6. 姉の生き方
そういった一通りの挨拶が終わったあと、国王陛下が声を張った。
「夜会の最後には、レオカディオの喜ばしい報告をしよう。それまで皆、思い思いに楽しんでくれ」
その言葉に一瞬、妙な静寂が訪れたあと、歓声とともに拍手が沸いた。
うん? 今、なにか……。
それから楽団が曲を奏で始め、またざわざわと広間が賑やかになっていく。招待された皆さま方は玉座に挨拶に向かったり、久々に会ったのであろう人たちと言葉を交わしたり、飲み物を頼んだりし始める。
何もおかしなことはない。夜会というものにほとんど参加したことがない私だから、よくわかっていないのかもしれない。けれど、きっとこれが普通の夜会の光景なのだろう、と思われる時間が過ぎていく。
でも。
なんだろ、今の。
私の胸の中に、一抹の不安が残ってしまった。
首を巡らせると、お父さまとお母さまは私たちの近くでどなたかと挨拶を交わしていて、話し掛けられる状態ではなかった。
うーん。
「お姉さま」
私は、隣に立つお姉さまに視線を移す。
「どうかして?」
お姉さまは小首を傾げて私の言葉を待っている。
一度口を開きかけたけれど、でもこの不安をお姉さまに言ってもいいものだろうか、とすんでのところで思いとどまった。
お姉さまは私なんかより、たくさんの不安を抱えているだろう。
だって先ほど国王陛下が仰った、夜会の最後の喜ばしい報告とは、お姉さまが第三王子の婚約者として紹介されることのはずだ。
お姉さまはいつもと変わらず落ち着いた様子だけれど、心の中は違うのかもしれない。不安に圧し潰されそうになっていてもおかしくはない。
なのに。
さっきの一瞬の間って、なんだか変な感じでしたよね?
そんなことを言うのは、自分の不安をお姉さまに移そうという、自分勝手な考えだ。
お姉さまはきっと、「大丈夫よ」と言ってくれるだろう。それで私は安心するかもしれないが、それはお姉さまに不安を引き受けてもらうことだ。
「ご挨拶の列が途切れませんね」
にっこり笑ってそんなことを言ってみた。とにかく違う話をしようと、思いついたことを言ったのだ。
さっきから、玉座に向かっていくらかの人だかりができているのが目に付いている。綺麗に並んでいるわけではないが、おそらくは高位貴族たちから順番に、国王陛下や王妃殿下に挨拶をしているのではないだろうか。
私たち弱小貴族はそれを遠巻きに眺めるだけだ。実際、お父さまもお母さまも、今いる位置から動こうとはしていない。
仮に並んだとしても、今はまだ、お姉さまが第三王子の婚約者になることは発表されていないから、順番は回ってこないと思う。
でもどうなんだろう。一応、挨拶はしないといけないのだろうか。
「そうね。わたくしも行かなくてはいけないのではないかと思うのだけれど、あれでは近寄れそうにないわね」
頬に手を当てて、お姉さまは困ったように言う。
話を逸らせたと思っていたけれど、新たな不安を連れてきたのかもしれない。しまった。
やっぱり私は考えなしだなあ、とほんの少し反省していると、お姉さまは微笑む。
「プリシラ、緊張しているの?」
「えっ、ええ、はい、まあ」
落ち着きがないのはいつものことだけれど、かなり浮ついている自覚はある。
だからもう緊張しているということにしてしまおう。
「大丈夫よ、なにかあれば、どなたかが知らせてくださるでしょう。本当にご挨拶しなければならないのなら、侍従の方がうながしてくださるでしょうし」
「まあ、そうですよね」
結局、なにがどうなっているのかわからないまま、こうして夜会にまでたどり着いたのだ。次はこれ、次はこれ、と言われるがまま動いた結果がこれなのだ。
「言われた通りにするのが、一番、上手くいくものよ」
お姉さまはそう言って、穏やかに美しい笑みを浮かべる。
私は思わず、じっとお姉さまの端麗な顔を見つめてしまう。
それが、お姉さまの生き方なのだ。
私にはちょっと理解できないけれど、お姉さまの人生は、それで上手く回っているのだろう。
なんだか少し納得して、そして私はまた玉座のほうに視線を移す。
そのとき、第三王子殿下がこちらに一歩、踏み出すのが見えた。