4. 出会ってしまった(レオVer.)
ええー……?
私は心の中でそんな驚愕をぐるぐると描きながら、とにかく足を動かした。
今、ものすごく、可愛い子がいたんだが。
そんな動揺を悟られないよう気を付けながら、玉座にたどり着くと笑みを顔に貼り付ける。
その後その顔のまま、挨拶やらなにやら、夜会の進行をこなしていく。
しかし頭の中は、混乱したままだった。
いや確かに、先ほど目の端に入った女性は美女だった。百人いれば百人が彼女を傾国の美女だと謳うだろう。
間違いなく、彼女が私の婚約者となるアマーリア・コルテス嬢だ。
けれど私が視線を奪われたのは、その隣にいた少女。
ふわふわの金髪が輝き、ほんのりと紅潮した頬をして、大きな蒼玉色の瞳をした、可愛らしい少女。
生命力に溢れているような雰囲気の、おそらく笑顔が似合う、愛らしい少女。
二人で並んでいたところから見ても、二人いるというコルテス子爵の娘の、妹のほうなのだろう。
妹については、資料にもほとんど何も書かれていなかったと思う。名前は……なんだっただろう。ええと、プ……で始まる名前だったような気がする。それで、四音くらいの……うん、覚えていない。
どうして妹のほうは、ここまで話がまったく出てきていないんだろう、と考える。
そもそも王家とコルテス家を結ぶ政略結婚であるならば、姉妹のどちらでも構わなかったはずだ。なのに妹という選択肢は最初からまったくなかった。
まあ普通に考えて、長女から順番に嫁いでいくものだから、誰も何も思わなかったのだろう。私も含めて。
もしも、姉妹のどちらかを選べと言われていたら?
……いや、たぶん私は、どちらでもいいと言っただろう。
仮に選択を迫られたとしても、国にとってより良いほうを、混乱の少ないほうを、と長女を選んだに決まっている。
姉妹と対面していればまた違っただろうが、今回、秘密裏に事を進めたこともあってそれは適わなかった。
どうしようもない。
そこまで考えて、私はハッとして考え直す。
いやこれは、あまりにもアマーリア嬢に失礼すぎではないだろうか。
彼女だって、好きで私の妃になるのではないだろう。
貴族の娘として、一族と領地の繁栄のために私に嫁ぐことになったに違いない。
あれだけの美貌だ、引く手あまたでもあっただろう。
けれど、国の意向で会ったこともない私の妃にならなければならなくなった。
なのに夫になる私が、「妹のほうが可愛いなあ」なんて思っているとしたら。
……不誠実にもほどがある。
アマーリア嬢だって、「王太子殿下のほうがかっこいいなあ」と思うに違いないが……でも私がそれを知ったら、仕方ないと思うと同時に、やっぱり面白くないのではないだろうか。
その気持ちをアマーリア嬢に味わわせてしまうのは、申し訳ない。
政略結婚に愛情を求めるのは難しいとしても、せめて誠実でありたい。
いや、先ほどチラッと見ただけだから、間近でちゃんと相対して見ると、また感想も違うのかもしれない。
あの大臣のようにアマーリア嬢を目の前にすれば、そんな心の揺らぎもなくなるのかもしれない。
そんな風にぐちゃぐちゃといろんなことを頭の中で考えたあと、私は決めた。
よし、会いに行こう。
いずれにせよ、婚約発表の段階になれば二人で並ばなければならないのだ。それまでに心を落ち着かせるためにも、グズグズ悩むよりもいっそのこと、きちんとアマーリア嬢に会って心を決めておいたほうがいい。
ちょうどよく、目の前の挨拶の列も途切れそうだ。
「父上」
隣の玉座に腰掛ける父にそう声を掛けると、彼はにんまりと笑った。
ついでにその隣の母も、こちらを覗き込むように身体を傾け、うふふと笑っている。
なんとなく癪に障るが、私は言った。
「少々、席を外してもいいでしょうか」
「もちろん。これはレオカディオの誕生会なのだからな、好きにするといい。ただ、周辺には気を付けろ」
「ああ、そうですね」
呪いが発動してはいけない。どこぞの令嬢が刃物片手に飛び込んで来るかもしれないのだ。
まあさすがに、ここまですべてを秘密裏に進めたのだ、何ごともなく無事に婚約発表が終わる未来しか見えないが。
気を付けるに越したことはない。
世の中、なにが起こるかはわからないのだから。




