテス領で蒼玉が発見されたんだ。それがきっかけの政略結婚だな」
「……え?」
ウィルは私の言葉に眉根を寄せる。そして少しの間、顎に手を当てて考え込んでいた。
ああ、これは。想定通りの疑問を抱いたのだな、とわかった。
「……その場合、普通なら長女が相手になるんじゃないか……?」
「そうだな」
「もしレオがその通り、アマーリアの婚約者だったとしたら、私は彼女と恋をすることはできなかったよ。なんという幸運だろう。いや、しかし、どうして……?」
おそらく混乱しているのであろうウィルが、冷静になって答えにたどり着く前にと、私は畳み掛ける。
「姉妹に会ったとき、私が妹のほうを好きになってしまったんだ。だから本来なら長女であるアマーリア嬢と結婚するはずが、私のわがままでプリシラ嬢を望んだ。二女のほうが先に嫁ぐのはどうかと思われるだろうが……」
上手く言えているだろうか、と心の中で少々不安に思っていたが、ウィルは私の顔をじっと見つめたあと、うんうん、とうなずいた。
「そういうことか」
「ああ」
どうやら納得してもらえたらしい。酒も入っているし、あまり深くは考えなかったのかもしれない。
「けれどそのおかげで、私はアマーリアを望むことができた」
「幸いだったな」
「本当に」
ウィルは、持っていた果実酒が入ったグラスを目の前に掲げた。
私も、紅茶が入ったカップを掲げ、そして二人で笑った。
◇
ウィルとアマーリア嬢の件で、すったもんだしていたときのことだ。
「プリシラは、可愛い……から、目立つ、しな」
「言いにくそうですね」
ものすごく恥ずかしい言葉を言ったのに、プリシラはそうサラリと躱してきた。
打てば響くような反応を返すことが多い彼女が、なぜか素直に受け取らない。なんでだ。
「そんなこと、言われたことないので」
「ああ、アマーリア嬢に集中するかもしれないな」
私のその言葉に衝撃を受けたらしいプリシラは、うなだれてしまっている。
私はその姿を見て思う。
……いや、待て。そんなことはないだろう?
ディノ兄上だって、初めて会ったときにはプリシラのことを、魅力的だの可愛らしいだのと、ものすごく褒めていたじゃないか。
ウィルだって、アマーリア嬢ほどではないものの、初対面の際には「麗しい女性」と言っていたはずだ。
父上だって、「愛らしい」と言っていた。
私が聞いただけで、これだけあるじゃないか。言われたことがないってことはないだろう。
……ああ、もしかして、そういうのは世辞でしかないと思っているのか。ひねくれてるな。
加えてアマーリア嬢が「美しい」と言われるのに対して、プリシラは「可愛い」と言われ続けているのだろう。
「可愛い」は確かに、女性の美貌を褒めるとき以外でも使われる言葉ではある。たとえば子ども相手とか、人でなくとも花に対してとか。
でもちゃんと、その容姿を褒めるときもあったと思うぞ?
私はそれを、がっくりしているプリシラに伝えようとして……やめた。
プリシラに他の男の賛辞が響くのは、ちょっと嫌だ。狭量ではあるけれど、そう感じてしまうのは仕方ないじゃないか。
最初の印象からはどんどん外れていったが、それが、毎日毎日新しい彼女を発見するようで、楽しい。ずっとプリシラの傍で、彼女を見守っていきたい。
その気持ちは、私だけのものだ。
「第三王子たる私の妃になるんだから、できるだろう?」
彼女は私の声を聞き、顔を上げる。
「はい」
胸に手を当ててうなずくと、彼女はふわりと微笑んでみせた。その蒼玉色の瞳が、キラキラと輝いて眩しい。
彼女は私の宝物だ。
プリシラは、私の、蒼玉。
私だけの、蒼玉でいて欲しい。
けれど嫉妬深い男と思われるのは嫌だから、これは黙っておこう。
まあ「私の、蒼玉」だけでも恥ずかしいのに、「私だけの、蒼玉」だなんてこっぱずかしいことは、酒の勢いでもなければ言う機会もないだろうけれど。
もう当分、よほどのことがない限りは酒を口にすることもないだろうし、プリシラに聞かせることはないかもしれないな。
そのとき私は、そんなことを考えていたのだった。
了




