7. 出会ってしまった
国王陛下と王妃殿下の前のご挨拶の列はまだ途切れてはいないが、第三王子殿下の列は一区切りついたらしく、彼は玉座を降りてこちらに歩いてくる。
それでも一歩進むたびに声を掛けられているので、歩みは遅い。
けれど、彼は明らかにこちらに向かってこようと足を動かしていた。
「あ……、ど、どうすれば」
私たちが行くべきかどうか悩んでいる間に、王子殿下自らがこちらに来る気になったのだろう。
やはりご挨拶に行くべきだったのかと思っても、もう遅い。
こうなったら、なるようになれ、と思うしかない。
お姉さまならきっとなんとかするだろう。
「お姉さま」
とはいえ、これは心構えが必要だろうと、王子殿下の動向を知らせるべくお姉さまのドレスの袖をつまんで引っ張る。
けれど反応がないのでお姉さまのほうに顔を向けると、なぜだかやけに、夢見るようなぼうっとした表情をしていた。
「素敵……」
ふと、お姉さまの口からそんな言葉が漏れた。さきほどの「素敵な方ね」という響きとは、明らかに違った。
頬が紅潮している。いつも笑みの形で整っている唇は薄く開いている。その琥珀色の瞳はきらきらと輝いて。
まるで恋する乙女のように。
私はその表情を、しばしじっと見つめて。そして、うん、と小さくうなずいた。
まるで、じゃない。本当に恋に落ちたんだ、きっと。あの、第三王子殿下に。
時間が少し経って落ち着いて見てみたら、好みだったということなのかな。
だって素敵な人だもの。そりゃそうでしょう。
そうか、お姉さまも気に入ったのなら良かった、うん、良かったんだ。
ほんの少し寂しい気持ちもあったけれど、これ以上のことなんてない、と思い直して、改めてお姉さまの顔を見る。
けれど。
よくよく見てみると、お姉さまの熱を帯びたその視線は、私が第三王子殿下を見るものとは違うほうを向いている。方向的には近いけれど、少しだけ角度が、ずれている。
ん?
何度も何度も首を動かして、お姉さまの視線の先を確認する。
違う。第三王子殿下を見ているのではない。
視線のその先にいるのは、褐色の肌の黒髪の青年。背が高くて身体つきがガッシリしていて。
見覚えがある。あれは、さきほど紹介された、キルシー王国の第二王子だ。
紹介されたときは玉座の近くにいたけれど、今は十歩先あたりにいた。知らない間に近くに来ていたようだ。
近くで見ると、彫りの深い顔立ちの、精悍な印象を持つ人だった。
「あら、嫌だわ」
お姉さまはすっと視線をそらし、斜め下の床を見つめている。
紅潮する頬がお姉さまの美しさを引き立てていて、目が離せないほどだ。
ん?
「お、お姉さま?」
「目が合ってしまったわ。はしたないと思われたかしら……」
そう言って、自身の両手で紅く染まった頬を覆っている。
「え?」
目が合った。まさか。
私は嫌な予感で胸をいっぱいにしながら、ゆっくりとキルシー王子のほうに首を動かす。
お姉さまの言う通り、彼もこちらに顔を向けていて。
そしてその表情は、熱に浮かされたように、夢見心地だった。
ああー……。
ふらっ、と彼はこちらに向かって一歩を踏み出す。
その足音が聞こえたかのように、お姉さまは顔を上げた。
ざわざわとした喧騒が、少しずつなくなっていく。
二人の様子に気付いた夜会の参加者たちは、一人、また一人とこちらに視線を向けてくる。
キルシー王子とお姉さまの間にいた人たちは、潮が引くように二人のために道を開けている。
きっと彼らも、どうして自分たちがそんな風に動いてしまったのかわからないだろう。けれど、そうしなければならないような気がしたのだと思う。
けれど楽団の奏でる心地良い音楽だけは止まることなく流れ続けていた。
私も、思わず二、三歩引いて、彼らのために場所を空けた。
ちなみに第三王子殿下は、呆然とその場に立ち止まっていた。
「美しい人」
そのものズバリの言葉を口にして、ふらふらとさまようようにやってきたキルシー王子は、お姉さまの前に立つ。
二人の視線が交錯し、そしてそこから、彼らの世界が広がっていった。