63. 嘘じゃなかった?
念のためレオさまも埋める場所までついていくというので、私はそのまま一人で洞窟に戻った。
途中で王城の人たちに荷馬車の中身を見咎められたときのための配慮だろう。レオさまが一人いれば、そういった追及から逃れられる。また王太子の目に留まっても、レオさまの姿があれば見つからないようにと逃げるだろうし。
守るものが増えると大変だなあ、と私はレオさまの背中を見送った。
洞窟の中に入ると、私はウィルフレド殿下に迎えられる。
「おかえり。レオは」
「ついていきました」
「そうか」
お姉さまはこちらから顔を背けて、洞窟の奥で膝を抱えて座っている。
レオさまの大活躍があったから薄れかけてはいたけれど、私たち姉妹は生まれて初めてと言っていい喧嘩をしたあとだから、やっぱり気まずい。
兄弟喧嘩のあとって、どうやって仲直りするんだろう。
レオさまは盲目的にベルナルディノ王太子殿下のことを好きみたいだから、喧嘩なんてしないだろうな。そういえば、第二王子のフェルナンド殿下の話がまったく出て来ていない。仲が悪いのかな。
ウィルフレド殿下は、仲が悪いとかそういう段階じゃないから、仲直りとは無縁だろう。
ダメだ、ここにいる人たちの中に、参考になりそうな話が訊ける人がいない。
もう一度、ちらっとお姉さまのほうを見てみたけれど、抱えた膝に頭を押し付けているので目が合いそうにないし、話し掛けられない。
クロエさん、ごめんなさい。黙って聞いていられなかったので、逆に弱みを握られた気分です。
けっこうひどいことを言ったし、謝らないといけないとは思う。でもなんて言えばいいんだろう。謝っても許してもらえないかもしれない。どうしたらいいんだろう。
そんなことを考えて、私も膝を抱えて隅っこで座っていると、ウィルフレド殿下がこちらに腰をかがめてやってきた。
そして私の隣を指差すと、「座っても?」と言うので、小さくうなずく。
取りなしてくれるつもりかな。でも私たち姉妹の問題だから、私たちが解決しないといけないだろうし。
けれどウィルフレド殿下はまったく違うことを言った。
「実は、さっき思い出したんだが」
「はい」
「あの夜会の二、三日後くらいだったかな」
「はい」
あの夜会。レオさまの誕生会。お姉さまとウィルフレド殿下が出会った夜会。そして私がレオさまの婚約者になった日の夜会。
「レオと話をしたんだ。アマーリアがレオの婚約者でなくてよかったって」
その言葉に息を呑む。
じっとウィルフレド殿下の顔を見つめると、彼は困ったように眉尻を下げて、言った。
「コルテス領から蒼玉が発見されて、それがきっかけの政略結婚だという話は、あとから聞いたんだ。本当に知らなかった」
「はい」
レオさまからお姉さまを奪ったわけではない、という弁明だろうか。でもそこは疑っていない。あの様子を近くで見ていた私は、ウィルフレド殿下とお姉さまは本当にただ、出会ってしまった、のだと確信できる。
「しかしそうなると、疑問が湧く。普通なら長女だ。年が離れすぎているとか、既婚者だとか、もう相手が決まっているとか、そういう理由があるならともかく」
「そう、ですね」
「もしアマーリアがレオの婚約者だったとしたら、私はアマーリアと恋をすることはできなかった、と話をした」
「はい」
「するとね、レオが、『妹のほうを好きになってしまったんだ。幸いだったな』と言ったんだよ」
そう言って、ウィルフレド殿下は微笑んだ。
もしかして、私を喜ばせようとしているのだろうか。
でも違う。
それは、辻褄合わせの言い訳だ。
けれどウィルフレド殿下は続ける。
「幼いころから親しくしているからね、嘘をつけばすぐにわかる。今までも、レオの嘘はけっこう見抜いてきたよ。些細な嘘ばかりだったけれどね」
そこで言葉を区切り、ウィルフレド殿下は私をまっすぐに見つめてきた。
「けれど、まったくだ。まったくわからなかった。疑問にも思わなかった。だから、そうなんだ、と納得したんだよ。あまりに自然で、先ほどまでそんなやりとりも忘れていたくらいだ」
そして私に向かって、柔らかな笑みを見せた。
「だからきっとそれは、嘘じゃなかったんだと思うんだけどね?」
私は何も返すことができなくて、口ごもる。
ウィルフレド殿下はそんな私を見て、ポンとひとつ肩を叩いてから、腰を浮かせて去っていく。
また膝を抱えて、考えてみた。
そうだといいな。嘘じゃなかったらいいな。
でも私たちは嘘から始まった。
何の下積みもなく。何一つ育みもしないままで。あの場で初めて出会った二人は急造の婚約者となった。
レオさまは素敵だし、優しいし、頼もしいし、そんな人が婚約者になった私はいいけれど。
でもやっぱり、本当なら誰もが認める絶世の美女を妃に迎えるはずだったレオさまが、私なんかと婚約しなければならなくなったことを喜んでいるなんて、そんな私にだけ都合のいい話、あるはずない。
私に優しいのも、妃となるからには大切にしなければという義務感からじゃないのかな。
やっぱりレオさまはウィルフレド殿下をも欺けるように、上手く嘘をついたんじゃないのかな。
でももしも、嘘じゃなかったとしたら。
私、幸せすぎて、罰が当たっちゃうかもしれない。




