60. 姉妹喧嘩
「え、あの、プリシラ?」
レオさまが戸惑うように呼び掛けてくる。けれど私の口は止まらなかった。
「お姉さまは、ずっと言われた通りに生きればよかったんです」
たくさん届けられる恋文に、一切目を通さずに、言われたように結婚しようとしていたじゃないですか。
私は言いました。嫌なら嫌って言ったほうがいいって。
それを拒否したのはお姉さまじゃないですか。
なら最後まで、きっぱりと断り続ければよかったんです。ウィルフレド殿下がいくら言い寄ってこようと、迷わなければよかったんです。
迷ったから、周りが察してしまったんです。
皆、絶世の美女であるお姉さまを見つめているから、その迷いに気付いてしまったんです。
それでレオさまは『致し方なく』、なぜか美女の妹を婚約者にしなければならなくなったんです。
ついでにワガママ王子にさせられちゃったんです。
この上なく、お気の毒です。
「やったこともないことを急にやろうとしたって、できるわけがないんです」
ずっと道なりに歩いて来たお姉さまは、道を外れては生きられなかったんです、きっと。
「お姉さまは誰かの言う通りにしか、生きることができないんですよ」
そこまで言い切ると、私はフッと息を吐き出した。なんだか気分が高揚して、身体が熱かった。
「ええと……?」
ウィルフレド殿下は、頭に手をやって考え込んでいる。いったいなぜこんな話になっているのか、レオさまはともかく、彼にだけはわからない。
「いや、プリシラ」
「なんですか?」
ぱっと振り向くと、戸惑うように少し身を引いてから、レオさまはおずおずと言った。
「ちょっと……言い過ぎでは」
「だってお姉さまが自分で言ったんですよ。皆の言う通りに生きなかったから良くないほうにいくって」
私はお姉さまを指差した。
「それは、慣れてないから、上手くいかないんだと思います」
お姉さまは俯いてプルプルと震えている。
あ、泣かせちゃった? やっぱり言い過ぎた?
でも謝る気にも、取り消す気にもならなかった。
「だ……」
お姉さまが絞り出すように声を出す。
「誰の……」
「はい?」
「誰のせいで、こんな生き方になっちゃったと思っているのよ!」
お姉さまはバッと顔を上げた。この薄暗い洞窟の中で、その白い顔が紅潮しているのがすぐにわかるほど真っ赤になっていた。
急に出された大声に、三人ともが身を引いた。
というか、お姉さま?
こんな声が出せたんですね?
「あの、アマーリア?」
ウィルフレド殿下がお姉さまの肩に手を置いたけれど、お姉さまはそれを振りほどいて、こちらを睨みつけてきた。
「わたくしは小さいころから、プリシラがいつもとんでもないことをしでかすから、いい嫁ぎ先はないかもしれないって! だからわたくしがちゃんとしろって言われてきたんですからね!」
「えっと」
「木登りだの馬だの、貴族の娘とは思えないものばかりに夢中になって!」
「あの」
「そのたびに、わたくしがしっかりしないとコルテス家が潰れるって、いろんな人に言われ続けてきたんです!」
「あっ、はい」
「わたくしがお父さまの言う通りにしか生きられないというのなら、それはプリシラのせいです!」
どうしよう。お姉さまが壊れた。
クロエさん、これが爆発というものなんですね。よくわかりました。
「プリシラはいつも授業を抜け出すから、わたくしが先生に取り繕わなくちゃいけなくなるし」
「いつもじゃありません。ごくたまに」
「いつもです!」
くっ。断言された。
レオさまもウィルフレド殿下も、明後日の方向を見て黙っている。
とにかく、やらせておこう、ということなのかもしれない。
「なんでもかんでも、わたくしのものを欲しがるし!」
「なんでもでは」
「わたくしが大事にしていたお人形も、プリシラが欲しいって持って行っちゃったでしょ!」
ぐっ。覚えていましたか。
「最終的にはお姉さまがくれたんですよ」
「泣いてわめいて手足をバタバタさせるから!」
あっ、レオさまが呆れたような目をしだした。半目になっちゃってます。お姉さま、やめてください、仮にも婚約者の前でそういうことを言うのは。
今まで溜め込んでいたものが噴出しているのだろう。一度出始めると止まらないのか、お姉さまはさらに言い募った。
「プリシラは領地の皆と仲良くやっているけれど、わたくしは外に出ることもままならなくて」
部屋も改造されて。危ないからと行動も制限されて。みっちりと淑女教育を受けさせられて。
「たまに出て近寄ると逃げられるし、逃げないかと思ったら拝まれるし。意味がわからない!」
女神扱いでしたもんね。
「プリシラはいつも怒られるけれど、なのに決定的な失敗は絶対にしないの。要領がよすぎるのよ。わたくしが怒られるのを先に見ているからでしょう! そういうのって、ずるい。ずるいわ!」
黙って聞くといいってクロエさんは言っていたけれど。
ここまで言われて黙っている義理はないと思います!
「私だって、お姉さまが美女すぎて、いっつも比べられてたんですよ!」
「そんなのわたくしに言われても」
「恋文は一通も届かないし!」
「一通も」
レオさまは黙っておいてください。
「それはプリシラがいつもとんでもないことをしていたからでしょう。プリシラが馬に乗ったり木に登ったりしなければ、恋文だって届きました」
「でもそのおかげで、隠れ場所が見つかったじゃないですか」
「上り下りが大変ですけどね」
「私だって、今回大変だったんです! お姉さまが土壇場で一目惚れなんて」
「プリシラ!」
レオさまの鋭い声が飛んでくる。
「あ」
私は慌てて自分の口を両手で押さえる。
お姉さまも一気に冷静になったみたいで、固まってしまった。
まずい。つい、熱くなって。
レオさまは、額に手を当てて、はあ、と息を吐き出した。
私たち姉妹は、ゆっくりとウィルフレド殿下のほうに振り返る。
ウィルフレド殿下は瞬きをしながら、お姉さま、レオさま、私、と視線を動かして。
「ああ……」
口の中で、ぼそりとつぶやいた。
「そういう……ことか」
そして洞窟の中に、静寂が落ちた。




