5. 第三王子
拍手喝采の中、広間にゆるゆると入ってきたお三方に視線を移す。
遠目ではあるけれど、やっぱりこの広間の中でひときわ異彩を放っていた。なんというか、纏っている空気が違う。
手のひらが痛くなるほどに拍手をしながら、そのお姿を目で追った。というか、目が離せなかった。
国王陛下や王妃殿下も初めてのご拝顔なので興味深くはあるけれど、その中でも私としてはやはり第三王子殿下が気になる。
「あれが、レオカディオ殿下なんですね」
「ええ」
周りに聞こえないよう、ぼそぼそとお姉さまとそんな言葉を交わす。
「素敵な方ね」
お姉さまはにっこりと笑ってそう言うが、その声には特別な感情があるようには聞こえなかった。
さすがにこの場で一目惚れ、なんてことはないかあ、と小さく息を吐く。
威厳たっぷりのお二人のあとについて背筋を伸ばして歩く男性。
遠目だからよくわからないけれど、シャンデリアの灯りを受けて、彼の金髪はきらきらと輝いていた。均整のとれた身体つきで、すらりと背は高いがひょろひょろしているという感じはない。
広間の正面、二段の階段を上ったところにある玉座に向かって歩く方々が、私たちのところに一番近くやってきたときに、じっと顔を凝視する。
きりりとした眉に、翠玉色の瞳。すっと通った鼻筋に、固く結ばれた唇。白磁のような肌に乗る整った顔立ちは、女性的にすら見える。
なんというか、おとぎ話に出てくる王子さまってこういう人です、という感じがする。
うん、素敵、だと思う。これ以上の人ってなかなかいないのではないのだろうか。
私には関係ないのに、なんだか頬が熱くなってきた。
そんな自分をごまかすかのように、美しいお姉さまにふさわしい外見ではあるわよね、やっぱりそれくらいでないとね、と心の中でしか言えない言葉を思い浮かべてみたりする。
彼らはこちらには振り向かないかと思ったが、ふと第三王子殿下が、ちらりと私たちのほうに視線を動かしてきた。
あ、やっぱり気になるのかなあ、と思っていると。
目が合った。
しかしそのまま第三王子は歩みを止めることなく、こちらから視線を逸らすと目の前から去っていく。
彼は二度とこちらに顔を向けはしなかったので、私はただその背中を見送るだけだった。
そんな風に、一瞬だったし、私たちの間には何人もの人がいたし、目が合ったような気がしただけかもしれない。
でももし本当に目が合ったとしたら。
もしかして勘違いしたのではないだろうか、とすっと身体が冷える。
ああ、違いますよ、私じゃないですよ、私の隣の人ですよ、あなたの婚約者は私のお姉さまで美女ですよ、安心してくださいね、と心の中で呼び掛けた。
まあ仮に勘違いしたとしても、すぐに気付くだろうからいいか、と自分に言い聞かせる。
どうしよう、ちょっと素敵だったから、なんだか動揺してしまっているのかも。脳内がしっちゃかめっちゃかになっている気がする。
胸に手を当て、ふーっと息を吐く。
うん、だいたい、目が合ったかどうかも怪しいし。実はちゃんと隣のお姉さまを見たけれど、私が自意識過剰で思い込んでるだけかもしれないし。
「プリシラ? 気分でも悪いの?」
隣にいたお姉さまが、こちらを覗き込むようにしてそう問うてくる。
挙動不審になっているのに気付かれてしまったようだ。
「あっ、なんでもないです」
「そう?」
「はい、すごい方々を見て、ちょっと興奮しているだけです」
「まあ」
私の言い訳を、お姉さまは素直に信じたようで、くすくすと笑った。
そして、そんな私の動揺にはお構いなく、夜会はどんどん進行していく。
玉座にたどり着いた国王陛下と王妃殿下のご挨拶。第三王子殿下の皆さまへの来場のお礼。
それから、主だった来賓の方々の紹介。
友好国であるキルシー王国の第二王子までも来ているらしい。第三王子殿下と年が近くて、ご友人なんだそうだ。第三王子殿下の誕生日を祝いに駆けつけたという話で、紹介を受けた彼が手を上げると、またわっと拍手が沸いた。
というか、遠い。ほとんど見えないし、声もあんまり聞こえない。
もう一人の主役であるはずのお姉さまがここにいるのに。
なんだか位置的なものもそうだけれど、やんごとなき立場の方々って遠いなあ、と思う。
王子妃となるお姉さまもあんなに遠くなってしまうのか、と再確認したような気分になった。