74. たくましくなりましたね
事後処理のためかウィルフレド殿下も立ち去り、わたわたといろんな人が動く中、私はお姉さまと二人で並んで立っていた。
「お姉さま、キルシーに帰るんですか?」
首を傾げてそう見上げて言うと、お姉さまは「えっ?」と言って首を傾げ返してきた。思ってもみなかったことを言われた、という感じだった。
「だって……」
私は目を伏せる。
だってお姉さまはキルシーという国の中で、これからもきっと同じような目に遭ってしまうのではないだろうか。
お姉さまはあの国で、生きていけるのだろうか。
私がそう思ったのがわかったのか、お姉さまは薄く微笑む。
「ありがとう、プリシラ。でも」
そして胸に手を当て、しっかりとした声で言った。
「わたくしはキルシーで生きていく。ウィルフレドさまの隣で。そう決めたの」
洞窟の中で姉妹喧嘩をしたあとも、お姉さまはそう言っていた。あれからも、その決意は変わっていないんだ。
「そのためには、わたくし、強くならないとね」
そう言って顔を上げ、まっすぐに前を見る。
「いつまでも守られてばかりではいけない。よくわかったわ」
言い切ると、私のほうに振り向いて苦笑交じりに続けた。
「洞窟の中でね、短剣があったから、使い方をウィルフレドさまに習ったのよ。たくさん練習もしたの。だからきっと今は、短剣ならプリシラより上手く使えるわよ?」
なんと。その手のことでお姉さまに負ける日が来るとは。
「護身術もいっぱい指南してもらったり、キルシーの貴族の情報をたくさん聞いたり。手始めにしか過ぎないけれど、洞窟の中で教わったわ。そうしてきっと少しずつ、強くなっていけるわ」
誰かの思惑通りではなく。自分の意思で。
不器用だけれど、お姉さまは進む先を自分自身で決めたのだ。
それがわかった。
だから私が心配することなんて、なにもない。
「お姉さま、忘れないで」
私はその白くたおやかな手を取って、ぎゅっと握る。
「私はいつだって、お姉さまの妹です。どんな立場になったって、私はそのことを忘れたりしません。だからお姉さまも、いつまでも私の自慢のお姉さまでいて」
あの夜会のときにお姉さまが言ってくれた言葉を、今度は私が言おう。
お姉さまは私をじっと見つめたあと、くすりと笑った。
「そうね、がんばらなくては」
お姉さまは女神と敬われる微笑を口元に浮かべる。
「プリシラほど可愛い妹は、どこにもいないもの。失望させてはいけないわね」
それを聞いて私は思わずお姉さまに抱きついた。お姉さまもそれに応える。
上手くいっているように見えて、どこか歪んでいた私たち姉妹は、けれどやっぱりお互いが大切ではあったのだ。
しばらくそうして身を寄せ合っていたけれど、私は思わず身を離す。
「お姉さま」
「なあに?」
「ちょっと臭いです」
私は鼻を押さえる。なんというか、長い時間は無理です。
「まあ、プリシラったら」
お姉さまはくすくすと笑う。
「当たり前じゃないの」
楽しそうにお姉さまは笑う。恥ずかしがりもしていない。
まあ当たり前と言えば当たり前ではありますよね。こんな洞窟で何日も過ごしたんですから。清拭できるように手拭いと水は用意してましたけど、それだけでは、ねえ。
「ああ、お湯浴みはできるかしら」
そう言って、美しい微笑みを見せる。
なんだか、たくましくなりましたね。いつの間にか崖も降りられるようになってましたし。登ることもできるんでしょう。
そういうお姉さまも素敵です。
ウィルフレド殿下はこれから、キルシーに帰っても少しばかり大変でしょうけれど。
多少貧乏になっても、愛があるからいいでしょう。
それに今のたくましいお姉さまなら、なんとかする気もしますしね。
◇
「ここで立ち話もなんだから、屋敷のほうに行こう」
レオさまとベルナルディノ殿下が私たちの傍に来てそう言ったので、それについていく。
並んで歩く私たちの前では、ベルナルディノ殿下がレオさまにブツブツ言っていた。
「やっとクロエの紅茶が飲めるな。おい、そろそろクロエを返せ」
「返せもなにも、クロエがついてきたんです」
「クロエのレオびいきは酷すぎるんだ」
あっ、やっぱりクロエさんはレオさまを溺愛しているんですね。周知の事実でしたか。
「クロエがいなくなってから、妃が不機嫌でなあ」
ため息交じりにそう続ける。
とすると、どうやらベルナルディノ殿下の弱点は、王太子妃殿下なんですね。
ふむ。覚えておこう。
そして私にはわかりますよ、ベルナルディノ殿下。
「可愛い弟のため」とか言ってましたけど、ここに率先して来たのは、不機嫌な妃殿下から逃げるためですね。
大丈夫、黙っておいてあげますからね。
さっき、愛らしいって連呼してくれましたからね。
私、こう見えても、恩はちゃんと返す人間です。




