56. 恨みつらみ
本当は別々に動くつもりだったのだけれど、そんなわけで私たちは二人揃って馬に乗って森に向かっている。
ちなみに出る前に宿の主人に宿泊客について訊いてみたら、嫌そうな顔をして答えた。
「ベッドのシーツを替えようとしたら、血で汚れていたんですよ。ゴミ箱にも汚れた包帯が捨てられているし」
やっぱり怪我をしている。
というか、それでも来たのか。執念がものすごい。絶対、返り討ちにするっていう一念で動いていると思います。
「プリシラ、実は気になっていたんだが」
「はい?」
「よくそれで馬に乗れるな」
しかしレオさまの関心を引いたのは、私の馬の乗り方だったらしい。
「え? おかしいですか」
「今までは馬車とか荷馬車だったから気にならなかったが、いつもそんな恰好で乗るのか」
私はくるぶしより少し上くらいまでの長さのワンピースを着ていた。普段はだいたいそんな格好だ。
なので馬に跨るわけにもいかず、横乗りをしている。
「そうですね、いつもこうです」
「振り落とされないか」
「しっかり走るときは乗馬服を着ますよ。ちょっと移動するくらいなら、大人しい馬ですし、これで大丈夫です」
「へえ、器用なものだな」
レオさまは感心したように言った。
「そうですか? 普通だと思いますけど」
「プリシラは、普通の意味を間違えて覚えていると思う」
眉根を寄せてそんなことを言う。
レオさまにだけは言われたくないなあ。
私がぷうと頬を膨らませると、ははは、と笑う。
「毎日、なにかしらの衝撃があって飽きないよ」
そう言ってまた、レオさまは笑った。
◇
よじよじと二人で崖を登り洞窟内に入ると、レオさまはさっそく言った。
「王太子が領内に来ている」
それを聞いてウィルフレド殿下は目を見開き、お姉さまはヒュッと息を呑んだ。
「マルシアル?」
「ああ」
「まさか」
ウィルフレド殿下はそう言ったけれど、レオさまの真剣な表情を見て、それが冗談でも嘘でもないことは理解したらしい。
「なにをやっているんだ、あいつ……」
そう言って額に手を当てうなだれた。お姉さまはウィルフレド殿下に寄り添うように身体を傾けている。
「ウィルお前、どれだけ王太子に恨みを買ってきたんだ」
「恨み?」
レオさまの言葉に、ウィルフレド殿下は顔を上げた。
「本人が動くなんて考えられない。あれは『自分の手で殺す』くらいの執着がある人間の行動だろう」
あっ、それ私の意見。
ウィルフレド殿下は眉をひそめて答えた。
「いや、それはわからないが……ただ昔から、やたら突っかかってはきていたかな」
「子どものころから?」
「ああ、第一と第二王子だし、近すぎて脅威に思うのかと思って、王位継承権の放棄までしたんだぞ。面倒だから」
継承権の放棄をしたのは、そんな理由でしたか。
「私のなにが気に入らないのか、それは私が訊きたい」
そう言って肩をすくめる。お姉さまも不安げな表情でウィルフレド殿下を見つめていた。
「私、わかる気がしますよ」
「え?」
私の言葉に、皆が同時にこちらに振り向いた。
あ。つい、口を挟んでしまった。そして三人ともが教えてくれという顔をして私を見つめている。
いやそんな、すごいことは言えないんですけども。
「えっと、的外れかもしれませんけど」
「構わない」
「あの王太子、なんか惜しいんですよね。完成形がウィルフレド殿下というか」
そう言うと、男性二人は揃って首を傾げた。
けれど、お姉さまは何度もコクコクとうなずいている。
「たぶんですけど、ずっと比べられて来たんじゃないですか」
私とお姉さまだって、これだけ系統が違うのに比べられて来たのだ。
あんなに似ていたら、もっと比べられただろう。
「それできっと、ウィルフレド殿下のほうが褒められてたんですよ。たとえば、ご婦人方に」
要は、ウィルフレド殿下のほうがモテた。
こんなに近くにいて、あんなに似ていて、でもほんの少しの違いで、選ばれるのは弟のほう。
小さいころからずーっとそうなら、そりゃあ卑屈にもなるでしょうよ。
「気に入った女性がみーんなウィルフレド殿下のほうを見つめちゃうんじゃないですか」
最後にはものすごい美女を連れて帰って来ましたし。
納得できないのか、レオさまはこちらに少し身を乗り出してきて問うた。
「え……でも、王太子位を持っているんだぞ?」
王子たちの中では、一番だ。
「それでも満たされなかったんでしょうね。で、今回、その溜まりに溜まった不満が大爆発したってところかと」
「ええー……」
レオさまはまだ首をひねっているけれど、ウィルフレド殿下は口元に手をやって考え込んでいる。
もしかして、心当たりがおありですか。
お姉さまが半目になって、ウィルフレド殿下を見ていますよ。
その視線を感じたのか、殿下は慌ててぶんぶんと首を横に振っている。
すみません、火種を持ち込んでしまいました。なので一応、言ってあげます。
「ウィルフレド殿下が知らないところで、王太子がフラれたこともあったんじゃないですか」
実際、そのほうが多かったと思います。たぶん。
あとは二人で話をつけてください。
「まあ、私の推測です。本当のところは本人に訊いてみないと」
レオさまは深くため息をつくと、ぼそりと言った。
「訊けるわけがない……」
でしょうね。




