52. 欲しい言葉
目的の折り畳み梯子は手に入れられたので、そのまままっすぐ森に向かう。
なにせ私はいつも通り、秘密基地を作ろうとしているということになっているのだ。
こうなると森に立ち入ることが不自然ではないので、頻繁にとはいかないけれど、動きやすくはなった。
レオさまが手綱を操る荷馬車の上で、私は言う。
「レオさまは、なんでもできそうですね」
「そうか?」
「なんでもやってみようとなさるから」
「そうでもない。できないことばかりだ」
そう言って肩をすくめる。
本当はもっとやってみたいことはあるのかもしれない。先ほど、危ないからと止められそうになったように、いろいろと制限はあるのだろう。
レオさまは続いてぽつりと言った。
「私からすると、プリシラのほうがなんでもできる気がする」
「そうですか?」
「自由で。生き生きとしていて。おおらかで」
そう言って、レオさまは前方を見つめたまま、目を細める。
「眩いくらいだ」
私はそう言う彼の横顔を眺めた。
レオさまは、私が欲しい言葉をくれる。
私にもレオさまは、とても、眩い。
◇
ちゃんと使えるかの試験も兼ねて、梯子を洞窟に向かって掛けると、私たちはそれを登る。
うん、安定感があっていい感じだ。
すると先を行くレオさまが洞窟の中を見た途端に、「私だ、おさめろ」と声を発した。「おさめろ」?
それから中に入って行ったので、私もそれに続いて、ひょっこりと顔を出して洞窟の中を覗くと、お姉さまを後ろに庇って、ウィルフレド殿下が剣を構えていたのを解くところだった。
「……すまない」
心底安心したようにペタリと座り込むと、ウィルフレド殿下が言う。彼の後ろから、お姉さまが顔を覗かせて、ほっと息を吐いた。
「下から声を掛けるべきだったな」
「……いや、あまり声を出すのもなんだろう」
安堵の息を吐いて、そう言いながら剣を鞘に収める。
洞窟内に、ピリピリとした空気が漂っていた。
私たちは屋敷でぐっすりと眠ったけれど、二人きりの夜の洞窟で追手に怯えながらでは、睡眠もままならなかったのではないか。
「お姉さま、眠れましたか?」
しかし念のため、訊いてみる。
「ええ、大丈夫よ。毛布もたくさん持ってきてもらっているし」
お姉さまは、にっこりと微笑んでそう言う。けれど、なんだか疲れたような表情で、言っていることをそのまま信じられはしなかった。
洞窟内には、入り口からはみ出た梯子が横たわっている。それを見ながらレオさまは言った。
「折り畳みの梯子を作ったんだ。これは持って帰るから、もう外からは見えないようにできると思う」
その言葉に、お姉さまは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、レオカディオ殿下」
「礼には及ばない。私にも二人を庇うことによる利はある」
「いえ、ご尽力いただきまして、なんとお礼を申し上げていいか」
お姉さまは胸に手を当て、目を閉じ、また頭を下げる。プラチナブロンドの髪がさらりと落ちて、静かな川の流れのように美しかった。
「ではその礼は受け取っておこう」
そう言ってレオさまはお姉さまに柔らかく微笑む。
その言葉を受けて、お姉さまは顔を上げ、こちらにもその琥珀色の瞳を向けた。
「プリシラもありがとう」
私はハッとして、首をぶんぶんと横に振る。
「ううん、私はなにも」
そんな私を見て、お姉さまは微笑みをくれる。
どうしよう、ちっとも嬉しくない。
わかっているのに。
私がまた、勝手に卑屈になっているだけなんだ。
頬の痣はまだ痛々しいけれど、それすらも儚げな美貌を際立たせているように見えた。乱れた髪ですら、その美しさの演出のように感じられた。
皆に心配されて。
ウィルフレド殿下の背中に守られて。
レオさまはお姉さまたちを助けようと動いていて。
それは私が望んだ。お姉さまを助けたいと思った。それは間違いなく、私の望みであったはずなのに。
いろんな人が、お姉さまを大切な宝石のように守っている。
それが少し羨ましくなっている。
ああ。今の私は、蒼玉とはかけ離れて、きっと醜い。
◇
洞窟から出て荷馬車に揺られて屋敷に向かう帰り道。
「ウィルに斬られるところだった」
本当に心配したわけではないだろう。レオさまは軽く笑いながら言った。
「まあでも申し訳ないが、あれくらい警戒してくれたほうがいいな」
「ウィルフレド殿下は、剣術は?」
「強いぞ」
「じゃあ安心ですね」
「でも、前は私が勝ったんだぞ」
少し唇を尖らせて、レオさまはなぜか張り合う。どうやらそこは譲れないらしい。
「そうですか」
「あっ、信じてないのか」
レオさまはこちらに身を乗り出すように言った。やっぱり譲れないんだな。
「信じてますよ」
「ならいいが」
そうしてまた前に向き直る。あっさり納得したようだ。
「じゃあなにかあったときは、レオさまの背中に隠れればいいんですね」
その私の軽口にレオさまは、はは、と笑った。
「私が守ると言っただろう」
「そういえばそうですね」
刃物を持ったご令嬢からは守ってくれるって話だった。
嬉しい。レオさまは、私の欲しい言葉をくれる。
「ああ、そうだ、明日からだが」
「はい?」
「やっぱり私はそう動かないほうがいいと思う。二人との連絡は、プリシラに任せていいか」
「はい」
それはそうだ。私はともかくレオさまが頻繁に森に入るのは、やっぱり無理がある。
そうか。レオさまはもう滅多には洞窟には行かないんだ。
私はそう考えて、ホッと心の中で胸を撫で下ろしてしまったのだった。




