75. 宴会を開こう
森の入り口には馬車が用意されていたけれど、汚れ切ったお姉さまとウィルフレド殿下はそれをさすがに遠慮して、一頭の馬に同乗することにしていた。
お互い汚れた二人は、いつも通りべったりとくっついても気にならないらしい。
「アマーリア。落ちないように、しっかりと身体を預けて」
「ええ、ウィルフレドさまはとても頼もしいので安心ですわ」
「アマーリア……」
「ウィルフレドさま……」
どんなときでも愛の劇場は開幕するんですね。
うーん、ちょっと言っておいたほうがいいのかな。
「ウィルフレド殿下、お姉さま」
私は二人が乗った馬に駆け寄り、口の横に手を立てて当てると、こそっと言った。
「ええと……、周りに人がいるときは、少し慎んだほうがいいと思うんです」
「え?」
二人は首を傾げている。これは。まさかとは思いますが、自覚なしですか。
「あの……。たぶん、ウィルフレド殿下の従者たちも、二人が仲良くすることに辟易したのかなって気も……しますし……」
たぶんそうだ。愛の劇場が所かまわず開幕されたことで、不満が爆発したのかなって思うんですよ。
まあそんなものが彼らのやったことの言い訳にはならないとは思いますけど、気を付けるに越したことはないでしょう。
二人は心底驚いたように目を丸くしている。うわあ、本当に自覚がなかったんですか。
「わかった、ありがとうプリシラ嬢。気を付けるよ」
「まあ、気付かなかったわ、忠告ありがとう」
二人は口々にそう言う。どうやら気を悪くはしなかったようで、私はほっと息を吐く。
「そうすると、プリシラ嬢も気を付けて」
にこにこと笑いながらウィルフレド殿下は言う。
「え?」
うふふ、とお姉さまは、両手で紅潮した頬を包んで身体を振った。
「だってレオカディオ殿下と、とても仲がいいんですもの。わたくし、少し照れてしまったわ」
「えっ」
「熱烈な愛の囁きと抱擁には中てられたよ」
「えっ」
そ、そんな場面、ありましたっけ?
動揺しながらぐるぐると頭の中で、いろいろな場面を思い返す。
あっ、ありました。ありましたよ。レオさまが追いかけっこに気付かず洞窟に戻ってきたときと、洞窟から出て行こうとしたときの蒼玉発言。
そうだ、見られてた。お姉さまとウィルフレド殿下がいた。二人きりじゃなかった。
うわ、本当に周りが見えなくなるんだ。怖い。
「気を付けます……」
顔がカーッと熱くなってきて、私が縮こまってそう言うと、二人は温かな眼差しをこちらに向けて微笑んだ。
◇
屋敷に帰って馬車から降りると、そこにちょうどホセさんが馬を引いてやってきた。
「あああ!」
私は叫びながらそちらに駆け寄る。
無事だった!
「お嬢の馬、近くにいたから捕まえておいたぜ。なに逃がしてんだよ」
「ありがとうございます!」
言いながら、馬の首に抱きつく。馬はうるさそうに首を振った。
よかった。がんばったもんね。おかげで助かったんだもんね。あとでおやつをたくさんあげるからね。
「ホセか」
レオさまが馬車から降りながらそう言うと、こちらに歩み寄ってくる。
ホセさんは右手の親指を立てて、それをクイッと後ろに向けた。
「王子さま、あの二人どうすんだよ」
「ああ、あとで引き取りに行く」
「あの二人?」
そう尋ねながら馬車を降りるベルナルディノ殿下を見て、ホセさんは少し身を引いた。
そして私に小声で訊いてくる。
「誰だよ、あれ。ずいぶん頑丈そうな男だけど」
「ベルナルディノ王太子殿下ですよ」
「へー!」
目を大きく見開いて、ジロジロと遠慮なく見ている。
そしてレオさまとベルナルディノ殿下を見比べて、「ぜんっぜん違う」とつぶやいた。それを聞いたレオさまは少し口を尖らせている。
レオさま、私はシュッとしているほうがいいと思いますよ。ベルナルディノ殿下はシュッとはしてないですからね。だから違ってもいいんですよ。
「二人とは?」
ホセさんの視線は気にならない様子で、ベルナルディノ殿下はそう問う。
「ああ、蒼玉泥棒を二人、捕まえて穴に投げてるんだよ。うるさくてかなわねえ」
ホセさんは両の手のひらを天に向けて肩をすくめた。
それを聞いたベルナルディノ殿下は、レオさまに顔を向ける。
「マルシアルが連れていたという、ならず者か」
「はい」
その問いに、レオさまがうなずく。ベルナルディノ殿下は少し考えてから言った。
「その二人は、あとでこちらが引き取ろう。いろいろ聞きたいこともあるし」
「はい、金銭だけで繋がっていたようですので、口が堅いということもないようです」
そんなベルナルディノ殿下とレオさまの会話に、ホセさんが割って入った。
「なあなあ、王子さま」
「なんだ?」
レオさまが首を傾げて応える。
「ちゃんと褒美は頼むぜ。もう皆に言っちまったからな」
「大丈夫だ」
レオさまが苦笑しながら返すと、ベルナルディノ殿下はホセさんに問うた。
「活躍してくれたと聞いているが、なにを望んだんだ?」
「酒だよ、酒。俺ら皆で飲んでもまだあるってくらいのな」
ニッと笑ってホセさんがそう言うと、ベルナルディノ殿下は顎に手を当てて、ふむ、と考え込んだあと、顔を上げた。
「では今回、持って来たものでは足りないか。また追加しよう」
「えっ」
「蒼玉の採掘作業員たちのために宴会の場を設けるという要請が前にあったから、今回ついでにいくらか持って来た。もう少ししたら到着するはずだ」
その言葉に、ホセさんはヒュウと口笛を吹いた。
「上っ面な約束だったらどうしてくれようかと思ってたんだが、本当にしてくれるんだな」
嬉しそうなその言葉に、レオさまは苦笑しながら応える。
「では今夜にでも、宴会を開こうか」
「やったぜ。王子さまたちは話がわかるな」
そう言って、ガハハと笑う。
それを見たベルナルディノ殿下は、ニヤリと口の端を上げた。
「では私も参加しよう」
「ディノ兄上も?」
「ああ、事後処理はいろいろあるが、今日はもう宴会ということでいいだろう。皆で美しい蒼玉を眺めつつ飲もうじゃないか」
あっ、これ、酒豪っぽい。見た目通りの人ですね。
それにしても、基本的に採掘現場の人たちってザルばかりなんだけれど、足りるかなあ。どれくらい持って来てるんだろう。
話がわかる王子たちに上機嫌になった様子で、ホセさんは胸を張る。
「おお、じゃあ場所を作るぜ。なに、俺らに任せてくれりゃいい。慣れてるからな」
「……慣れてるのか」
ホセさんの言葉に、レオさまは呆れたようにそうつぶやいた。




