76. 眩しすぎる
ひとまず皆でガヤガヤと屋敷に戻ると、クロエさんが私たちを出迎えた。
それでどうやらすべてが片付いたことを察したらしく、薄く微笑んだ。
「ご帰還、お待ち申し上げておりました。お帰りなさいませ」
そう言って一礼して、顔を上げると同時に言った。
「ウィルフレド殿下とアマーリアさまは、どうぞお湯浴みを」
よかったですね、お姉さま。さっそくですよ。
クロエさんは他の侍女や侍従たちにテキパキと指示を出し、二人は連れられて屋敷の奥に入って行った。
そしてあとから続いて入ってきたベルナルディノ殿下を見て、クロエさんは口元に手を当てて言う。
「まあ、ベルナルディノ殿下が来られたんですか」
そこはさすがに察せられなかったらしく、珍しく目を丸くしていた。
けれどすぐさま真顔になって、言った。
「そろそろ王城に顔を見せねばと思っておりましたので、王太子妃殿下にも近く会いに参ります。ご安心ください」
うーむ、逃げてきたこともすぐにわかったらしい。さすがです。
「ああ、頼むよ。妃はクロエの紅茶が飲みたいとごねてしまってなあ」
「光栄です」
困ったように言うベルナルディノ殿下の言葉に、クロエさんは一礼して応える。
「それからクロエ、今日これから、外で宴会を開くことになった」
間を置かずレオさまがそう言うと、クロエさんは特になにも訊かず、「かしこまりました」と一礼する。
そんなにどんどんクロエさんに言って大丈夫ですか。さすがにそんなにすぐには対応できないんじゃないですか。他の人に言ったほうがいいんじゃないですか。
「では食事のほうをご用意いたします。テーブルや椅子も入り用でしょう。順次、運ばせていただきますので」
クロエさんは、さも当然という顔をしてそう答えた。
いやさすがに凄すぎませんか。
侍女頭って、これくらいじゃないとなれないものなんですか。
「クロエさん、大丈夫ですか、忙しすぎませんか」
私がそう言うと、クロエさんはフッと笑った。
「すべて私がやっているわけではありませんから。この屋敷には優秀な侍従たちがいる、とそれだけのことです」
そうは言ってもなあ。
今回の件は内密に進めたことも多かったからクロエさん自身が動いたことがほとんどだろう。本当にクロエさんは貢献者だ。
そうだ。クロエさんだって、一息ついたらいいんじゃないのかな。
「じゃあ諸々のことは侍従の方たちに任せて、クロエさんも一緒に宴会に参加しませんか」
「いえ、私は宴会の用意をするのを取り仕切らねばなりませんので」
「でも」
そのやり取りを見ていたレオさまが、横から口を出す。
「いいじゃないか、クロエ」
「わかりました、参加します」
早っ! レオさまが言うとすぐだ!
「でもまずは、ベルナルディノ殿下もお疲れでしょうから、紅茶をお淹れしましょう。どうぞこちらに」
そう言って、ベルナルディノ殿下を応接室のほうに案内していく。
よかったですね、ようやくクロエさんのお茶が飲めますよ。夜はお酒が飲めますし、きっと来てよかったと思ってくれますね。
そうしてバタバタと騒がしい屋敷内も外も、全部片付いたあとだと思うと、なんだか心地いい。
「宴会まで、少し休むか?」
隣にいるレオさまが、そう話し掛けてくる。
一寝入りするにはちょっと中途半端だし、それに今はどこも騒がしいし、どうしようかなあ。
「あっ」
「なんだ?」
「レオさまはお疲れですか?」
「いや、そうでもないな。なにもできなかったし」
苦笑しながらそう答える。
なにも、なんてことはないのにな。理想が高すぎるんだろうなあ。
「宴会前に、ちょっと連れて行きたいところがあるんですが、いいですか」
「え?」
私の言葉に、レオさまは小さく首を傾げて応えた。
◇
私たちは小回りがきくように、一頭の馬に同乗して動くことにした。
私が前に座って、レオさまが後ろで手綱を握っている。
「大丈夫か? 落ちないように、しっかり身体を預けて」
「はい、大丈夫です」
うん?
これ、さっきのウィルフレド殿下とお姉さまのやり取りに似てませんか。
いやいや違う。私たちはあんな愛の劇場を繰り広げてはいないです。うん。
でも、背中にはレオさまの胸があって、身体の両側にはレオさまの腕があって。
なんだか後ろから抱き締められているみたいな気分になって、一気に顔に熱が集まってくる。
うわあ、気にしだすと恥ずかしい。
意識しすぎだ、私。
「ではいこうか」
後ろにいるレオさまの表情は見えないままに、馬は厩舎を出てゆっくりと走り出した。
◇
私たちは森へ入る。
ついさっきまでいたはずなのに、なんだか懐かしい感じまでしてくるから不思議だ。
私は前方を指差しながらレオさまに指示を出し、目的の場所まで向かう。
「ここです」
到着すると私はひょいと馬を降り、そして上を見上げる。レオさまも少し離れた木に馬を繋いでから歩いてくると、私の横に立った。
目前には、大きな木がそびえ立っている。たぶんこの森で、一番大きな木だ。
「この木に登ったときに、あの洞窟を見つけたんですよ」
レオさまは首を後ろに倒して木を見上げた。
「ああ、なるほど、これは登りたくなるな」
「でしょう?」
枝が、なんだか登れそうな感じに伸びているのだ。木の洞も、上手い具合に足が掛けられそうなところにあって、木が「登ってください」と言っているみたいだ。
「じゃあ、行きましょう」
私が木の幹に手を掛けると、レオさまは後ろでため息をついた。
「やっぱり登るのか」
「登り納めです」
「うん?」
「私、明日からはみっちりと淑女教育を受けないといけませんから」
「へえ、感心だな」
「私、第三王子殿下の妃、になる、んですから」
しどろもどろでそう言う。とてもレオさまの顔を見ては言えなかったので、彼がどんな表情をしたのかはわからない。
私、ずいぶんレオさまのことを直視できなくなってるな。
レオさまが綺麗すぎるのがいけない。
眩しすぎるんだ。




