53. お父さまの来訪
私たちは表向き、ウィルフレド殿下とお姉さまを匿ったりはしていないわけで、普段通りに過ごす必要があった。
レオさまはコルテス領の状況なんかを書面にして、王城に定期的に送らなければならないので、書斎に籠ったりもしている。
そしてレオさまの身体が空くと、屋敷の応接室で会議が始まるのだ。
その会議もクロエさんのおかげで、お姉さまたちがいたときよりは、こそこそとしなくていいようにはなっている。
屋敷に二人が逃げ込んできたときに何人かに目撃もされていたし、限られた従者たちには知らされてはいたけれど、それも厳選した信頼のおける人たちだそうだ。
「元々、この屋敷にいるのは優秀な者たちばかりです。私が選びましたので間違いありません。どこぞの従者たちとは違います」
クロエさんは胸を張ってそう言った。
どこぞの従者たち、とはもちろんウィルフレド殿下の従者たちなのだろうけれど、この屋敷に元々いたコルテス家の使用人たちもちょっぴり含まれている気がしないでもない。
くっ、胃が痛い。
「ひとまず、王城からの連絡は今は特にない。仮に王城にウィルたちの探索要求があったとしても、まだこちらには早馬でも届かないだろう」
レオさまの言葉に、クロエさんと私はうなずく。
キルシーからの探索要求をまず受けて、それを精査して、コルテス領にその話が届くには、まだ時間がかかるはずだ。
「王城を通さずに密偵が入る可能性もある。一番近い国境検問所にキルシーから誰か入ってきたら連絡するようにはしているが、使うかはわからないな」
そう言ってレオさまはソファに深く身を預けた。
ウィルフレド殿下がそうしたように、秘密裏に山越えをしてくる間諜がいるかもしれない。
レオさまは私に向き直ると言った。
「コルテス領に宿はどれくらいある」
「二つしかありません。あっ、違う、えっと……三つになりました。蒼玉が発見されてから、ちょくちょく来る人が増えたので、大きめの家を宿にした人がいるんです」
「ああ、なるほど」
私の言葉に、レオさまは何度かうなずいた。
「けれど、蒼玉採掘のために王城から来た人が使っているので、かなり埋まっているかと思います」
「そうだろうな」
「他にも個人の家に旅人を泊めることはあるでしょうが、そこまでは把握できません」
「宿だけでいい。三軒だな。今まで来たことがない人間を泊めたら、すぐさま知らせるように」
レオさまがクロエさんのほうに顔を向けてそう言うと、彼女は首を縦に動かした。クロエさんがうなずくと、その件は解決したような気になるから不思議だ。
レオさまは腕を組んで天井を見上げた。
「そういえば、ウィルの馬もどうにかしないと。厩舎にいるのが見つかったら、ここに立ち寄ったのがわかる」
「区別がつきますか?」
私も見たけれど、よくいる鹿毛の馬で、大した特徴はないように思えた。
「そうも思うが、念には念を入れないと」
「売り払いました」
「えっ」
突然に言われた言葉に私たちは二人揃って、声を発したクロエさんに振り向いた。
彼女はすました風に続ける。
「王城と定期連絡を取る伝騎に使いましたので、王都の適当なところで売って入れ替えて来るよう指示を出しました。さすがに王都で一頭の馬を見分けるのは難しいかと」
さすが伝説の人、仕事が早い。
そのとき、応接室の扉がノックされた。
私たちは慌てて口を噤む。
クロエさんが扉のほうに歩いて行き、開けると外を確認した。
「なんです」
どうやら侍女の一人らしかった。彼女は一礼したあと口を開く。
「コルテス子爵閣下がお見えになりましたが、いかがなさいますか」
その言葉に私たちは顔を見合わせる。
お父さま?
◇
会議室を出て、通常時に使う応接室のほうに移動する。
レオさまに報告することがあるようだけれど、娘の私も行ったほうがいいでしょう。
応接室に入室すると、お父さまは立ち上がり、かしこまって頭を下げた。
「これはレオカディオ殿下、ご機嫌麗しく。お忙しいでしょうに、私めのためにお時間をくださいまして、感謝のしようもございません」
「いや、堅苦しい挨拶はいい、コルテス卿」
「ありがたきお言葉」
私はレオさまの隣に腰掛けて、お父さまの顔を見る。その視線を感じたのかお父さまはこちらを見て、微笑んだ。なんだかものすごく久しぶりな気がします。
三人で向かい合って座ると、さっそく、お父さまが口を開いた。
「実は、本日ご報告に上がりましたのは、念のため、殿下のお耳に入れたほうがいいかと思うことがございまして」
「なんでしょう」
レオさまがにっこりと笑ってそう応えると、お父さまは困ったように眉尻を下げた。
「それが……別宅の近くに、少々柄の悪い、見慣れぬ者たちが二人ほど現れまして」
レオさまと私は顔を見合わせる。
見慣れぬ者たち。まさか。
お父さまは眉を曇らせたまま、続ける。
「こちらに私兵もおりましたから問い詰めてはみたのですが、通りすがりの旅人だそうで。ただ、確かになにもしてはおりません。柄が悪いという理由だけでは、こちらとしてはそれ以上はなにもできません」
「そうだな」
「もしかしたら蒼玉泥棒ではと思ったのですが、ただ別宅のあたりをうろついているだけなんです。荒涼とした景色を楽しんでいるとか、そんなことを言いまして。採掘現場には衛兵も多数置いておられるようですし、過ぎた心配かもしれません。しかし殿下の御身になにかあったらと思いまして」
お父さまの報告に、レオさまはうなずいた。
「よく報告してくれた。しかしそういうことなら、そちらは大丈夫だろうか」
「ご心配痛み入ります。たったの二人ですし、こちらは私兵で事足ります」
お父さまがそう言って笑う。私はホッと息を吐いた。
「そうか。だがなにかあったら遠慮なくこちらに言ってくれ。衛兵を回すなりなんなり、させてもらう」
「感謝いたします」
あまり時間を取らせてはいけないと思ったのか、お父さまは早々に話を切り上げた。
私だけ、応接室を出て行くお父さまの後を追う。
「お父さま」
呼び掛けると、お父さまは立ち止まって振り向いた。
「大丈夫ですか、変な人がうろついているなんて」
私はお姉さまのことを知っているから、それがキルシーの間諜ではないかと疑うけれど、普通に強盗とかの可能性だってあるのだ。
「大丈夫だよ、プリシラ。コルテス家の私兵にだって、腕利きの者はいるんだ」
そう言って笑うと手を伸ばしてきて、私の頭を撫でた。
「それより、元気そうでよかった」
「はい、元気です」
「レオカディオ殿下とも上手くやれているようだ」
「え?」
たったあれだけの時間で、そう思ったの?
その疑問が顔に出ていたのか、お父さまは口の端を上げると言った。
「迷わず殿下の隣に座っただろう。殿下もそれを自然と思われているご様子だった」
そうか。私はまだ妃ではないのだから、お父さまの隣でもよかったんだ。気付かなかった。
「父親としては、少々寂しいかな」
お父さまはそう言って、また私の頭をぐりぐりと撫でた。




