1. 第三王子の妃
レオカディオ視点のお話です。
婚約発表の少し前から物語はスタートします。
よろしくお願いいたします。
ある日の王城での会議で、私の妃となる娘が決定した。
いつもは会議とは言っても、セイラス国王たる父に重臣たちが報告を行うだけの場であるのだが、その日は少々、紛糾していた。
というのも、先ごろ我がセイラス王国の端っこにあるコルテス領で蒼玉が発掘され、王城から調査隊を派遣したのだが、どうやらその発掘された蒼玉は素晴らしく質が良い上に、まったくの手つかずの土地だけに、まだまだ原石が眠っているのではないかと見込まれたのだ。
さてここで、王城としてはどう対処するべきか、と揉めたのである。
そもそもコルテス領は肥沃な土地ではないので、事実上、王城からは放っておかれているような場所だった。
キルシー王国との国境に接してはいるがその周辺は、あちらもこちらも王都からは遠く離れた鄙びた地域であるため、国境越えをする者は少ない。一応、国境検問所は置いてはいるが、閑職に追いやられた人間が管理するような場所なのだ。
それが、蒼玉発見による、いきなりの重要地域への昇格である。
突然にあの土地は、最悪、キルシーからの侵攻まで想定しなければならない場所になってしまった。
コルテス領を治めるコルテス子爵は温厚な人物ではあるし、王家への忠誠心も疑いようがないが、重要地域を任せるほどの力量があるかと問われると、疑問だ。
かといって、蒼玉を発見したことをすぐさま王城に報せるという忠義を見せてくれた子爵から領地を返上させるのも、いろいろと問題がある。
「そこで、ですが」
コルテス領の調査に一枚噛んだ、重臣の一人がおずおずと口を開いた。
「コルテス子爵には、娘が二人おりまして」
「ほう」
重臣たちは一様に、その言葉に身を乗り出した。
「長女は十九歳ということでして」
なるほど、と皆がうなずく。
ああ、それでこの会議への出席を強く求められたのか、と私はそのとき納得した。
三人の王子の中で、まだ妃を迎えていないのは私だけだ。
十七歳の誕生日を前にして、ちょうどいい頃合いでもある。
そろそろ政略結婚というものをするのだろう、とは思っていたが、なるほどゆくゆくはコルテス領を王家の地にするために、この身体が使われることになったのだ。
特に驚きはなかった。王家に生まれたからには、我が身は自分一人だけのものではないという自覚もあった。
来るべきときが来たのだ、とそれだけだ。
そのコルテス子爵の娘を自分の目で見たという大臣は、苦しげに目を閉じ、声を震わせながら言った。
「で……ですから、私が思うに、レオカディオ殿下がその娘を……」
身体がふるふると震えている。
いったいどうしたことかとその場にいた大臣たちは顔を見合わせ、父もその様子を見て首を傾げている。
「どうした。申せ」
父がそううながすと、彼はぎゅっと拳を机上で握り、ぱっと顔を上げた。
「レオカディオ殿下が、コルテス子爵のご息女を娶られてはいかがかと思う次第でございます」
そう一息に言うと、彼はほうっと息を吐き出した。
誰も言葉を発することなく、彼をじっと見つめてしまっている。
……いやそれは、そんなに苦渋の色を浮かべながら言うことなのだろうか。
会議室にいた人間たちが、同時に同じ方向に首を傾げた。ちょっと面白かった。
その様子を見るに、たぶん思ったことは皆、一緒だっただろう。
「なにか問題でも?」
自分のことだし発言しても許されるだろうと、私は大臣にそう問う。
もしかすると、問題を抱えた令嬢なのだろうか。
見るに堪えない外見とか? とんでもなく愚劣とか?
ああもしや、思想に問題があるのだろうか。それならば少々困る。父親がいくら忠臣であっても、その子が違うということは、ままあるものだ。そうだとしたら、一から教育し直さなければならない。
それとも相手側が婚姻に難色を示しそうなのだろうか。
しかし仮にその令嬢に想い人がいたとしても、残念だが貴族の娘に生まれたからには、王城の決定に従ってもらうしかない。
いずれにせよ、国のためになるというのなら、お互いに相手を選り好みできる立場にはないのだ。
「いえ……問題といいますか……」
「なんだ?」
握った拳を震えさせながら、大臣は問いに答えるべく続けた。
絞り出すような声で、しかし彼は滔々と述べていく。
「……あのような天使を、政略に巻き込んでもいいものかと」
「天使」
唖然として重臣たちが自分を見つめていることにはまったく気付かない様子で、彼は突如、熱弁を振るい始めた。
「あの琥珀色の瞳で見つめられてごらんなさい、誰もが彼女から目が離せないでしょう。あの陶器のような肌は、何ものにも汚されることはなく透き通るようで、それはそれは美しく」
このまま聞いていると長くなりそうだ。なので無視して父のほうに視線を向ける。
父は目と目の間を指で揉んでいたが、私の視線に気付くと軽く肩をすくめた。
そうしている間にも、大臣の口上は続いている。
「そのプラチナブロンドの長く美しい髪は私めの汚れ切った心を洗い流すかのようで、しかし心を捉えるかの如くに」
父も何も耳に入らないかのように、すました顔で口を開いた。
「レオカディオ、コルテス子爵の息女を妃とすることに異論は」
「ございません」
「では決定だ」
国王のその言葉に、大臣はわっと机の上に伏せた。
そうして私の妃は決まった。




