62. 褒美はあります
ウィルフレド殿下と私は、洞窟の中にあった毛布やらシーツやらをかき集めて、レオさまの元に向かう。
「急に飛び降りるな。援護が遅れたらと思って肝を冷やした」
そう零すウィルフレド殿下に、レオさまは事もなげに返した。
「大丈夫だ」
言いながら柄の悪い二人を、小石を蹴るように何度も何度も足で小突いている。
よっぽど頭に来ているんですね。そろそろ死んじゃうんじゃないですか。
持って来たシーツを破って、後ろ手に両手首を、そして足首も揃えて縛る。続いて毛布を短剣で小さく切って二人の口に詰め込んで、さらに破いたシーツを噛ませて頭の後ろで結ぶ。
私は見ているだけですが、レオさまとウィルフレド殿下が雑に力を込めて作業を進めています。
そのあたりで悪党二人の意識もはっきりしてきたのか、むーむーと何ごとかを猿ぐつわの中で言い始めた。
その二人を冷めた目で見下ろして、レオさまとウィルフレド殿下は腰に手を当てて、これみよがしに話し合っている。
「さて、どうしようか」
「ここに置いておいたら、この辺りにいるとわかってしまうな」
この先に導かれる答えに恐れおののいたのか、二人は身をよじり、足をバタバタと動かしたけれど、レオさまが再び剣を鞘から引き抜いたのを見て、ぴたりと動きを止めた。
「うっとうしい。穴を掘って埋めたいな」
「もうそうしてしまうか」
おお、やっぱり山に埋めるんだ。
「穴……」
むーむー、と男たちが懸命になにかを叫んでいる。
うるさいなあ。今なにか浮かんだ気がするのに。
私は腕を組んで考える。最近、穴を見たような覚えがある。
「あっ」
私は手を叩く。ありました。人が入れそうな、穴。
レオさまとウィルフレド殿下、そしてついでに悪党二人もこちらに振り向いた。
「穴なら、もう開いてますよ」
◇
レオさまと私は馬を並走させて、蒼玉の採掘現場に向かう。
「私一人で大丈夫ですよ、すぐそこですし」
悪党二人の見張りも必要だろうし、と思ってそう言ったのだけど、レオさまはついていくと言って聞かなかった。
「いや、一人になるのは危ない」
「でも三人のうちの二人はいなくなったじゃないですか」
「王太子が残っている」
「一人ですよ」
「一人でも、だ」
さっき人質にするとかいう計画を聞いたばかりだからか、頑なに離れようとしない。
残り一人とはいえ応援を呼ぶとかいう話もあったみたいだし、もちろん傍にいてくれるのは心強い。
でも、心配してくれるのは嬉しいけれど足手まといも嫌かな、とも思う。
私も剣術とか習ったほうがいいのかな。
「レオさま、強いんですね」
そう言うと、ふんぞり返るかと思ったレオさまは、少し頬を紅潮させて恥ずかしそうに答えた。
「いや、大したことはない」
「そんなことないですよ。私、びっくりしました」
一人であっという間に二人を伸してしまいましたもん。
「ディノ兄上は、もっと強いぞ」
レオさまはそう言って胸を張った。
まあ見るからに強そうですもんね。
「ベルナルディノ王太子殿下みたいになりたいんでしたよね」
「ああ、ディノ兄上みたいに大切な人が守れるようになりたい」
「素敵ですね」
「ああ」
「でも私たち、もうレオさまにはたくさん守ってもらっていますよ」
先ほどの悪党二人から守ってくれたこともそうだけれど、今までもがんばってくれていると思う。レオさまがいなかったらと思うと、ゾッとする。
「それならいいんだが」
嬉しそう、というよりは、安心したような声音でレオさまは言った。
そうこうしているうちに採掘現場にたどり着き、馬を降りるとホセさんのところに行く。
私たちを目に止めたホセさんは、腰に手を当て呆れたように言った。
「今度はなんだよ、お嬢。王子さまも」
「お願いがあるんですけど」
「また秘密基地か?」
「そんなところです」
というわけで、採掘現場に転がっていた大きな空の酒樽を二つ、荷馬車に積んで、森についてきてもらう。
ホセさんは、低木の陰に隠されていた悪党二人を見て、怪訝そうに眉根を寄せた。
あまり人目に触れないように、ということなのか、ウィルフレド殿下は洞窟に戻ったようだった。さりげなく上を見てみると、こちらを覗き込んでいる。
ホセさんは目の前の縛り上げられた二人に目を取られていて、洞窟にはまったく気付いていない様子だ。
しばらくむーむー言い続ける悪党をじっと見つめてから、ホセさんは二人を指差す。
「なんだよ、これ」
レオさまは足元に転がる二人にちらりと目をやってから、答えた。
「蒼玉泥棒だ」
「ああ?」
うん、嘘じゃない。蒼玉が高く売れるとか言ってたし。
「もう採掘していない穴があるだろう。この二人を入れておいてくれ」
「ふうん」
そう言って、悪党二人を再びじっと見る。二人はその視線におののいたのか、むーむー言うのを止めて、身を引いた。
ホセさんはそれから、うんうん、と何度もうなずいた。納得するのが早いですね。見るからに悪党だから、特に不審にも思わないのかも。
「任せとけ。結局、当てが外れた穴があるんだ。そのうち埋めなきゃいけないとは思ってたんだが」
埋められると思ったのか、男たちは身をよじって、再度むーむー言いだした。うるさいです。
「そこに放り込んでおけばいいだろ」
「ああ」
雑だなあ。
まあ埋めずに入れるだけだから、この人たちにとっては幸いでしょう。
「口が利ける状態ならそれでいい。証言をしてもらわないといけないからな」
「へえ」
「できれば今は公にはしたくない。なるべく……そうだな、特に王城から来た者たちには知られないように」
「わかった」
そのあたりは、「まあなんかあるんだろ」程度にしか思わなかったようで、サクッと了承してしまった。
ホセさんは危なげなく暴れる二人を担ぎ上げ、それぞれ酒樽の中に突っ込み、荷馬車に乗せる。
いろいろと、仕事が早くて助かります。
二人を積み終えたホセさんは、レオさまのほうに振り返ると言った。
「王子さま、褒美はあるんだろうな」
言われたレオさまは、面白そうに口の端を上げる。
「上等な酒を飲ませてやる」
それを聞いたホセさんも、にやりと笑った。
「俺らは、この酒樽くらいじゃ足りないぜ?」
「もちろん、もう要らないと言うくらいに用意してやる」
期待通りの返事だったのか、ホセさんはヒュウと口笛を吹いた。
「やっぱり面白くなってきたぜ」




