51. 木工作業
梯子を角材二本の間に渡すと、ホセさんは私のほうに振り向いた。
「適当でいいのかよ」
「はい」
「仕方ねえなあ」
ホセさんは梯子の長さを細長い縄で測ると、それを半分に折り、梯子にあてがってからそのへんに落ちていた白い石で印をつけた。
なんだかんだ、適当と言いつつも、ちゃんとしてくれるんだよなあ。
工具が転がっているあたりから片刃の小さな鋸を持ってくると、歯をその印に置く。そして左手で梯子を押さえ、一回、鋸をすっと引いたところで、ホセさんは顔を上げた。
「なんだよ、王子さま」
レオさまがいつの間にか、ホセさんの正面に陣取ってしゃがみ込み、その作業をじっと見つめていた。
「え?」
レオさまは声を掛けられると思ってなかったのか、驚いたように顔を上げる。
「なんかご不満なのかよ。心配しなくてもちゃんとやるよ」
多少、不貞腐れたようにホセさんが言う。
けれどレオさまは、なぜそんなことを言われたのかわからない、という顔をして首を傾げた。
「いや、不満はない。見ているだけだ」
「……そうか?」
首をひねりながらも、ホセさんはまた鋸を握り直して、また一回引いた。
しかしまた顔を上げる。やっぱりレオさまがその作業をじっと見つめていたのだ。
これは、不満とかじゃないのでは。
私はなりゆきを黙って見守ることにする。
ホセさんは一つため息をつくと、鋸を逆に持って、レオさまに差し出した。
「やるか?」
「いいのか?」
パッと顔を上げて、レオさまは嬉しそうにそう言った。
やっぱり。興味津々って感じでしたもんね。
「鋸を使ったことあんのかよ」
「ない」
「だろうなあ」
ホセさんは頭を掻きながら、立ち上がる。
「ほれ」
「ああ」
鋸を受け取ると、レオさまはまじまじとその歯を見つめていた。
そして一つ一つ確認するような動きで、まずは手を梯子に当て、ホセさんが付けた切れ目に歯をあてがい、鋸を前後に動かす。
その辺りから、作業員たちが周りに集まってきだした。
「おいおい、王子さまが俺らの真似事かよ」
「できんのか?」
「危なっかしいなあ」
嘲るような口調の言葉が聞こえてきて、私はそちらを睨みつける。すると彼らは肩をすくめて口を閉じたが、口元のニヤニヤはそのままだった。
ギコギコと何回か鋸を動かしたところで、レオさまはピタリと止まる。
「……引っ掛かる」
「押すんじゃねえ、引くんだよ」
「……引く」
周りの目は気にならないのか、レオさまは梯子をじっと見つめたまま、また作業を再開した。
真剣な眼差しのレオさまは、やっぱりキラキラ輝いている。
やっていることは、梯子の細い木材を切っているだけですけどね。
けれど素直にホセさんの言うことを聞いているレオさまを見て、作業員たちの表情も真剣なものに変わっていった。
しかしそこで、大声が上がった。
「殿下、危のうございます!」
慌てふためいてやってきたのは、王城から派遣された人たちだった。
皆が集まっているのを見て、なにをやっているのかとやってきたのだろう。まさかの王子の木工作業に顔色を悪くしている。
「万が一にもお怪我をされましたら……!」
「今声を掛けたら、かえって危ないですよ?」
私がそう言うと、その人たちは慌てて口を噤んだ。
いつの間にか辺りは静まり返っていて、ギーコギーコという鋸の音だけが響いていた。
少しして、カッという木が擦れる音がしてレオさまは身体を起こす。
おおー、と声が湧き、続いて拍手が起こった。思わず私も手を叩いた。止めようとしていた王城の人たちまで手を叩いていた。
レオさまは腕を上げて額を拭う。そのとき汗が少し散って、キラッと輝いた。
重ねて言いますが、梯子の細い木材を切っただけですけどね。
続いてもう片方の木材を切り、梯子を完全に半分にする。それから空き家から取ってきた蝶番を、これまたホセさんの指導の元、取り付ける。
そうして、折り畳みの梯子は完成した。
レオさまはそれを持って、何度かパタンパタンと閉じたり開いたりしたあと、はしゃいだ声音で言った。
「自分で作れるものなんだな」
「なに言ってんだ。誰が作るんだよ」
ホセさんが腰に手を当て、呆れたように言っている。
私は辺りを見渡す。
もう嘲笑はどこにもなくて、温かな空気が辺りに漂っていた。
◇
荷馬車に梯子を積み込んだあと、ホセさんが私に話し掛けてきた。
「そういえばさあ、アマーリアさまはどうしてるんだ?」
その質問を耳にした人たちも、ああ、とこちらに顔を向ける。
「なんか、キルシーの王子さまのところに嫁いだって?」
「だってすげえ美人だったもんな。近寄りがたくてよ」
皆、私のことはお嬢って呼ぶけれど、お姉さまのことはアマーリアさま、と呼ぶ。
「大事にしてもらえてるといいけどな」
心配そうなその言葉に、レオさまはうなずいて答える。
「アマーリア嬢の夫となるウィルは、私の友人だ。心配ない。幸せにやっているとのことだ」
レオさまがしれっとそんなことを言う。そんな平気な顔をして嘘を。
それを聞いて、皆、一様に安堵のため息をついた。
「そうか。幸せならいいんだ」
「俺らの女神さまだもんな」
「また顔を見せてくれたらいいんだけどな」
「おいおい、そんな気軽に見られる人じゃねえだろう」
作業員たちは、そんなことをワイワイとしゃべっている。
立場はほとんど一緒なのに、お姉さまと私と、扱いが違う。
今までは、私もその中で一緒にワイワイできたのに。
今日はなんだか、苦しい。